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『Mステ』検証から逃げるテレ朝、その背景にある長年の〝癒着〟──ジャニーズ忖度が終わった先に:4

松谷創一郎ジャーナリスト
BS朝日『ガムシャラJ's Party』(2014年)より

ジャニーズ忖度の構造的問題

 前回は、『ミュージックステーション』と旧ジャニーズの関係性を経年的に確認した。そこでは昨年末の特番『SUPER LIVE』で大幅に旧ジャニーズ出演者が減ったことや、その一方で通常放送において競合グループの出演が増えてきたことが確認できた。

 だが、忖度が終わったからすべて問題は解消された──ということではもちろんない。

 「ジャニーズ忖度」とは、テレビ局を中心とする取引先がジャニーズ事務所の顔色をうかがった結果、競合する若い男性タレントやグループの起用を抑制する状況を指す。その背景にあったのは、業界内におけるジャニーズ事務所の強大な権力であり、それは件の性加害問題とも決して無関係ではなかった。

 この構造的な問題が解明されないことには、ジャニーズ性加害問題は終わらない──。

筆者作成。
筆者作成。

ジャニーズ内/外の二重支配

 ジャニー喜多川氏による性加害を受けていた未成年の被害者たちは、それを拒めばジャニー氏から冷遇されると証言し、ジャニーズ事務所のスタッフも加害行為を認識していた。それらは、昨年8月に公表された再発防止特別チームの調査報告にはっきりと記されている。

・ジャニー氏の性加害を受けた後、マイクを持てるようになったり、コンサートで選抜メンバーとして歌うようになったりと序列が良くなったので、ジャニー氏の性加害を断れなくなった。ジャニー氏の「お気に入り」になれば実力以上に待遇が上がり、そのポジションを守るにはジャニー氏の性加害を断れず、断ったらチャンスがなくなると思っていた。実際にジャニー氏の「お気に入り」になって待遇が上がった人や、断って辞めていく人はたくさんいた。
(外部専門家による再発防止特別チーム 「調査報告書(公表版)」p.22/2023年)

(略)「マネージャーに性加害に遭ったことを伝えると『自分の口からは何も言えないが、他のジャニーズJr.からも似たような話は聞いている。』と言われた。」と述べる者もあった。(略)
このような供述に鑑みると、ジャニーズ事務所のマネージャーやスタッフ等の関係者中にもジャニー氏の性加害の事実を認識している者が相当数いたと考えられる。
(同前p.29)

 これらの証言は報告書から抜粋したごく一部にすぎない。多くのジャニーズJr.たちが、芸能界における立身出世を質に取られて性加害を受けていた。

 しかもそれは、ジャニーズ事務所内だけの問題で終わるわけではない。

 Jr.たちが性被害を逃れるために退所して移籍・独立すれば、その先には「ジャニーズ忖度」によって芸能活動がしにくくなる状況が待っていた。実際被害者たちに話を聞くと、その多くがジャニーズを離れれば芸能活動が難しくなることを認識していた。いちど足を踏み入れれば、留まるも地獄であり、離れるも地獄となる──被害者たちは、ジャニーズ内/外の二重の支配を受けていた。

 つまりジャニーズ事務所の性加害問題とは、単にジャニー喜多川氏がJr.たちを支配したうえでの加害行為だけが問題なのではない。ジャニーズ事務所による極端な権力を利用した業界全体の支配総体が、ジャニーズ事務所内の支配と性加害を支えていたのである。

 そのときテレビ局は、性加害問題を引き起こしたこのジャニーズ事務所の支配にもっとも強く加担してきた共犯者といえる。人気のあるジャニーズタレントを出演させたいがためにバーター(抱き合わせ)出演を飲み、そして競合を排除してきたからだ。「忖度」の背景には、ジャニーズ事務所(藤島ジュリー社長)から直接の圧力もあったという(TBS『報道特集』2023年10月7日)。

 そして、こうしたテレビ局における主犯格は、間違いなくテレビ朝日であり『ミュージックステーション』である。

「リハーサル室」と性加害

 各番組がどのタレントを出演させるかどうかは、もちろん独自で判断されるべきだ。だが、そこに過剰な優遇や忖度による競合の排除、そしてそれによる報道への影響があるならば、そこにはやはり問題が生じる。

 なぜなら、テレビ局は民間企業であるとは言え放送事業者だからだ。あくまでも有限の電波の独占的な使用を国に許された許認可事業者であり、たとえ民放であっても強い公共性がある。よって、テレビ朝日がジャニーズ事務所と強い癒着を長らく続けてきたこと自体に大いに問題があると言わざるを得ない。

 たとえば、70年代からテレビ朝日(の旧社屋)には、定期的に使われる「第1リハーサル室」があったことはよく知られている。被害者である複数の元ジャニーズJr.にも確認してもらったが、これは「リハーサル棟」とされる建物にあった。

