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西アフリカ・マリがウクライナと断交――その背後にあるウクライナの“ワグネル狩り”と“テロ支援疑惑”

六辻彰二国際政治学者
【資料】南アフリカのラマポーザ大統領とゼレンスキー大統領(2023.9.19)(提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)
  • アフリカにはロシアとの関係を重視する国が多く、ウクライナはその切り崩しを目指している。
  • その一つの手段がドローン利用を含む軍事協力で、西アフリカのマリでは軍事政権と対立する反体制派を支援しているといわれる。
  • ただし、ウクライナのアフリカ進出には国際法的にも政治的にもきわどい部分が多く、先進国は事実上これをスルーしている。

ロシアに支援されるマリがウクライナと断交

 西アフリカのマリは8月5日、ウクライナとの外交関係断絶を発表した。マリ北部の分離独立を目指し、マリ政府と軍事衝突を繰り返す反体制派をウクライナが支援している、というのが理由だった。

 マリの反体制派の連合体CSP-PSDは7月末、北部タウザンテン周辺で、マリ軍とロシアの民間軍事企業“アフリカ軍団(旧ワグネル)”の兵士を100人以上殺害したと発表していた。アフリカ軍団はマリ政府と契約して軍事協力を行なっている。

 マリ政府はCSP-PSDに対するウクライナの支援を「マリの主権を脅かし、国際的なテロ活動を支援するもの」と批判した。

 この戦闘への関与を、ウクライナ政府は公式には否定している。

 しかし、ウクライナ情報機関は昨年、“ロシアの軍事力を減らすための活動をどこでも行う。アフリカだけ例外ということはない”と、アフリカにおける軍事活動を暗に認めた。

 さらに今年7月29日にウクライナ情報機関報道官は「マリの武装組織はロシアの戦争犯罪人に対する作戦を実施するために必要な情報をキーウから受け取れる」とローカルメディアに述べた。

 マリでは2020年8月にクーデタが発生し、実権を握った軍事政権はロシアとの軍事協力を強化し、アフリカ軍団の主な活動の舞台にもなっている。マリでは国際テロ組織アルカイダや「イスラーム国(IS)」系による活動が悪化している。

ウクライナはなぜアフリカを目指すか

 ウクライナ兵の活動はマリだけではなくスーダンでも確認されていて、アフリカ以外ではシリアでも報告がある。どれもロシアの軍事的関与の強い国ばかりだ。

 このうちスーダンでは、国軍の兵士にウクライナ兵がドローンの使用法を含む軍事訓練を行なっている他、戦闘にも関与しているとみられる。

 ただし、大部隊というより小規模の専門家集団が派遣されているとみられている。ウクライナのキーウ・ポストは2023年8月、関係者から入手したものとして、スーダンにおけるロシア兵攻撃を映した動画を公開したが、いずれもドローンによる攻撃だった。

 なぜウクライナはアフリカ進出を加速させるのか。

 その大きな目的は、アフリカにおけるロシアの影響力を切り崩し、ウクライナ支持の国を増やすことにあるとみられる。

 アフリカにはウクライナ侵攻に関して、ロシアの主張を明確に支持しないものの、中立的な立場を維持する国が多い

 もともとアフリカにはウクライナ侵攻を“ヨーロッパの戦争”と捉え、大国同士の争いに巻き込まれたくない、という態度が目立つ。それに拍車をかけているのが、食糧支援や軍事協力をテコにしたロシアの進出だ。

 このうち軍事協力に関していうと、総勢6000人以上の傭兵がマリやスーダンをはじめ15カ国以上で活動しているとみられる。

一つの手段としての軍事協力

 アフリカにおけるロシアの影響力を削るため、ウクライナは軍事協力だけでなく、それ以外のアプローチも強化している。

 その一つが大使館の増設だ。

 もともとウクライナはアフリカと疎遠で、2022年2月以前、アフリカ大陸にあった大使館は11ヵ所だった。その数はロシアによる侵攻の後16ヵ所に増え、現在も4カ所で新設が予定されている(そのなかにはスーダンも含まれる)。

