テレ朝『Mステ』において井ノ原快彦と平野紫耀が歓談した意味──ジャニーズ忖度が終わった先に:3
『Mステ』忖度とテレ朝の報道抑制
7月19日に放送されたテレビ朝日『ミュージックステーション 夏祭り3時間半SP』では、旧ジャニーズ事務所のSnow ManやNEWSなどとともに、同じボーイズグループの三代目 J Soul BrothersやDa-iCE、そしてNumber_iも出演した。
番組では、Number_iの神宮寺勇太がワイプ時にふざけるSnow Manの佐久間大介に大爆笑したり、Snow Manの渡辺翔太とDa-iCEの花村想太がプライベートにおけるエピソードを話したりするなど、非常に和気あいあいとした様子を見せていた。
昨年5月にKing & Princeから脱退し、ジャニーズ事務所から退所した3人──平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太は、今年元旦にNumber_iとして「GOAT」でデビューし、そして4月12日には、『ミュージックステーション』(以下『Mステ』)に初出演していた。今回の出演は2度目だった。
『Mステ』は「ジャニーズ忖度の総本山」とも言える番組だ。同時にテレビ朝日は、依然として性加害報道にもっとも抑制的なテレビ局でもある。80年代に始めた『ニュースステーション』でテレビ報道を一変させた姿はもはやない。
筆者は、早い段階からこの構造的な問題について幾度も指摘してきた(たとえばBS-TBS『報道1930』2023年5月25日)。この音楽番組内容と報道姿勢の奇妙な相関──それは今回のジャニーズ性加害問題において、まだまだ追及が乏しい側面である。
旧ジャニーズ中堅出演の激減
『Mステ』は、番組開始2年後の1988年から性加害問題が顕在化するまで、強くジャニーズ事務所に依存してきた。旧ジャニーズタレントが出演しなかったのは、昨年2月まで総集編を除く1363回中13回しかなく、うち3回は単独アーティスト企画、1回は新型コロナ禍だった(後者ではジャニーズ特別企画はあった)。つまり、完全にレギュラー扱いだった。
しかし、昨年9月29日にBE:FIRSTが出演した以降、10月20日にJO1、11月10日にINI、今年4月12日にNumber_i、そして5月17日にDa-iCEと競合グループの出演が続いた。「忖度」が崩壊したことは、こうした状況から確認できる。
そんな『Mステ』は、定期的な夏の大型特番はなく、この5年ほどは不定期に3時間~4時間の特番を7~10月にかけて放送している。時期も尺も異なるために、夏の音楽特番として経年的な比較をすることは難しい。
ただ、冬にはクリスマス前後に毎年『(ウルトラ)SUPER LIVE』を放送している。放送時間は2020~2022年は6時間強だったが、昨年は4時間40分ほどに短縮された。ただ、長尺なためこちらでは経年的な比較も可能だ。
この特番では、長らくジャニーズとズブズブの関係を築いてきた。毎年、主要グループのほとんどが出演しており、特別企画等も少なくなかった(2020年のSnow Man不出演はメンバーのコロナ感染のため)。2020年には、Jr.も交えて「ジャニーズトンチキソングメドレー」なる企画も見られた。
しかし昨年の性加害問題以降に『Mステ』も変わった。他の民放局同様、中堅のグループの出演が激減している。デビュー順で言えばNEWSからWEST.あたりで、例外がSUPER EIGHT(関ジャニ∞)だ。
放送時間が1時間以上減ったことも関係していることも考えられるが、競合グループの数にも大きな変化はない。BE:FIRSTが出演した程度だ。これらは他の民放局と同じ傾向だ。
放送回数が激減した『Mステ』
では、特番以外はどうなのだろうか。
近年の『Mステ』は、1時間の通常枠での放送がかなり減る傾向にある。昨年は1年(52週)で21回と、通年では過去最少だった。そのかわり2時間や3時間のスペシャルを増やすことでカバーしようとする様子もうかがえるが、披露される楽曲数もこの2年はかなり減った。
