ジャニーズ問題検証をなおざりにするNHK──ジャニーズ忖度が終わった先に:2
NHKとテレ東から消えた旧ジャニーズ
ジャニーズ事務所の崩壊とともに、「ジャニーズ忖度」も終わった。
前回はそのことを日本テレビ・フジテレビ・TBSの音楽特番を検証して示したが、今回はNHKとテレビ東京を取り上げる。具体的には冬の『NHK 紅白歌合戦』(4時間20分)と夏の『テレ東ミュージックフェス』(4時間24分)である。
この2社をいっしょに取り上げるのには、理由がある。広く知られているように、この両社は昨年秋以降に旧ジャニーズ事務所と、そのタレントの受け皿となったSTARTO社との取引をともに停止しているからだ。
なかでも昨年末のNHK『紅白歌合戦』に、旧ジャニーズグループが一組も出なかったことは大きく注目をされた。その一方で、ハイライトはYOASOBIの「アイドル」だった。SEVENTEENやBE:FIRST、NewJeans、JO1、Stray Kidsなど、日韓のダンス&ヴォーカルグループが全員参加し、その年のコンセプトである「ボーダレス」を表現した。だが、そのなかに旧ジャニーズ勢はひとりもいなかった。
テレビ東京は、昨年9月14日から旧ジャニーズ事務所との新規の取引を停止している。この7月からSTARTO所属タレントのドラマが新たに始まったが、昨年9月以前に決まっていたと考えられる。その一方で、6月26日に放送された『テレ東ミュージックフェス2024夏』には一組も旧ジャニーズ勢の姿は見られなかった。昨年6月まで(番組名は『テレ東音楽祭』)は、MCをTOKIOの国分太一が務めていたが、これも変更されている。
両社ともに音楽特番における旧ジャニーズの穴を、K-POPも含む競合の男性グループで埋める傾向にはあるが、著しく増えたと言うほどでもない。これは日テレ・フジ・TBSも同様だ。
取引停止は適切か?
しかし、こうした両社の厳しい姿勢については留保が必要だ。それは国際的に浸透しつつある「ビジネスと人権」における考え方として、かならずしも適切とは言いきれないからだ。
6月26日、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が、ジャニーズ問題も含む調査結果を正式に報告した。そこでは明確にメディア企業の問題とともに、取引停止には慎重であることが指摘されている。
2022年9月に日本政府も「ビジネスと人権」についてのガイドラインを公表しているが、そこでも取引停止は「最後の手段」とされている。まずは関係を維持して負の影響を防止・軽減する努力をし、取引停止は最後の手段とすべき──ということだ(法務省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」2022年)。
これは、「ビジネスと人権」の基本的な考え方である。もちろん両社は「最後の手段」と認識したのかもしれないし、あるいは対話を続けることで「ビジネス上の関係」も維持していると認識しているのかもしれない。実際、NHKの稲葉延雄会長は6月の定例会見において以下のように語っている。
ジャニーズ激増の10年代『紅白』
在京6局のなかでテレビ東京は、TBSとともに検証番組・報告書のふたつで自己検証をしている。そこには、音楽番組をめぐって以下のような調査結果が見られる。旧ジャニーズなど芸能プロダクションが「共演NG」を理由に恒常的に圧力をかけていた様子が明らかとなっている。
一方、NHKの自己検証はなおざりだ。民放も含めた6局のなかで、番組制作をめぐる検証をろくにしていないのはNHKだけだ(報道の検証はしている)。
たしかにNHKは報道を中心とするが、BSでジャニーズJr.の番組『ザ少年倶楽部』を2000年から昨年末まで続け、1993年から2007年まではジャニーズタレントが司会を務めた時期もある音楽番組『ポップジャム』も存在した。大河ドラマでも、過去30年で5人が主演を務めている。STARTO社の幹部となった井ノ原快彦氏も、朝の生活情報番組の司会を長らく務めていたことは記憶に新しい。
そしてなにより、2000年代後半以降から『紅白歌合戦』のジャニーズタレントの出演者が増えたことなどについてはいっさい検証されていない。制作において検証されたのは、2004年の『文春』裁判当時の歌謡・演芸番組部長だった大鹿文明氏への取材のみだ(NHK『クローズアップ現代』2023年9月11日)。