 70年代後半にはすでにそこでオーディションが行われていたことも確認できる(錦織一清『少年タイムカプセル』2023年)。またV6のメンバーは、「仕事じゃなくても毎週そこに集まった」と話している(「V6 / カミセンvsトニセン!沖縄縦断VR対決(13th Albumより)」2020年)。

 そして、ジャニー喜多川氏による性加害は、1984年にはこの旧社屋の敷地内でも行われたとの証言もある。だがテレビ朝日は、昨年11月12日に放送した検証番組において、当時の関係者が亡くなっていることを理由に「事実関係の確認は困難だった」と結論づけている(テレビ朝日「テレビ朝日 旧ジャニーズ問題検証」2023年11月12日)。

 しかし、約40年前ならば当時20~30代だったスタッフは現在60~70代なので、多くが存命している可能性が高い。『Mステ』開始前だが、山本たかおエグゼクティブ・プロデューサーは当時25歳だ。しかも、当該の被害者にもヒアリングしていないと後に説明している(テレビ朝日「篠塚浩社長 社長会見(11月28日)要旨」2023年11月28日)。

『Mステ』検証から逃げるテレ朝

 テレビ朝日の検証番組では、バラエティー番組のプロデューサーが「他の事務所の男性アイドルグループなどを(番組に)出そうとすると事務所が気にするだろうなと忖度した」と証言し、「忖度」があったことを認めている。しかし、これがいったいなにの番組かはわからない。

 しかしテレ朝の篠塚浩社長は、検証番組後の昨年11月の定例会見において、「『ミュージックステーション』など音楽番組はバラエティという形で、あわせて総合的に検証した」と話すにとどまった(テレビ朝日、同前)。要は『ミュージックステーション』での異様な忖度について、しっかりとした検証を避けているのである。

 この検証番組は、全体的にも全局のなかでもっとも不徹底でひどい内容だった。その腰の引け方はもはやなんらかの隠蔽を意図しているようにすら見える。社長会見でも篠塚社長は曖昧な回答を繰り返し、早河洋会長も通例では半年にいちどの出席予定だった昨年9月26日の定例会見をトンズラした。

 そもそも性加害が問題化された当初(2023年4~7月)、もっとも報道に抑制的だったのもテレビ朝日だ。

 一連のこうした姿勢はやはりかなり異常だ。

筆者作成。
筆者作成。

硬直化したテレ朝組織

 個人的な体験としても、過去にテレビ朝日の報道に協力した際に、その姿勢に異様さを感じたことはある。

 2022年6月15日のテレビ朝日『報道ステーション』において、筆者はBTSの活動休止についての取材を受けてコメントをしている。オンラインでの取材で、相手は若いディレクターだった。その際、筆者は『Mステ』におけるジャニーズ忖度について少し触れた。いまの韓国では『Mステ』みたいな日本のジャニーズ忖度など起こり得る状況ではない──という内容だ。

 このとき、その若いディレクターが突然慌てふためいた。「いま、上の者も観ていますので!!」とかなり動揺して、筆者の発言を制した。

 一瞬垣間見えたそうした奇妙な状況からは、そこに報道の独立性がまったくないことが漏れ出ていた。同じ会社とは言え、音楽番組と報道は切り分けられていなければならない。しかし、それがしっかりできていない組織だからこそ、若いディレクターは慌てたと考えられる。

 『報ステ』では、2015年3月にコメンテーターの古賀茂明氏が「I am not ABE」と書かれた紙を掲げ、番組に対し官邸からの圧力があるとして批判した。司会の古舘伊知郎氏やテレビ朝日は圧力を否定したが、筆者の体験はそうした古賀氏の言動を裏付けるように感じられた。

 昨年9月7日の記者会見でジャニーズ事務所が正式に性加害を認めた翌日にも、そうした光景は見られた。『羽鳥慎一モーニングショー』では、ふだんは舌鋒鋭いコメンテーターの玉川徹氏(この数か月前にテレ朝を定年退職)も、メモを見ながら歯切れの悪い慎重なコメントにとどまった。後に関係者から聞いたところによると、ジャニーズ問題だけは事前にコメント内容を上層部がチェックしているとのことだった。

 さまざまに取材をしていくと、こうした背景には早河洋会長の独裁体制があることが見えてくる。現在80歳の早河会長は、同じく報道畑出身の篠塚浩社長を従え、そして社内は硬直化しているようだ。現場スタッフを取材しても、そこからは上層部に恐れおののいてる姿ばかりが浮かび上がる。若手があんなにビビりあげて仕事をするような組織にまともな報道は期待できない。

『朝生』も逃げるジャニーズ問題

 月に一回放送される報道激論番組『朝まで生テレビ!』でも、司会の田原総一朗氏がジャニーズ性加害問題を取り上げたことはない。これもテレ朝の上層部が睨みを利かせているからだと想像される。