こうした理由ははっきりとしないが、テレビ放送の広告単価の低下を2時間等の枠で押さえようとする思惑や、あるいは高齢となった司会者・タモリ氏への配慮などが考えられる。
テレビ朝日の『タモリ倶楽部』やNHKの『ブラタモリ』などレギュラーを段階的に減らしているタモリ氏のことを考えれば、『Mステ』もそれほど遠くない未来に大きな変化をすることは確実だろう。
あからさまに増えた競合グループ
前述した通り、テレビ朝日は旧ジャニーズとの深い関係を長く続けてきた。1986年に放送を開始した『Mステ』は、光GENJIが大人気だった1988年からジャニーズに頼ることで番組を軌道に乗せた。
長らくこの番組に携わってきたエグゼクティブ・プロデューサーの山本たかお氏も「ジャニーズと『ミュージックステーション』はとても親密な関係を持たせていただいている」と過去に証言している(立命館大学「JASRAC寄附講座 音楽・文化産業論Ⅱ」2007年12月15日)。
経年的に見てもそれが事実であることを確認できる。1988年は、全体の30%強を光GENJIや田原俊彦、男闘呼組などのジャニーズ勢が占めていた。平均では80年代が20.0%、90年代が18.7%、00年代が21.5%、10年代が22.6%と推移していく。だが、2020年以降のこの5年は18.2%と減少傾向にある。
とくに昨年下半期(7~12月)は旧ジャニーズの割合が13%にまで減った。ジャニーズ事務所が性加害を認めたのは、この期間に含まれる9月7日だ。この間もすべての放送に旧ジャニーズ勢は出演しているが、割合の減少は年末の『SUPER LIVE』で著しく出演者が減ったことがその原因である。
一方で、競合グループの割合はあからさまに増える傾向が見られる。今年は、旧ジャニーズと競合が拮抗するほどになっている。3月8日は、4年ぶりに旧ジャニーズ勢の出演がなかった(前回はコロナ禍の2020年5月8日)。結果、旧ジャニーズ勢も含む男性のダンス&ヴォーカルグループが全体の三分の一ほどを占めている。
こうした『Mステ』の現状は、以下のようにまとめられるだろうか。
旧ジャニーズのレギュラー出演は維持する傾向が見られるものの、競合グループも出演させる。ジャニーズ忖度はしないが、優遇は続けるということだ。こうなると、そのしわ寄せはグループアイドル以外のアーティストに及ぶことになる。
井ノ原快彦のパフォーマンスの意味
4月12日にNumber_iが『Mステ』に初出演したとき、ともに出演していたのは20th Centuryだった。そこでメンバーの井ノ原快彦は、過去に平野が自宅に遊びに来たエピソードなどを話し、その関係が決して悪くないことを内外に示した(記事冒頭画像)。周知の通り、井ノ原は旧ジャニーズ事務所の受け皿となるSTARTO ENTERTAINMENTの取締役CMOである。
昨年9月のジャニーズ事務所の記者会見において、当時副社長だった井ノ原は筆者の質問に対し、テレビ局の忖度などについて以下のように回答していた。
そのとき井ノ原は、これまでの旧ジャニーズの圧力を遠回しに認めたような発言をし、そしてテレビ局など取引先に対しても忖度の解消を訴えた。『Mステ』での平野とのからみも、こうした姿勢をアピールするためでもあったのだろう。
Number_iのファンや旧ジャニーズに批判的な者には、そうした井ノ原の言動を表向きの「パフォーマンス」と批判する向きもあった。だが、そうしたパフォーマンスこそが今後の業界に確実に必要だった。戦争が終わったことを信じられずに、ジャングルの奥地から出てこられない日本兵のようなひとがたくさんいたからだ。
──だが。
戦争が終わったからと言って、すべてが終わりではない。テレビ朝日を中心とするテレビ局の自己検証はまだまだ途上にある。けっして忘れてならないのは、このことだ。
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