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NewJeansの独立宣言──契約解除が投げかけるK-POPグループアイドル文化の未来像

松谷創一郎ジャーナリスト
2024年3月6日、ロサンゼルスにおけるNewJeansの5人。(写真:ロイター/アフロ)

ADORとの決別を選択した5人

 11月28日、K-POPグループ・NewJeansのメンバー5人が記者会見を開き、所属するADOR(HYBE傘下)との専属契約を本日29日0時をもって解除すると発表した。2週間前に送付した契約違反の改善を求める内容証明に対し、回答がなかったからだとされている。

 この騒動の背景には、今年4月から続くADORの元代表ミン・ヒジン氏と親会社・HYBEとの経営をめぐる対立がある。ADORの代表権をめぐる争いやNewJeansメンバーへのいじめ疑惑についての国会ヒアリングなど、さまざまな出来事を経て、ついにミン・ヒジン氏は20日にADORを去った。NewJeansメンバーは彼女の後を追って退所する選択をしたかたちとなった。

 しかし、メンバーたちの前途には3つ大きなハードルが待ち受けている。それが以下だ。

  • 専属契約解除の無効性/有効性
  • 係争長期化の可能性
  • ADORを離れた場合の「NewJeans」という名称の使用権

 この3点をNewJeansはクリアできるのか──。

残る契約期間と解除に伴う問題点

 まず契約について見てみよう。

 NewJeansメンバーとADORの契約は、現時点でまだ3〜5年ほど残っていると考えられる。その理由は、2022年7月にデビューしたNewJeansの契約期間がまだ2年ほどしか経過していないことにある。韓国では芸能人とプロダクションとの契約は最長7年とされているため、契約は2027〜2029年まで残っている可能性が高い。

 今回5人はこの契約を解除したものの、当然ながらADORはこれを簡単には受け入れなかった。実際、ADORは専属契約が有効であると主張している(聯合ニュースTV「[単独]NewJeansの記者会見1時間前…ADORはどんな返事を送ったのか?」2024年11月29日/韓国語)。

 もしNewJeansがこの契約解除を強行すれば、ADORが違約金を要求する可能性も出てくる。5人は会見で違約金が発生しないことも主張したが、300億円とも600億円とも言われる違約金が発生するとの見方もある。

 次のハードルは、この専属契約解除をめぐる争いが長期化することだ。両者の対立が続くかぎり、専属契約解除の有効性が裁判で争われる可能性が高い。その場合、最短でも1年弱は解決しないと予想される。

 韓国芸能界では、タレント側が専属契約の解除を求める訴えを起こすことが珍しくない。過去には東方神起やKARA、EXOなどのケースが注目されたが、それ以降もしばしば対立が起きている。最近では昨年大ブレイクしたFIFTY FIFTYのケースがよく知られている。

「NewJeans」の名前はどうなる?

 そして最後は、グループ名の問題だ。

 たとえ5人でADORを離れたとしても、グループ名の「NewJeans」が使えなくなる可能性がある。なぜなら、この名前はADORが商標を取得しているからだ。ただし会見でもメンバーは「名前を使えるように努力する」と述べており、グループ名を捨てる意思はいまのところ見られない。

 これまでのケースを踏まえれば、契約期間中にその解除を求めた場合に、メンバーたちが従来のグループ名で活動を続けたケースはない。東方神起を離れた3人もJYJとして活動してきた。

 ただし契約が満了した後に、グループ名を変更して活動を続けるケースはある。たとえばSUPERNOVA(旧・超新星)やHighlight(旧・BEAST)、あるいはVIVIZの3人(旧・GFRIEND)がそうだ。またGOT7のように、旧所属プロダクションにグループ名の使用を許されるケースもある。

活動休止のリスクと今後の展望

 ここまでこじれてしまった状況を考えると、おそらくメンバー5人がADORに戻る可能性は極めて低いだろう。やはり今後は、すでにADORを離れたミン・ヒジン氏と合流すると考えられる。

 その際に懸念されるのは、このトラブルによって生じる活動休止期間だ。前述したように、裁判となれば短くても1年弱の時間がかかる可能性がある。ポピュラー音楽が流行文化であることを考えれば、小さくないダメージとなることは確実だ。

 そして前述したように、「NewJeans」というグループ名の使用権も大きな問題となる。アメリカのエージェンシーと異なり、韓国や日本の芸能プロダクションにとって知的財産は事業の根幹とも言える。よって、ADORがこれを簡単に手放すことは考えにくい。

 これは単にひとつのグループの問題ではなく、プロダクション主導で発展してきた韓国のグループアイドル文化の基盤にも関わる話だ。グループアイドルはロックバンドとは異なり、芸能プロダクション主導だからこそ発展してきた文化でもある。ここで簡単に商標を手放すことになれば、今後のアイドル文化が瓦解することにも繋がりかねない。

