スウェーデンのNATO加盟はほぼ絶望的に――コーラン焼却「合法化」の隘路
- トルコとスウェーデンはコーラン焼却をめぐり対立をエスカレートさせている。
- 右傾化するスウェーデンでは「表現の自由」を理由にコーラン焼却が法的に認められた。
- やはり極右が台頭するトルコは強硬姿勢を強めており、スウェーデンのNATO加盟はほぼ不可能な水準に近づいている。
中立を国是にしてきたスウェーデンは、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにNATO(北大西洋条約機構)加盟を申請したが、すぐに実現するのはほぼ絶望的になった。その直接的な理由は加盟国トルコの反対だが、それを煽っているのはスウェーデン自身の右傾化である。
コーラン焼却「合法化」の波紋
NATO加盟国の首脳会議が7月11日からリトアニアで開催される。一つのポイントはスウェーデンの加盟申請が実現するかとみられる。
しかし、その可能性は限りなく低い。
NATOのルールでは新規加盟には全加盟国の賛成が必要だが、これまでスウェーデンの加盟に反対してきたトルコが強硬な姿勢をさらに強めているからだ。
トルコのハカン・フィダン外相は6月28日、「スウェーデンが反イスラーム感情を煽っている」と非難した。NATO加盟には直接言及しなかったものの、その見通しは暗い。
トルコはもともとスウェーデンが「テロリストを擁護している」と非難し、NATO加盟に反対してきた。トルコで分離独立運動を行うクルド人活動家をスウェーデンが難民として受け入れてきたからだ(フィンランドも同じ理由でトルコに反対されていたが、「テロ対策強化」などに応じて4月にNATO加盟を果たした)。
ところが、ここにきて対立はさらにエスカレートしている。きっかけはイスラームの聖典コーランを燃やす行為をスウェーデン当局が「合法」と認めたことにある。
反トルコ感情と「表現の自由」
この問題の経緯をみておこう。
ことの発端は、NATO加盟をめぐってスウェーデンとトルコの対立が表面化した昨年4月頃から、反移民、反ムスリムと結びついた反トルコデモが各地で発生し、そのなかでしばしばコーランが燃やされるようになったことだった。
今年1月には、ストックホルムにあるトルコ大使館前でデモが発生し、コーランが焼かれた。
このデモは、移民排除を叫ぶ政治家ラスムス・パルダンに率いられていた。バルダンは極右過激派としてイギリスで入国禁止になるなど、欧米各国でも警戒されている。
トルコなどイスラーム各国からの抗議もあり、スウェーデン警察は2月、「治安上の理由」からデモにおけるコーラン焼却を禁じた。
ところが、スウェーデンの裁判所はその後、「治安上の理由はデモの権利を制限できない」として警察の決定を覆した。つまり「表現の自由」が優先される、というのだ。
トルコのエルドアン大統領が「コーラン焼却が認められるならスウェーデンのNATO加盟はない」と警告するなか、この裁判所命令は下された。
その一方でスウェーデン政府は6月21日、「トルコが求めていた‘テロ対策強化’は実施した」と述べ、「当初の約束に従い、トルコはスウェーデンのNATO加盟を認めるべき」と主張した。
そして発生したコーラン焼却
こうして対立がエスカレートしていた6月28日、ストックホルムで事件が発生した。
この日はイスラームの祭日「イード・アル・アドハー」初日に当たり、セントラルモスクに多くの信者が集まっていた。その前で一人の男がメガホンでイスラームを批判する演説を行なったうえ、コーランを燃やして踏みつけたのだ。
コーランを燃やしたのはいわゆる極右活動家ではなく、サルワン・モミカと名乗るイラク難民で、スウェーデンの市民権を取得していた。モミカはCNNの電話取材に対して「自分は無神論者」と主張し、「コーランは危険」「世界中で禁止すべき」と自論を展開している。
中東出身者がコーランを燃やしたことを「‘ムスリムは危険’と思わせるトリック」と疑う意見もあるが、モミカ以外の誰かがかかわっていた証拠はない。
「合法であっても適切ではない」
しかし、この事件はトルコはもちろん、ムスリム人口の多い中東、アフリカ各国の批判を噴出させた。とりわけ、先進国と友好的なモロッコがスウェーデン大使を引きあげさせるという強い反応に出たことは注目された。
法的に違法でないため、モミカがおとがめなしだった(後日、警察はヘイトクライムで調査中と発表した)一方、モミカに暴行を加えようとした信者が警官に取り押さえられたことが、多くのムスリムの目に「不公正」と映っても不思議ではない。
NATOを率いるアメリカも渋い顔を隠さない。国務省報道官は「表現の自由を尊重する」と述べる一方、コーラン焼却を批判し、さらに「合法かもしれないが適切とは限らない」と、スウェーデンの裁判所を暗に批判した。
こうした状況に、スウェーデンのウルフ・クリステルソン首相も「合法だったが適切でなかった」と認めたが、その一方で「NATOに加盟できる」とも述べている。
スウェーデンの右傾化
トルコ政府の神経をあえて逆なでするようなスウェーデンの対応は、昨年9月の選挙で保守派政権が発足したことに起因する。その中心にあるスウェーデン民主党は大戦期のナチスに起源をもち、移民排斥や同性婚反対を主張する、いわゆる極右政党だ。
問題の裁判所命令は、この保守派政権の発足と軌を一にする。
もともとスウェーデンの裁判所は政府方針に沿った判決を下すことが多く、ストックホルム大学のマウロ・ザンボニ教授は「独立した主体というよりむしろ行政機関の一部」と指摘する。
例えば、スウェーデンでは裁判員が、議席数に比例して各政党に指名されるため、昨年から民主党支持者が裁判に加わることが増えた。
コーラン焼却を認める裁判所命令は、こうした背景のもとで生まれた。
極右と極右の対決
右傾化はスウェーデンのNATO加盟を難しくする。
スウェーデンで今年1月に行われた世論調査では、約8割の回答者が「たとえNATO加盟が遅れても安易にトルコと妥協すべきでない」と応えた。つまり、スウェーデンでは党派を超えて反トルコ感情が強くなっているとみてよい。
「偉大なスウェーデン」を高唱する民主党が率いる現在のスウェーデン政府は、クルド人問題に関してトルコとある程度妥協した一方、それによって損なわれた体面を補うかのように「冒涜」を認める方針に向かっている。
この構図は、いわば極右と極右の対立といえる。
もう一方のトルコでも、外部の干渉を拒絶し、国家の独立性を重視する極右の台頭が目立つ。今年5月の大統領選挙でエルドアン大統領は、シリア難民の排除などを叫ぶ極右の支持によって、からくも勝利した。
ナショナリズムを鼓舞してきたエルドアン政権がこれまで以上に右傾化するなか、コーラン焼却問題でスウェーデンと妥協することは困難だ。
NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は7月6日にトルコとスウェーデンを招いた会議を開催する予定で、「スウェーデンの加盟を歓迎すべき時だ」と述べるなど、仲介に自信をみせている。
とはいえ、この状況でスウェーデンの加盟が実現する見込みは乏しい。いわばスウェーデンとトルコはそれぞれ右傾化するなかで選択の幅を狭めており、その結果両国は交渉不可能なレベルに近づいているのである。