高度福祉国家、環境保護や男女平等の先進国…「優等生」スウェーデンで民族主義が台頭した理由
- スウェーデンの総選挙で移民受け入れに反対する民族主義政党などが勝利した。
- これまでスウェーデンは社会福祉の充実や環境保護、多文化共生の先進国とみなされ、社会民主党が長期政権を築いてきた。
- この国の大転換の直接的な原因は、ウクライナ侵攻にあるとみられる。
「優等生」から自国第一へ
スウェーデンはこれまで社会福祉のモデル国としても知られ、環境保護やジェンダー平等でも先進的とみなされてきた。そのスウェーデンで9月11日、総選挙が行われ、民族主義政党「スウェーデン民主党」が20.5%の得票率で第二位につけた。
得票率第一位は、与党スウェーデン社会民主党の30.3%だった。社会民主党は第二次世界大戦以前の1932年から長期政権を維持し、現在の社会保障制度などを築いてきた。
しかし、社会民主党を中心とするリベラル勢力の得票率は全体の48.8%にとどまり、民主党を中心とする保守勢力が49.5%を獲得した。
この結果を受けて社会民主党に所属するマグダレナ・アンデション首相は辞任し、先進国中最長期政権に終止符が打たれた。
この選挙結果は、単にスウェーデン一国の問題というより、世界全体の潮流を象徴する。国際的に「優等生」とみなされてきたスウェーデンでも、自国第一の大義のもとでナショナリズムが台頭してきたことがうかがえるからだ。
「スウェーデンをもう一度偉大に」
長期政権の衰退は、突然始まったわけではない。
社会民主党の得票率は、戦後も長い間50%近くを維持してきた。しかし、1990年代からは得票率が40%を下回ることも増え、前回2018年選挙では史上最低の28.3%にまで低下していた。
スウェーデンは2008年のリーマンショック後もいち早く経済回復するなど、先進国のなかでは安定した経済成長を実現させてきたが、それにともなう物価上昇のペースに低所得層や年金受給者がついていけなかった。また、他の欧米諸国と同様に、生活苦の増加は「外国人嫌い」の風潮も強めた。
こうした背景のもと、社会民主党への不満の受け皿として頭角を表したのが、「スウェーデン人のためのスウェーデン」を標榜する民主党だった。
民主党は移民の制限、国防費の増額、軍や警察の拡充などを主張する一方、スウェーデンに根付いた社会保障制度や環境保護政策を大きく転換しないと強調している。
しかし、これまで社会保障の対象だった合法移民や永住権取得者をその対象から外すことを提案するほか、「スウェーデンはすでに温室効果ガスの排出などを厳しく制限してきた」と主張して、これ以上の地球温暖化対策は外国がするべきとも示唆する。
また、同性婚を容認する一方、「子どもは家庭で育てるのが好ましい」という、いわゆる伝統的な家族観も鮮明である。
さらに、ナショナリズムの延長線上で、共通通貨ユーロに代表される共通の制度・政策を導入するEUに対しても、強い反感を示している。
その主張やスタイルにはアメリカのトランプ前大統領を彷彿とさせるものがあり、今回の選挙でも「スウェーデン第一」や「スウェーデンをもう一度偉大に」といったスローガンが飛び交った。
極右政党としての顔
日本のメディアには欧米のデリケートな話題を避ける傾向が強く、「欧米=味方」イメージを強調したいのか、ウクライナ侵攻後にはとりわけそうした配慮が目立ち、エリザベス女王崩御の話題と比べてスウェーデンの選挙に関する報道は驚くほど少ない。
これに対して、欧米メディアの一部はスウェーデン民主党に関心を寄せている。そのルーツがナチズムにあるからだ。
1988年に発足した民主党は、その創設者の一人グスタフ・エクストロームが親衛隊(SS)志願兵だったことに象徴されるように、思想的にはナチスにルーツをもつ。ナチズムは1930年代、北欧を含む欧米全域で支持者を獲得していたが、ヒトラーは北欧人こそドイツ人と同等あるいはそれよりさらにアーリア的とみなしていた。
その系譜をくむ民主党の支持者は、1990年代にはスキンヘッドなど極右的、ネオナチ的スタイルが目立った。
もっとも、近年の民主党は若者の支持を集めるため、「いかにも極右」な古いスタイルを廃止しているだけでなく、これまでナチズムと何ら関係はなかったとしきりに強調し、「よりソフトな」イメージチェンジを進めている。
それでも民主党には、極右あるいは白人至上主義としての顔が厳然としてある。2014年、民主党ストックホルム支部長は移民を「恥知らずな嘘つき」と呼び、辞任に追い込まれた。2016年には、党所属の議員がナチスを称賛し、ガス室に向かったユダヤ人を従順な「羊」に喩えて物議を醸した。
ロシアとのねじれた関係
こうした民主党を中心とする保守連合が選挙で勝利した直接的なきっかけはウクライナ侵攻だったとみられる。
長年の国是である中立を捨ててNATO加盟を申請したように、スウェーデンではかつてなく国防意識が高まるとともにナショナリズムも強まっている。この変動は、軍備増強と強い国家を掲げる民主党が政権を握る、最後の一押しになったといえる。
ただし、「スウェーデン人のためのスウェーデン」を叫ぶ民主党の政権奪取は、ロシアとみえない糸で繋がっている。
例えば、2017年に14人の民主党議員が、北欧最大の極右勢力ノルディック抵抗運動から資金協力を得ようとしていたことが発覚した。
ノルディック抵抗運動はロシアの極右組織「ロシア帝国運動」(最近話題のロシアの軍事企業ワグネルとは表裏一体)とも関連が指摘されている。同性愛者、移民、異教徒に冷淡で、強い国家を標榜するプーチンは、欧米の多くの白人ナショナリストにとってヒーローだったからだ。
実際、2017年にイエーテボリの難民キャンプが爆破されたテロ事件で逮捕されたスウェーデン人実行犯は、ノルディック抵抗運動イエーテボリ支部の幹部で、サンクトペテルブルク郊外にあるロシア帝国運動の基地で軍事訓練を受けていたことが発覚している。
こうした経緯から、ウクライナ侵攻後に行われた世論調査で、民主党は支持率を低下させていたが、フタを開けてみれば選挙で過去最高の得票率を記録した。それだけスウェーデンでナショナリズムが高まっているともいえるが、少なくともそこに欧米vsロシアあるいは「民主主義vs権威主義」といったイメージだけでは語れないねじれた構図があることは間違いない。
ロシアを批判する欧米にもプーチンと同じ穴のムジナがいる。「優等生の反乱」はそれを改めて浮き彫りにしたといえるだろう。