スウェーデン「ロシア支持のくせに我々の援助を受け取るな」→マリが大使を国外退去――他の先進国は続くか
- 西アフリカのマリがウクライナ侵攻で先進国の立場に賛同しないことなどを念頭に、スウェーデンの大臣が援助停止を示唆した。
- これをきっかけにマリは駐在大使の国外退去に踏み切ったが、他の先進国の間にスウェーデンを擁護する兆候はない。
- そこには主に三つの理由がある。
- 「反抗的な国」に対する援助停止は、現代の世界において効果がほとんどないどころか、自分の首を絞めかねない
- ウクライナがマリで「イスラーム過激派を支援している」疑惑が濃い
- スウェーデンの政府・与党にとって、ムスリムが圧倒的に多いマリとの決裂は、イスラーム嫌悪に傾いた支持者向けのアピールとしての意味が強い
“ロシアの拠点”を巡る火花
西アフリカ、マリの軍事政権は8月9日、同国に駐在するスウェーデン大使に対して、72時間以内に退去するよう命じた。
大使の国外退去は外交的にはかなり強い意味があり、断交に次ぐレベルといえる。
そのきっかけは8月7日、スウェーデンの国際開発協力担当大臣ヨハン・フォルセルがXに「ロシアによるウクライナへの侵略を支持しながら、我々から毎年何億クローナも援助を受け取るな」と投稿したことだった。
国連総会で2022年3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻の非難決議が採決された時、マリはこれを欠席した。
また、イスラーム過激派によるテロが増加するなか、ロシアの軍事企業ワグネル(現在はアフリカ軍団と改称)と契約してその鎮圧にあたっている。
マリはいわば、ロシアのアフリカ進出の一つの拠点とみられている。
そのためスウェーデン政府は以前からマリとの関係を縮小し始めていた。6月には「在マリ・スウェーデン大使館の年内閉鎖」が発表されていた。
スウェーデン大使の国外退去処分は、こうした外交的緊張の延長線上にあるもので、突然発生したものではない。
ウクライナが落とす影
ただし、緊張がいきなり高まった一つのきっかけは、マリが8月5日、ウクライナと断交したことだった。
マリ政府は「マリ北部の分離主義者や過激派をウクライナが軍事援助している」と批判し、「国家の主権を侵害するもの」として外交関係を断絶したのだ。
マリ北部では以前から武装組織の活動が活発だったが、7月末の戦闘ではマリ軍とロシア兵100人以上が殺害された。
これに対して、ウクライナ政府はマリ北部での軍事活動を否定し、断交の決定を“短視眼的“と批判している。
スウェーデンのフォルセル大臣による「我々から援助を受け取るな」発言は、マリによるウクライナ断交を批判するなかで出てきたものだ。
スウェーデンは長く“永世中立”を国是としてきたが、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてNATO加盟を申請し、今年3月7日に正式にメンバーの一員になった。
スウェーデンに続く国はあるか
「国際的に孤立していない」と強調したいロシアにとって、アフリカの重要性はこれまでになく高まっている。そのため先進国との争奪戦もエスカレートの一途を辿っている。
マリとスウェーデンの“決裂”はそうしたなかで発生した。
それではスウェーデンに続いて、アフリカに対して「ロシアと関係をもつなら援助しないぞ」という国は先進国のなかから出てくるか。
それはかなり疑問だ。そこには3つの理由がある。
第一に、ウクライナ侵攻を理由に先進国が援助を削減すれば、単にロシアのナワバリが広がりやすくなり、ひいては中国のアフリカ進出に弾みをつけかねない。
冷戦時代なら、今回のスウェーデンの対応は珍しいものでなかった。しかし、グローバル化の進んだ現代の国際関係は、冷戦時代と大きく異なる。
先進国も中ロもグローバル・サウスを取り込む必要にかられ、自由貿易の原則のもと、それぞれ同じ国にアプローチしている。複数の相手から同時に求愛されれば、求愛された側の方が発言力は強くなるのは、個人でも国家でも同じだ。
つまり、“援助する国”が“援助される国”を選べるとは限らず、むしろその逆の構図の方が強くなりやすい。
それを無視して「援助してやるんだからこっちに合わせろ」という態度をむき出しにすれば、提供金額にもよるだろうが、「援助国は別におたくだけじゃないんで」と流されても不思議ではない。
マリは先進国の“敵”か?
第二に、今回の“決裂”のきっかけになった、ウクライナによるマリ反体制派支援の疑惑がかなり問題の多いものであることだ。
ウクライナ政府はロシアの軍事力を削る目的で、シリアやアフリカで軍事作戦を展開している。
これに関して、マリ政府はウクライナの支援が同国北部のアルカイダ系組織にも渡っていると主張する。
マリの反体制派はウクライナと「ロシアよりのマリ政府と対立する」という一点だけで共通する。
マリはこうした主張のもとウクライナと断交したのだが、スウェーデン政府は断交そのものを批判しながらも「ウクライナが過激派を支援しているなんてフェイクニュースだ」とは言わない。
これについてアメリカをはじめ他の先進国が沈黙したままであることも、疑惑の濃さを物語る。
その裏返しで、ロシアとつながるマリ政府が先進国にとって“敵”とも限らない。マリ軍事政権は今年4月、アメリカ政府が500万ドルの報奨金を出していた「イスラーム国(IS)」のアブ・フゼイファ司令官を殺害したと発表した。
とすれば、なおさら他の先進国にとって、スウェーデンに続くことはリスクの高い選択といえる。
スウェーデン自身のイスラーム嫌悪
最後に、現在のスウェーデン政府では極右系の発言力が強く、あえて“反イスラーム的”をアピールしやすい(マリ人口の93% はムスリム)ことだ。
スウェーデンでは2022年9月の総選挙により、民主党を中心とする連立政権が発足した。民主党は「スウェーデン人のためのスウェーデン」を標榜する右派政党で、移民制限などを主張している。
その結果、スウェーデンでは2023年、イスラームの聖典コーランを抗議活動のデモンストレーションとして焼却することが合法と認められた。この方針は当然のようにムスリム系市民やイスラーム各国の強い反発を招き、警察が“治安を脅かす”と反対するなかで決定された。
そこでは民主党の支持基盤へのアピール効果が優先されたといえる。
とすると、現在のスウェーデンの与党・政府にとって“反抗的な”マリへの援助を停止し、懲罰を加えることは、たとえ外交・安全保障の面からほとんど意味がなくても、国内政治的にはイスラーム嫌悪に傾いた支持者を満足させるという意味がある。
ただし、国内外の反発を招いてまで“反イスラーム的”を支持者にアピールしようという政府は、さすがに多くない。
それどころか、他の先進国にとっては、スウェーデンにまともにつきあえば、ガザ侵攻をめぐってイスラーム諸国との間で悪化した関係がさらに悪化しかねない。
とすると、スウェーデンが効果も理由も怪しい“マリとの決裂”に向かったことは、他の先進国からスルーされても不思議でないのである。