松本人志氏は白か黒かグレーか?──判断を迫られるテレビ局・スポンサー・吉本興業・行政
松本氏と『文春』の声明
11月8日、お笑いタレントの松本人志氏が、文藝春秋に対して起こしていた名誉毀損の民事訴訟を取り下げた。これは昨年末に『週刊文春』が報じた性加害疑惑の報道を受けての対応だった。訴えの取り下げには被告の同意が必要だが、文藝春秋側もそれに応じた。両者からの声明発表をもって、この訴訟は終結することとなった。
以下が、原告の松本氏と被告の文藝春秋(『週刊文春』)の声明である。
- 八重洲総合法律事務所「松本人志氏と(株)文藝春秋らとの間における訴訟に関するお知らせ」2024年11月8日(松本人志氏の声明)
- 「週刊文春」編集部「松本人志氏との訴訟について、週刊文春コメント」2024年11月8日
玉虫色の決着と限定的な真相
その結果を一言で表すならば、「玉虫色の決着」と言えるだろう。裁判自体が成立しなかったため、明らかになった事実は限定的だ。
松本氏は女性たちとの会合の事実は認めたものの、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」ことも示した。ただし「強制性の有無」という表現は、逆説的に性的行為の存在自体は前提とされているようにも読み取れる。つまり、既婚者の不貞行為を否定したわけではない。
さらに松本氏は「不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます」と謝罪の意を示しつつも、「金銭の授受は一切ありません」と示談の事実を否定している。
そして訴訟取り下げの理由として、松本氏は「これ以上、多くの方々にご負担・ご迷惑をお掛けすることは避けたい」と説明する。確かに、二審、三審まで進めば、さらに3~4年の歳月を要することになる。そうなれば活動休止も長引くことになる。
もう一つの可能性として、敗訴のリスクもあるだろう。『文春』で告発した女性は、この訴え取り下げを受けて「記事には一切誤りが無いと今も確信している」と朝日新聞の取材で述べており、現在も性行為に強制性があったと主張している(朝日新聞「記事の女性『割り切れない思いはある』 松本人志さん訴え取り下げ」2024年11月8日)。
今年1月には、「事実無根なので闘いまーす」と宣言していた松本氏(松本氏のX:2024年1月8日)だが、今回の対応はそれと比べてかなりトーンダウンした感は否めない。
判断を迫られるステークホルダー
SNSでは、松本氏の訴訟取り下げを受けてさまざまな意見が交わされている。なかには、松本氏が芸能活動に復帰することを歓迎する向きも少なからず見受けられる。しかし、それは簡単なことなのだろうか。
今後の展開において重要となるのは、松本氏のステークホルダー(利害関係者)がどのような判断を下すかだ。具体的には、テレビ局、CMスポンサー、吉本興業の三者が挙げられる。各ステークホルダーは、「性加害の事実」と「(性加害とは言えない)不貞行為の事実」という二つの観点から判断を迫られることになる。
テレビ各局は昨年の旧ジャニーズ問題を受けて人権方針を策定・改定したばかりだ。例えば日本テレビは、SNSでの同業者への暴言を理由にフワちゃんの出演を取りやめている(デイリースポーツ2024年8月11日)。人気レギュラー番組『水曜日のダウンタウン』を放送するTBSをはじめ、ジャニーズ問題の解明にいまも消極的なテレビ朝日とフジテレビの姿勢も注目される。
そもそも不貞行為によって番組の降板や出演見合わせをするタレントも珍しくはない。記憶の新しいところでは2020年にお笑いタレントが多目的トイレでの不倫が発覚し、現在も地上波テレビになかなか出演できない状況が続いている。
CMスポンサーも同様の判断を迫られる。昨年の旧ジャニーズの性加害問題では各企業がかなり厳しい判断を示したが、今回はどのような対応を見せるのか。スポンサーの判断は、テレビ局の方針にも大きな影響を与えると予想される。
一方、吉本興業はすでに「松本人志の活動再開につきましては、関係各所と相談の上、決まり次第、お知らせさせていただきます」と述べており(吉本興業「弊社所属タレント 松本人志に関するお知らせ」2024年11月8日)、活動再開を前提とするかのような姿勢を示している。
しかし、吉本興業は2010年にグループ行動憲章で「人権の尊重」を掲げ、今年4月にも新たな人権ポリシーを打ち出した(吉本興業「コーポレートガバナンスの強化等について」2024年4月24日)。さらに、つい先月には、不同意性交と不同意わいせつの疑いで書類送検されたタレントとの契約解除をしたばかりだ。以上を踏まえたうえで、吉本興業がこの問題にどう向き合うかが注目される。
大阪府・大阪市の対応にも注目
この「玉虫色」の決着を、3つのステークホルダーがどう判断するかが当面の焦点となる。「白」とするか「黒」とするか、それとも「グレー」とするか。
しかしより重要なのは、そうしたステークホルダーの判断を視聴者やファンを含む日本社会全体がどう評価するかだ。とくに社会と芸能界の健全な関係を保つためには、松本氏のステークホルダーでもあり報道機関でもあるテレビ局の対応を注視しなければならないだろう。
また松本氏はダウンタウンとして浜田雅功氏とともに、来年4月から始まる大阪・関西万博のアンバサダーも務めている(現在は活動休止中)。主催する2025年日本国際博覧会協会(公益社団法人)は、副会長に大阪府の吉村洋文知事と大阪市の横山英幸市長が名を連ねる。こうした行政府の対応にも注目が集まる。
芸能界の問題は社会から切り離されているわけではなく、治外法権でもない。松本氏の疑いはまったく晴れておらず、前述したように告発した女性の詳細な証言は依然として否定されたわけではない。また、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」とする松本氏の主張についても、報道どおりであれば密室での出来事であり、物的証拠が残り得ない状況だったことを考慮する必要がある。
現状は決してすべてが終わったわけではなく、松本氏が部分的に事実関係(会合における同席)を認め、部分的に謝罪することを表明しただけだ。松本氏に必要なのは、公の場でみずからの口でちゃんと説明することではないか──。
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