 とは言え、この商標が一般的なプロダクトとは異なり、人間の集団であることには強い留意が必要だろう。つまり商品は人間たちであり、その人権や尊厳は十分に尊重されなければならない。

 以上を踏まえればそこで求められるのは、グループアイドル文化の維持とタレントの尊厳の両立だ。

 韓国芸能界はグローバル展開することで、日本よりも多くの法整備が整えられており、芸能人の人権が守られやすい環境が整いつつある。それでも日本よりもトラブルが目立つのは、(市民運動で民主化を成し遂げた歴史的背景もあるが)タレントが声をあげやすい環境が整っているからだ。その逆に、日本では多くの泣き寝入りが生じている可能性が高い。

 外国人も多く活動しており、NewJeansで言えばハニはオーストラリアとベトナムの二重国籍、ダニエルはオーストラリアと韓国の二重国籍である。こうした場合、旧来的な韓国特有の文化は通用しない。今回のトラブルは、国際的な人材獲得競争の結果とも言える。

K-POP産業の構造変革への示唆

 よって今後議論されるべき論点は、芸能プロダクションとタレントとの関係性(力関係)をどうするかということであろう。より具体的には、韓国(や日本)芸能界で目立つ「『人間の集団』を商品として扱う場合のビジネスモデルのありかた」と言えるだろうか。

 たとえばアメリカでは、タレント個人の立場を重視した結果、エージェントがプロダクション機能を持つことが禁止されている。つまりアメリカには「芸能プロダクション」は存在しない。これは、タレントの搾取やプロダクションの利益相反を回避するためだ。グループアイドルがアメリカで多く生まれないのも、こうした背景があるからだ。

 韓国の芸能プロダクション(企画会社と呼ばれる)は、従来の方法論(芸能プロダクション制)を維持したまま2000年代後半以降、急速にタレントの地位向上を行政主導でおこなってきた。日本よりも10年ほど早く公正取引委員会も動いている。これは、ポピュラー文化(コンテンツ)が韓国の基幹産業であり、同時にグローバル産業であるとする自覚がそうさせたものだ。

 ただし、それでも昨年のFIFTY FIFTYに続き、NewJeansの問題が生じてしまった。しかもその過程では、HYBEとADORの幹部による非常に感情的な争いもあった。

 韓国芸能界の構造とは、従来の日本のような「ムラの掟」をその基盤を大きく変えずに法整備などによって対処療法的に近代化していったと捉えられる。もちろんそれによってBTSやBLACKPINKのような、アイドルグループのグローバル化につながったのもたしかだが、その一方で今回見られた感情的対立のような「旧い部分」も残っている。

 マクロに見れば、「旧来の芸能界」から「グローバルなエンタテインメント界」への移行過程で生じた摩擦が、今回の問題だと言えるだろう。

注目される2つの展開

 今後、喫緊の注目点はふたつある。

 まずは本日29日に予定されているテレビ朝日『ミュージックステーション』への出演だ。こうしたタレントとプロダクションとのトラブルにおいて、日本のテレビ局はかねてからプロダクション側に立つことが多かった。「ジャニーズ忖度」の総本山だった『Mステ』はとくにそうだった(『Mステ』検証から逃げるテレ朝、その背景にある長年の〝癒着〟2024年7月29日)。

 しかし一方でテレビ朝日はミン・ヒジン氏へ単独インタビューするなど、報道サイドはこの問題に強い関心を示していた。今回、どのような判断をするのかが見ものだ(出演しない場合は、おそらく「総合的に判断」とお茶を濁すだろう)。

 もうひとつは、他のタレントたちの反応だろう。

 なかでも注目されるのは、NewJeansと同じHYBE傘下のBTSのメンバーの反応だ。メンバーの多くは現在兵役に入っているが、リーダーのRMは兵役直前に従来のアイドル文化についての疑問を呈したこともあり、今回の問題に対してなんらかのメッセージを出す可能性がある(「アイドルが商品なら、人権を放棄しなければならなくなる」BTS活動休止騒動で話題に…K-POPトップスターたちが語った“重すぎた言葉”2022年6月25日)。

 BTSだけでなく、他のタレントたちがNewJeansたちにどのように同調するか、あるいはしないかにも注目が集まるだろう。

NewJeans問題が投げかける課題

 今回のNewJeansの契約解除問題は、表面的には一グループの契約トラブルに見えるが、その根にあるのはより構造的な課題と言える。

 グループアイドルという商品性と、その担い手である若いアーティストたちの人権や尊厳をどう両立させていくのか。この問いは、韓国のみならず、同様の構造を持つ日本の芸能界にも大きな示唆を与えるはずだ。

 NewJeansメンバーたちの決断は、アジアの芸能界における新たなパラダイムシフトの契機となる可能性も秘めている──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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