 また、穀物輸出も有力な手段の一つだ。

 ウクライナは穀物の大輸出国で、ロシアによる侵攻以前、アフリカからみてトウモロコシ輸入で第2位、小麦輸入で第3位の相手国だった。ロシアとの戦争によって穀物輸出は一時減少したが、ウクライナはアフリカ向け輸出を増やしていて、先述のスーダンの場合、今年に入ってからだけで21,000トン以上の小麦が食糧支援として供給された。

 ただし、こうしたアプローチの効果は限定的とみられる。

 南アフリカにある安全保障研究所(ISS)のインタビューに対して、ウクライナのアフリカ特別代表ソブク・マクシム氏は5月、“投資”が大きな成果を収めているとはいえないと認めたうえで、それでもアフリカ各国がウクライナ支援国に加わることに楽観的な見通しを示した。

 しかし、翌6月中旬にスイスで開催されたウクライナ支援国の会合では、共同声明に署名した82カ国中アフリカの国は11カ国にとどまった。これはアフリカ全体の約1/5にすぎない。

 アフリカでウクライナの前に立ちはだかるロシアの影響力は厚い。

先進国が熱心に支援しない理由

 それでは先進国はウクライナのアフリカ進出を後押ししているのか。

 先進国はすでにアフリカ各国に対して、ウクライナ侵攻における先進国の方針に協力するよう求めている。

 しかし、ウクライナの個別のアプローチ、とりわけ軍事協力に関して先進国が協力する兆候はほとんどない

 その最大の理由は、緊張エスカレートの回避にある。アフリカでウクライナと一緒になってロシア兵を攻撃することは、ロシアとの直接的な軍事衝突を意味するからだ。

 どんな勇ましいレトリックを発信したとしても、直接衝突はダメージが大きすぎて避けなければならない、という点で米ロは一致する。

NATO加盟国から提供された米国製戦闘機F-16を前に演説するゼレンスキー大統領(2024.8.4)。NATOによるウクライナへの協力は、兵器、資金、兵員訓練などの提供が中心である。
NATO加盟国から提供された米国製戦闘機F-16を前に演説するゼレンスキー大統領(2024.8.4)。NATOによるウクライナへの協力は、兵器、資金、兵員訓練などの提供が中心である。写真:ロイター/アフロ

 それに加えて無視できないのは、アフリカにおけるウクライナの軍事活動が、国際法的にも政治的にもかなりきわどいものであることだ。

 例えばスーダンの場合、ウクライナが協力している相手は、決して民主的な政府ではなく、むしろ民主化プロセスを停止した軍事政権で、国家ぐるみで汚職も蔓延している。

 そのためアメリカ政府による経済制裁の対象になっている(アメリカはスーダンの反体制派にも制裁を行なっている)。

“敵の敵は味方”とはいっても

 一方マリでウクライナは、先述のように反体制派CSP-PSDを支援しているといわれる。

 ところが、この組織がしばしば協力する武装組織“イスラームとムスリム支援グループ(JNIM)”はアルカイダとの結びつきだけでなく、人身取引や鉱物資源の違法取引への関与も指摘されている。

 マリ軍とアフリカ軍団が大きな損害を受けた7月末の戦闘でも、JNIMはCSP-PSDと戦列をともにしただけでなく、ロシア兵を含む数多くの敵兵の遺体の写真をSNSで公開して戦果を誇示した。

 “戦争に綺麗も汚いもない”といえばそれまでだし、それが実態だろう。

 しかし、たとえロシアに対抗するためでも、また間接的としても、そして疑惑にとどまるとしても、アルカイダ系テロ組織を支援するとなれば、イスラーム過激派の脅威に直面している他のアフリカ各国から不信を招くことは想像に難くない。

 その意味で、疑惑が濃いからこそ、ウクライナ政府がマリでの活動を公式に認めていないのは不思議ではない。

 とすると、中ロを念頭にアフリカ各国を取り込みたい先進国にとって、ウクライナの独自の活動を全面的に支援することはリスクが高すぎて、結果的にほぼスルーしているといえる。

 世界が“民主主義vs.権威主義”のシンプルな二項対立で語れない現実は、ここからもうかがえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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