ジャニーズ崩壊が突きつけたエンタテインメントの再編成──ジャニーズ忖度が終わった先に:6
新たな時代の黎明
ここまで5回にわたって、テレビ局による「ジャニーズ忖度」の終焉を確認してきた。
そこから見えてきたのは、ジャニーズ事務所の崩壊が日本のエンタテインメント業界に大きな変化をもたらしていることだ。音楽特番においてKing & PrinceやSixTONES、Snow Manなど若手の人気グループが依然として存在感を保つ一方で、中堅グループの露出が著しく減少している事実は、業界の構造的な変化を如実に物語っている。
具体的な数値を見ると、旧ジャニーズグループの今夏の音楽特番出演数は50%も減少している。これは偶発的な現象ではなく、業界全体のパラダイムシフトを示唆するものだ。
一方で、非ジャニーズグループの台頭はより顕著になってきた。LDHやavex、新興勢力のBMSGとTOBE、そしてK-POPアーティストたちの出演数が、今夏の特番で25%も増加した事実は、新時代の到来を告げるものだ(「【冬61%減・夏50%減】激減した音楽特番の旧ジャニーズ」2024年8月9日)。
この現象は、「ジャニーズ忖度」の終焉を端的に示すと同時に、日本のエンタテインメント業界が新たな局面を迎えていることを意味している。
この変化は今後どのような影響をもたらすのか。その「ポスト・ジャニーズ時代」の行方を占う上で、メディア環境の変容は極めて重要な要素となる。
地上波テレビの凋落とインターネットの台頭
地上波テレビのプレゼンスの低下とインターネットメディアの台頭は、もはや不可逆的な潮流だ。テレビの広告費がインターネット広告に追い抜かれて久しいいま、この傾向が反転する可能性はない。なぜなら、これは単なる一時的な現象ではなく、放送から通信への不可逆的なシフトだからだ。
もちろんこの変化は、映像コンテンツの重要性を否定するものではない。むしろ、視聴者へのコンテンツ伝達経路が電波から通信へと移行した、メディアの変容を意味しているに過ぎない。アーカイブコンテンツも同様だ。かつてVHS・DVD・Blu-rayなどが担っていたビデオの役割は、いまや動画配信サービスに取って代わられつつある。
テレビ局は長年、国から独占的な使用を許可された電波の特権を享受してきた。しかし、インターネットによりその特権は急速にその価値を失い、むしろ足かせになりつつある。それにもかかわらず、多くのテレビ局は20世紀型の体制維持に固執し続けてきた。
現状、テレビ局は存在感を失い続けており、同時にネットメディアへの積極的な展開もできずにいる。「ジャニーズ忖度」は、こうしたなかで行われてきた一種の防衛機制だったと解釈できる。歴史的な視点からは、テレビメディアの衰退期に生じた特異な現象として位置づけられることになるだろう。
運命共同体の終焉
テレビ局の保守的姿勢と、それを利用して勢力を拡大してきたジャニーズ事務所は、長らく共生関係──運命共同体だった。両者に共通するのは、インターネットメディアの活用に対する消極的な態度だ。
ジャニーズ事務所による音楽番組等へのメディアコントロールも、このような状況下で強化されていった。そしてテレビ局の「ジャニーズ忖度」も、こうした文脈の中で深化していった。
しかし、こうした両者の保守的な姿勢こそが、日本のエンタテインメント業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅延を招いた元凶でもあった。とくに音楽産業において、その影響は顕著だった。CD販売への依存が続いたことで、日本の音楽市場は長期的な停滞に陥ったままだ。グローバル市場では、ストリーミングサービスへの移行によって2010年代中期以降にV字回復を遂げたにもかかわらず、日本市場だけが取り残される結果となったのである。
ジャニーズ事務所は、自社のファンを囲い込むことに注力するあまり、ストリーミング配信の解禁に極めて消極的だった。これは、業界全体の発展に対する想像力の欠如を示すものでもある。業界の最大のプレイヤーの遅滞したこの姿勢こそが、日本のエンタテインメント業界全体の国際競争力を著しく低下させる要因でもあった。
ジャニーズ事務所は、最期まで「芸能・20世紀レジーム」から抜け出せなかったのである。
K-POP、BMSG──新興勢力の台頭
テレビ局と旧ジャニーズ事務所の保守的な姿勢とそれによる停滞に対し、一方で新興勢力はインターネットメディアを積極的に活用し、着実に影響力を拡大していった。
その最たる例がK-POPの躍進だ。東方神起、少女時代、KARA、PSY、BTS、TWICE、BLACKPINK等々──多くのグローバルスターを輩出してきたK-POPは、インターネットを戦略的に活用し、日本市場のみならずグローバルマーケットへの浸透に成功した。もはや多くの説明は不要だろう。
この成功は、日本のアーティストたちにも大きな影響を与えた。旧来のビジネスモデルから脱却し、グローバル市場を見据えた戦略を展開する動きが近年いくつも顕在化しつつある。
それは、ジャニーズ事務所の性加害問題が表面化する以前から見られた。2020年に韓国のオーディション番組『PRODUCE 101』の日本版から誕生したJO1、同番組から2021年にデビューしたINI、そしてSKY-HIこと日高光啓が立ち上げたBMSGによるBE:FIRSTなどがその代表例だ。
