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ジャニー喜多川氏「性加害問題」の課題──「救済と保護の両立」議論を阻むメディアの“呪い”

松谷創一郎ジャーナリスト
4月12日、記者会見をするカウアン・オカモト氏(FCCJチャンネルより)。

「史上最悪レベルの性暴力事件」か

 4月12日、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏が、日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見をおこなった。その内容は、過去にジャニーズ事務所の創業者で社長だったジャニー喜多川氏(故人)から受けた性加害についてだった。

 その詳細は広く報じられているので繰り返さないが、要点は当日配信された朝日新聞デジタルの記事に詳しい。また、会見の動画はYouTubeのFCCJチャンネルに、書き起こされた全文は『Newsweek日本版』に掲載されている。

 今回の会見でオカモト氏は、はじめて性被害を受けたのは15歳だった2012年3月であり、それから2016年にジャニーズ事務所から退所するまで、15~20回ほど被害を受けたと話した。また、被害場所だったジャニー氏の自宅マンションには、オカモト氏が所属していた4年間で100~200人が出入りしており、少なくとも3人、そしておそらく全員が被害を受けているとも述べている。

 ジャニー氏によるタレントへの性加害は、これまでもたびたび報じられてきた。1967年に『女性自身』が一部報じたことに始まり、1988年に北公次氏(元フォーリーブス)が著書で告発、1996年には平本淳也氏(元Jr.)が自著で触れ、そして1999年に『週刊文春』が特集連載をしたことなどだ。

 1999年の『文春』記事に対しては、ジャニー氏とジャニーズ事務所が発行元の文藝春秋を名誉毀損で訴えたが、2004年にジャニー氏の性行為については事実認定されて結審している(裁判の詳細は『The HEADLINE』2023年4月12日)。

 これらの報道すべてが事実ならば、約50年にわたり未成年を多く含む数百人の男性がジャニー喜多川氏から性暴力を受けてきた可能性もある。つまり、これは「芸能界の暗部」などにとどまらず、「史上最悪レベルの性暴力事件」に発展するかもしれない。

被害者の救済と非被害者の保護

 筆者は、『CINRA』(4月14日)の取材に対し、「第三者委員会による検証が必要」と回答し朝日新聞も翌15日付の社説で同様の意見を呈している。現実的にジャニー氏が亡くなっているために検証には限界もあるが、少しでも事態の解明に近づくためにはやはり第三者委員会が必要だ。

 そして、ジャニー氏の加害行為が事実だとするならば、そこでは要点がふたつある。ひとつが被害者の救済であり、もうひとつが非被害者の保護だ。

 前者は文字通りだが、その多くは退所者だと想定される。後者は、おもに現役のタレントに対する「性的被害者」の偏見から保護することを指す。

 このふたつをそれぞれ[する/しない]とすれば、その可能性は以下の4つとなる。

  1. 被害者を救済し、非被害者を保護しない
  2. 被害者を救済せず、非被害者を保護する
  3. 被害者を救済し、非被害者も保護する
  4. 被害者を救済せず、非被害者も保護しない

 4の可能性は現実的にありえないので最初に排除される。

 現在、目立っているのは1と2の対立だ。より具体的には、退所した被害者の救済を主張するひとと、現役タレントを守ろうとするファンが対立するケースがTwitterなどで散見される。

 だが、ここでもっとも目指されるべきは3──つまり、退所した被害者を救済するのと同時に、おもに現役で活動するタレント(退所者も含む)を偏見から守ることだ。この問題の理想的な終着点は、まさにこの両立こそにある。

第三委に望まれるミッション

 被害者の救済と非被害者の保護──この両立はしかし、ハードルは決して低くない。

 被害者救済とは、当然のことながらジャニー氏の性加害があったことを意味する。だがそれは、(非被害者の立場である)現役タレントも被害に遭ったことを示唆し、偏見の目が向けられることとなる。イメージを売る芸能人にとって、それは大きなダメージとなりかねない。

 その逆に、(非被害者の立場である)現役タレントを守ることばかりを優先すれば、オカモト氏やBBCのドキュメンタリーで被害を訴えたハヤシ氏など、勇気を持って証言したひとの声を消さなければならなくなる。結果、被害者救済から遠く離れてしまう。

 前述した1と2の立場が対立しがちなのはこうした事情からなり、このために被害者救済と非被害者保護の両立も簡単ではない。そして、この両立の難しさを生じさせているのは、性加害の舞台が芸能界という特殊なケースだからでもある。

 もちろん第三者委員会に望まれる最大のミッションも、この被害者救済と非被害者保護の両立だ。実態解明と同時に多角的な視野が必要とされるため、司法・医療・文化などの各専門家で編成される委員会が望ましい。

 現段階で筆者には、救済と保護を両立するための妙案はない。だが、それこそがこの問題の最大の課題であり、それを社会で議論する必要がある。この記事もその議論のたたき台のために書いており、これを踏まえて多くのひとが意見を述べることが望ましい。

テレビ局にかけられた“呪い”

 以上のように、現在におけるジャニー氏の性加害問題の課題は、それなりにクリアになっている。だが、議論がなかなか前に進まない要因のひとつは、テレビ局の報道が異常なほどに消極的だからでもある。

 従来のメディア研究において、マスメディアの大きな役割のひとつは議題設定(アジェンダ・セッティング)だとされてきた。つまり、問題の論点を視聴者/読者に提示して議論を活性化することだ。マスメディアは、直接ひとびとの思考に強い影響を与えることはないが、議題設定の影響はあるとされてきた。

 だが、ジャニー喜多川氏の性加害問題の場合、報道機関は恐ろしいほどに腰が引けている。新聞はほとんどが報じたが、テレビはほとんどしていない。NHKはオカモト氏の会見翌日の16時からストレートニュースのみ、民放は日本テレビとテレビ東京がネット配信ニュースで報じたが、地上波ではしていない。TBS、テレビ朝日、フジテレビの報道はまだ確認できない。

 筆者は先月30日の段階で「民放が官邸や政府よりもずっと怖れているのは間違いなくジャニーズ事務所だ」と指摘したが、現状の民放の報道姿勢は残念なことにそれを証明している(『朝日新聞GLOBE+』2023年3月30日)。

 以前テレビは、情報(ニュース)を統御するゲートキーパー(門番)の役割があったが、インターネットメディアが一般化した現在は、テレビが扱わなくても“なかったこと”になる時代ではない。BBCのドキュメンタリーは今後も配信で観られるようになるだろうし、ネットではYouTubeやTwitterで騒がれ続けられるだろう。そこでは、むしろ「報道しない」不自然さが各放送局に対する大きな不信へとつながっている。

 そして筆者が独自に得た情報も含むさまざまな状況を勘案すれば、ジャニーズ事務所が放送局に対して圧力をかけている可能性は低く、局側が勝手に先回りして判断している可能性が高い。もはや“忖度”というよりも、“呪い”にかかっているような状態だ。

 その“呪い”が、もし過去にジャニー喜多川社長と姉の藤島メリー泰子副社長によってかけられたものであるならば、現在のジャニーズ事務所社長・藤島ジュリー景子氏はぜひその“呪い”を祓って、憑き物を落としていただきたい。そうしなければ、この問題はさらに混迷の度合いを増すことが必至だからだ。

 日本は、よってたかって被害者を踏み潰す社会であってはならない。放送局の幹部には、声をあげた被害者を上回る勇気を期待する。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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