しかし、この2004年頃の『紅白歌合戦』へのジャニーズグループの出演は1~2組に限られており、そこに大きな疑惑はない。それよりも、司会を嵐やそのメンバーが務めることになる2009年以降に、ジャニーズの出演数が最大7組まで増えたことが注視されている。
長らく2枠のみだった「ジャニーズ枠」が、司会とともになぜ最大7枠にまで増えたのか。それは本当に『紅白』独自の人気調査の結果なのか──そうしたことをしっかりと検証しなければならないはずだ。
ジャニーズに転職したNHK元理事
NHKの番組制作をめぐる疑惑は、ほかにもある。
その大きなひとつが、ドラマなどを手掛けてきた元プロデューサーの理事が、NHK退職後の2022年にジャニーズ事務所の顧問となったことだ(現在は退職)。2014年には、この理事が嵐の15周年コンサートのためにハワイに出張しており、それについて昨年10月の定例会見では報道陣とかなり突っ込んだ質疑の応酬が見られる(NHK「稲葉延雄会長 10月定例記者会見要旨」2023年10月18日/PDF)。
だがこの元理事は、NHKの取材を拒否している(『クロ現』同前)。また制作におけるNHKの元「ジャニーズ担当」(ジャニーズ専用の窓口になる担当者)も、性加害が問題化する以前に他の大手芸能プロダクションに転職しているが、こちらも報道がないことを踏まえれば取材に応じていない可能性が高い。
強制的な取材はもちろんできないが、ともに仕事をしていた他のスタッフへの調査はいくらでも可能なはずだ。取材の余地はまだまだあると考えられる。
現場の強い問題意識
NHKの場合、直近の2年を除き制作と報道は別採用であった。また民放と異なり、公共放送として報道を主軸に置いている。よって、報道側が忖度なく過去の制作を検証することは民放よりもハードルが低い。
2019年の公正取引委員会によるジャニーズ事務所に対する注意も、社会部のスクープだった(『NHK NEWS WEB』2023年7月18日)。筆者も出演した昨年5月の『クローズアップ現代』も複数の被害者をしっかり取材しており、それ以降のジャニーズ問題報道の大きな転換点となった(『クローズアップ現代』2023年5月17日)。
そして、昨年10月2日に開かれた2回目のジャニーズ事務所の記者会見における質問指名の「NGリスト」(筆者も含まれる)をスクープしたのもNHKだった(『NHK NEWS WEB』2023年10月5日)。同9日には2002年にNHK局内のトイレで複数回ジャニー喜多川氏の性加害があったことを報じたのもNHK自身だった(『NHK NEWS WEB』2023年10月9日)。
現在も、性加害問題の報道が全般的に沈静化する中でNHKが強い問題意識をもって取り組んでいることは、その報道姿勢から見て取れる。今年の3月にも『事件の涙』で被害者のひとりである二本樹顕理さんを取り上げたばかりだ(『事件の涙』2024年3月18日)。
現場と幹部の大きなギャップ
しかし、組織としての検証はなされていない──。
受信料で運営されているにもかかわらず及び腰となっているのは、やはり上層部からの力が働いていると邪推されても仕方がない。NHKが旧ジャニーズが所有するビルに入居していることもすでに報じられたとおりだが、そのことについても検証はしないという(NHK「稲葉延雄会長 5月定例記者会見要旨」2024年5月22日/PDF)。
こうした状況からは、現場と幹部のあいだに大きなギャップが感じられる。
自己検証をちゃんとしないものの、『紅白歌合戦』の旧ジャニーズ出演は見送る。つまり、検証をなおざりにしつつも厳しい態度を見せる──それがNHKの姿勢である。それは、「過去の検証」と「現在の厳しい態度」を引き換えにしているようにすら見える。
ジャニーズと深い関係を築いていた重要人物が退社していることもあるが、報道だけで検証を終わらせるのではなく、やはり組織として公式の検証をする必要があるのではないか。受信料で運営される公共放送として、現在の姿勢が正しいかどうか視聴者もしっかり向き合うべき問題である。
・「テレ朝『Mステ』において井ノ原快彦と平野紫耀が歓談した意味──ジャニーズ忖度が終わった先に:3」に続く
・前記事「音楽特番はどう変わったか【TBS・日テレ・フジ】──ジャニーズ忖度が終わった先に:1」
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