彼らは、海外アーティストと同様にインターネットメディアを積極的に活用することで、着実に支持を獲得していった。この成功は、日本の音楽業界における新たな可能性を示してきた。
TOBEとNumber_iの新たな挑戦
こうした流れは、停滞を続ける旧ジャニーズからの人材流出も招いた。そのもっとも象徴的な出来事が、2022年に発表された副社長だった滝沢秀明の退社とKing & Princeのメンバーだった平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太の退所だろう。彼らの離脱は、TOBEの創業とNumber_iのデビューへとつながる。
3人のメンバーが、King & Prince脱退を発表した際にそろって強調したのは「海外」という言葉だった(『日テレNEWS』2022年11月5日)。彼らの決断は、日本の芸能界の閉塞感と、グローバル市場への羨望を如実に表していた。
Number_iは今年元旦に配信でデビューを果たし、わずか3か月半後にはアメリカの音楽フェス・コーチェラのステージに立っていた。この迅速な展開は、彼らの新たな可能性を示すと同時に、日本の音楽業界における変革の必要性を強く示唆している。
インターネットがもたらした変革
これらの非ジャニーズグループの台頭は、ジャニーズ事務所の崩壊と時を同じくして起こった。これは単なる偶然で片付けることはできず、メディア環境の変化がもたらした必然とも言える結果だ。
ジャニーズ事務所は、インターネットメディアを地上波テレビのようにコントロールすることができなかった。2016年のSMAP解散騒動は、この現象が最も顕著に表れた事例だ。もはやテレビや雑誌の報道を制御するだけでは対応できない時代に突入していたのである。
性加害問題も、その端緒となったBBCによる追及は、YouTubeやSNSを通して拡散し、従来のメディアコントロールの限界を如実に示した。世界的な動画プラットフォームを、一国の芸能プロダクションがコントロールできるはずもない。ジャニーズ事務所は、インターネットによって終焉に追い込まれたと言っても過言ではないだろう。
テレビ局の衰退と変革
不可逆的な地上波テレビと芸能プロダクションの関係は、インターネットメディアの台頭によって再編を余儀なくされている。近い将来、放送特権の価値を失ったテレビ局は、コンテンツ製作会社としての再定義を迫られるだろう。
各社の幹部もこの現実を頭では理解しているはずだ。しかし、インターネットメディアへの本格的な進出には、依然として躊躇が見られる。音楽番組に限って言えば、その状況は特に顕著だ。一回限りの放送と、画質の劣るTVerでの短期配信の現状は、視聴者のニーズを満たしているとは到底言い難い。
テレビ局は、十分な製作費を投じて創出したIP(知的財産)を十分に活用できていない状況にある。K-POPの視点からは、この状況はことさら不可解に映るだろう。韓国では、音楽番組のパフォーマンスのほとんどがYouTubeで恒久的に配信される。日本の音楽番組がこの潮流に乗り遅れている現状は、業界の将来に暗い影を落としている。
昨年日本でもっともヒットした楽曲はYOASOBIの「アイドル」だった。しかしふたりがはじめてテレビでそのパフォーマンスを披露したのは、日本の番組ではなかった。韓国の音楽チャンネル・M-netの『M COUNTDOWN』が最初だった。この動画は1年弱で約647万回も視聴されている。
こうした韓国のメディアと比べると、日本のテレビ局の消極的な姿勢は貴重な時間と機会を失っていることがよくわかるだろう。音楽に限らず、優秀なプロデューサーたちが外資系の動画配信メディアに移籍したり、独立したりする現象も、危機的状況を象徴している。
放送はきわめて完成された技術によるメディアだが、その役割は通信によって徐々に代替されつつある。テレビ局が生き残るためには、従来の枠組みを超えた大胆な変革が不可欠だ。それができなければ、IPごと他メディアに吸収され、その存在意義を失うだけだろう。
日本のエンタテインメントは今、大きな転換点に立っている。ジャニーズ事務所の崩壊は、その象徴的な出来事に過ぎない。
ジャニーズ事務所にしろ従来のテレビ局にしろ、彼らがともに持っていなかったのは、未来への志向だ。現在、真に問われているのは、業界全体が未来に向けてどのようなビジョンを描き、それをいかに実現していくかだ。
つまり、どんなエンタテインメントが未来にありうるべきか、あるいはどんなテレビが未来に必要なのか──そうした未来観こそが必要だ。それが明確であれば、インターネットメディアを目の前にして硬直化し、昭和の中小企業しぐさを実践し続けたジャニーズ事務所と運命共同体になるような姿勢をテレビ局は採らなかったはずだ。
2024年のポスト・ジャニーズ時代──それはインターネットに相応しい、新たなエンタテインメントを早急に実現しなければならない時代だ。
【了】
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