 なぜなら田原氏は、『朝生』でジャニーズ性加害問題を扱ってこなかった理由について、つい先日「芸能界には興味がなかった」と話したばかりだが、これは大ウソだからだ(『JBpress』2024年6月24日)。1990年に田原氏が上梓した『テレビ仕掛人たちの興亡』(文庫以降は『メディア・ウォーズ』に改題)では、芸能プロダクションについて一章を割いて執筆している。

 同書で田原氏が触れているのは、「ナベプロ帝国の栄光と没落」についてだ。1970年に創業者の渡辺美佐氏への取材を企画するものの、当時務めていた東京12チャンネル(現テレビ東京)の上層部から猛烈な反対にあったエピソードなどが記されている(ジャニーズ事務所への言及はなし)。

 だが、私が生息していたテレビの世界では、ナベプロ批判はタブーだった。むろん、いわゆるロッカールームの私語としてはドギツイ非難、糾弾が氾濫するのだが、それを表立って表現するのは、おそらく天皇批判以上のタブーだったはずだ。
(略)
 当時、ナベプロの逆鱗に触れ、番組担当をはずされたり、飛ばされたりしたプロデューサーやディレクターは、それこそ枚挙に暇がなく、それが当然という空気がテレビ業界に定着していた。
(略)
「これ以上アプローチしないほうがいい。にらまれでもしたらコトだ。キミ個人の問題ではすまず、局が大迷惑をこうむることになるからね。局長たちも、実は最初から反対だったんだ」
 なおも取材交渉をしようとする私を、担当部長が懇願するようにいって諦めさせた。こうして私の企画は潰れた。いや潰されたと書くべきだろう。(略)
(田原総一朗『メディア・ウォーズ:テレビ仕掛人たちの興亡』1990→1993年/Kindle版:第五章)

 つまり田原氏は芸能界に興味がないどころか、並々ならぬ意欲を持っていたのである。しかしそれから54年経ち、齢90にしてそのことから逃げている。過去には天皇の戦争責任問題を取り上げて波紋を呼んだ『朝生』だったが、ジャニーズはそれ以上にタブーなのだと捉えられる。

テレ朝新施設は旧ジャニ専用?

 ここまでテレ朝がジャニーズ問題に向き合わない理由は、はっきりとしない。ただ、そのもっとも大きな要因は、2026年春に有明で開業予定の東京ドリームパークではないかと見られている(テレビ朝日「有明発・複合型エンタテインメント施設 『東京ドリームパーク』着工について」2023年11月15日/PDF)。

 日本の音楽産業は、長らくライブ・コンサートによってフィジカルメディア売上の減少を補ってきたが、都内では常々「ハコ不足」が叫ばれてきた。同時に、放送事業の縮小を余儀なくされるテレビ局にとって、放送外収入の獲得は至上命題でもある。TBSやフジテレビは不動産など放送外収入の割合が大きいが、テレビ朝日と日本テレビは依然として放送収入の割合が大きく、将来の見通しは暗い。

 テレ朝は2013年11月に、多目的劇場・EXシアターを東京・六本木にオープンしている。だがキャパシティは1700人程度にしかすぎない。そこで手を付けたのが、3700~5000人のキャパシティの東京ドリームパークである。

 一方、東宝の帝国劇場(東京・日比谷)が来年2月をもって建て替えに入る。帝国劇場では、今年も10~11月に堂本光一演出の『DREAM BOYS』と『Endless SHOCK』の公演が予定されているなど、旧ジャニーズが頻繁に公演をおこなってきた。ドリームパークはその代替となることを目的にしているとも見られる。

 つまり、テレ朝は旧ジャニーズ専用を軸とする劇場を準備しようとしているために、報道や検証に抑制的ではないかと見られる。つまり、事前になんらかの約束をしているからこそ、それを反故にできないという可能性だ。この推測が確かかどうかは、ドリームパークが開業する2026年にはっきりするだろう

 ただ、もしテレビ朝日がここを旧ジャニーズ専用のように使うとするならば、それはなんともリスキーだ。性加害問題があり、テレビ局からの忖度(ヨイショ)も失い、そしてSTARTOに移ってそのブランド力をかなり失った旧ジャニーズが、2年後にこれまでのような人気を維持し続けるとは限らないからだ。

忖度から自己保身へ

 テレビ朝日は『ミュージックステーション』に競合グループを出演させることで、このまま検証をなおざりにしたまま逃げ切ろうとしている。会長と社長が報道畑出身にもかかわらず、これまでの関係や今後のビジネスのために局の敷地内で性加害があったことなどをろくに検証しないことは、上場企業としての信頼を大きく損ねる姿勢だ。

 報道機関としても、当然それは視聴者の信頼を損なう態度だろう。みずからの瑕疵をしっかりと検証せずに自己保身に走ってばかりのテレビ朝日が、統治権力の問題を追及することなどできるはずがない。たとえば自民党の派閥裏金問題など、ちゃんと追及できるわけがない。自分たちも大差ないのだから。

 忖度は終わった。が、テレビ朝日に残ったのは、極めてみっともない自己保身だったのである──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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