欧州最大の難民受入国ドイツは難民送還に転じるか――クリスマスマーケットテロの余波
- マクデブルクで発生したクリスマスマーケット・テロは、ドイツですでに党派を超えて高まっていた難民送還の機運をさらに高めるとみられる。
- ドイツは先進国中最大の260万人以上の難民を受け入れているが、この10年間で10倍以上に膨れ上がるなど、負担は限界に近づいている。
- インフレ、経済停滞、外国人による犯罪急増を背景に難民送還を求める声は強く、ドイツでは来年2月の総選挙を前に政権が踏み込んだ措置に出る公算が高い。
難民送還を求めるうねり
ドイツでは12月21日以来、東部マクデブルクで難民受け入れに反対する数千人規模のデモが発生した。
きっかけはマクデブルクのクリスマスマーケットで12月20日、発生したテロ事件だった。
自動車を暴走させ、5人を殺害、200人以上を負傷させて逮捕されたサウジアラビア人アレブ・アル・アブドルモセンは自称無神論者で、ドイツ政府の難民政策を批判する供述をしているという(この事件は中東出身者が「ドイツを守るため」イスラーム過激派の手法でテロを起こすという極めて特異なものだが、この点については機会を改める)。
この事件を受けたデモは極右政党ドイツのための選択肢(AfD)が主催したもので、“Remigration”のスローガンが掲げられた。これは近年、「強制送還」や「国外追放」を指す言葉として、極右活動家がよく用いる語だ。
ただし、デモに参加したのは一部の活動家かもしれないが、難民送還の考え方そのものは程度の差はあれ、ドイツで党派を超えて普及しつつある。
10年で10倍以上の難民
ドイツのシンクタンクが9月に行った世論調査では回答者の78%が「社会への統合や就労が進んでいない」、80%が「政府は受け入れを拒否した難民の国外退去をしていない」と答えた。
クリスマスマーケット・テロはこうした難民送還を求める機運をさらに後押しするとみられる。
もともとドイツは先進国のなかでも難民に寛容な国とみられてきた。
ドイツには現在約260万人の難民がいて、その規模は総人口で約3倍の米国の難民受入数(約43万人)をも上回る。
しかし、すでに限界が近い。
UNHCR(国連難民高等弁務官)の統計によると、ドイツが保護する難民は10年前の2014年には21万人で、現在の1/10以下だった。
これほど急激に難民が増えたのは、シリアやウクライナなど紛争地帯を逃れた人が押し寄せた結果である。
それにともない消極論は徐々に高まったが、これを後押ししたのは難民による犯罪だった。
外国人の犯罪は11.9%増加
ドイツ警察の統計によると、2022年のドイツ人逮捕者数は前年比4.6%増加したが、同じ期間の外国人逮捕者数の増加率は22.6%にのぼった。このうち約半数は出入国管理に関わる法律違反だったが、それを除いても11.9%増だった。
なかには深刻な事件もある。例えば今年8月に西部ゾーリンゲンで3人が刺殺され、8人が負傷した事件の犯人はシリア難民だった。
外国人による犯罪急増について、ヨーロッパの移民情報サイトInfoMigrantsは、移民・難民の生活が総じて苦しいことに加えて、「多くの国では刑事事件の容疑者に若い男性の占める割合が高いが、移民・難民にも若い男性の割合が高いこと」をあげている。
さらにInfoMigrantsは移民・難民の多くがヘイトクライム(容疑者が逮捕されないことも多い)に直面しやすく、単純に外国人の犯罪だけ増えているとはいえないとも指摘する。
これらはいずれももっともな指摘だが、多くのドイツ人は「だから仕方ない」と思えなくなっているようだ。インフレが進み、生活苦が広がれば尚更だ。
選挙直前に導入された難民対策
こうした不満や批判はドイツに限らずヨーロッパにほぼ共通するが、どの国の政府も無視できなくなっている。不満の受け皿として極右政党が台頭しているからだ。
今年6月に行われた欧州議会選挙では、極右政党がかつてなく議席を獲得した。
- 【参考記事】欧州議会選挙で極右政党がかつてない躍進…どんな懸念があるか?――EUの恐れる悪影響3点
- 【参考記事】米トランプ、戦費負担だけではない――欧州各国が「交渉によるウクライナ戦争解決」を模索する第3の理由
極右台頭の背景には、生活不安とともに難民支援やウクライナ支援に消極的な世論が広がったことがあげられる(極右政党の多くは移民・難民の受け入れに批判的であるだけでなく、2022年から対ロシア制裁とウクライナ支援に消極的な立場を保ってきた)。
その結果、各国政府は極右の勢力拡大に対抗するためにも、これまでより不法移民や難民の対策を強化せざるを得ない。
ドイツの場合、9月に地方選挙が実施されたが、選挙前からAfDの議席増が予想されていた。
この背景のもと、オラフ・ショルツ首相率いる連立政権は8月、犯罪歴のある一部のアフガニスタン難民を送還した。これは2021年8月にタリバンがアフガンの実権を握って以来、初めてのことで、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが「人権侵害が横行するアフガンへの送還は国際法無視」と批判するなかでの実施だった。
さらに9月には「不法移民対策」としてポーランドなどとの国境管理が厳格化された。その結果、不法に入国して難民庇護を申請した人数は昨年から20%以上減少した。
難民送還は加速するか
こうした措置が地方選挙直前に行われたのは、AfDに流れる有権者を取り込むためだったとみてよい。
ただし、それでも地方選挙でAfDは過去最大の議席を獲得するなど勢いは止まらず、ショルツ政権はますますジリ貧になった。
来年2月には連邦議会の選挙が行われる予定だが、12月段階ですでにショルツ率いる社会民主党の支持率(16%)はライバルの保守政党キリスト教民主同盟(32.1%)だけでなくAfD(18.5%)をも下回っている。
こうしたなか来年初頭にかけて、より踏み込んだ措置もあり得る。
その焦点となるのはおそらく、ドイツに23万人以上いるシリア難民だろう。
シリアでは12月初旬、反政府軍が首都ダマスカスを制圧し、アサド政権が崩壊した。これにともないオーストリアではシリア難民送還の方針が打ち出された。
ドイツは現状、英仏などとともにシリア難民の受け入れを中止するにとどめているが、今後のシリア情勢次第ではオーストリアに便乗する可能性も否定できない。
しかしその場合、ヨーロッパ諸国が雪崩を打って「難民送還」に向かうことは想像に難くない。これまでドイツはEUの要として難民受入を推進してきた立場だからだ。
アフリカや中東からヨーロッパに向かってほぼ一方通行だった人流は、今や逆流の転機を迎えているといえるだろう。