南アフリカがイスラエルをジェノサイド容疑で国際法廷に提訴――その目的は何か
- 南アフリカは国際司法裁判所に訴状を提出し、イスラエルによるガザ侵攻をジェノサイドと主張した。
- ただし、国際司法裁判所にイスラエルが出廷して、審理が行われる見込みはほぼない。
- それでも南アフリカが訴状を提出したことには、反イスラエルをテコにしようとする政治的目的がうかがえる。
南アフリカはいまやイスラエル批判の急先鋒だ。そこには「人道」にとどまらない政治的理由がある。
ジェノサイド裁判は行われるか
南アフリカ政府はガザにおけるイスラエルの軍事活動がジェノサイド(大量虐殺)に当たるとして12月29日、国際司法裁判所(ICJ)に訴状を提出した。
オランダのハーグにあるICJは、国家間の問題を処理する常設の国際法廷だ。世界各国から選出された15人の裁判官で構成され、現在のメンバーには日本の岩澤雄司東大名誉教授も含まれる。
領土・領海をめぐる問題が持ち込まれることが多いが、それ以外の国家間対立も扱っていて、例えばウクライナはロシアによるジェノサイドをICJに申し立てている。
このICJで南アフリカは、イスラエルによるガザ侵攻の違法性を主張したのだ。
南アフリカではイスラエル批判が強まっており、11月に在イスラエル大使が召喚された他、議会は外交関係の停止を求めている。
ただし、南アフリカの提訴に実効性はほとんど期待できない。最大の理由はICJが欠席裁判を認めておらず、当事国が出席しないと手続きが行われないことにある。
南アフリカの申し立てに対してイスラエル政府は「国際法を遵守している」と反論しており、裁判に応じる様子はない。
ICJでは今回の申し立てを含めて20件がペンディングされている。
先進国へのプレッシャー
イスラエルが裁判を受け入れないのは予想されたことだ。それにもかかわらず南アフリカがICJに訴状を提出したことには政治的な目的をうかがえる。
10月に始まったガザでの戦闘により、死者はすでに2万人を超えたとみられる。そのペースはウクライナを大きく上回る。
ところが、ウクライナの場合と異なり、先進国の反応は総じて鈍い。
その最大の理由はアメリカがイスラエルを擁護し続けていることにあるが、ムスリム移民への反感が募るフランスなどいくつかの国ではパレスチナ支持のデモが禁じられるなど、露骨な封じ込めも見受けられる。
先進国は普段、人権や自由を力説しているだけに、そのダブルスタンダードは多くの途上国から冷めた視線を集めている。ケニア人作家ラスナ・ワラーは「アメリカは世界に人権と民主主義の説教をする権威を失った」と断じている。
この状況のもと、南アフリカがICJに訴状を提出したことは、先進国に対する暗黙のプレッシャーになる。それは南アフリカの国際的影響力を強化することと表裏一体だ。
南アフリカとイスラエルの因縁
そもそも南アフリカにはイスラエルとの間に、冷戦時代にさかのぼる深い因縁がある。
イスラエルとパレスチナの対立は1947年の国連決議と翌1948年の第一次中東戦争を一つの分岐点としてエスカレートしたが、同じ1948年に南アフリカでは有色人種の権利を制限するアパルトヘイト(人種隔離)体制が成立した。
この二つの問題には別々の背景があるが、パレスチナの反イスラエル勢力と南アフリカの反アパルトヘイト運動は「白人による植民地主義」への抵抗という点で一致し、協力を深めたのだ。
南アフリカではその後1994年にアパルトヘイトが終結し、抵抗運動を率いたネルソン・マンデラが黒人初の大統領に就任したが、「パレスチナが解放されなければアパルトヘイト終結は無意味」と述べるなど、その後もパレスチナ支持を表明し続けた。
南アフリカの白人政権やイスラエルは冷戦時代、アメリカをはじめ先進国の支援を受けていた。
こうした歴史的背景のもと、アパルトヘイト終結後の南アフリカは先進国と表立って対立することは少ないものの、BRICSメンバーとして中ロとの関係強化に向かうなど、バランスを意識した方針をとってきた。
イスラエルのガザ侵攻は図らずもその歴史的確執を浮き彫りにしたといえる。
「反イスラエル」の国内政治
その一方で、ICJへの訴状提出には南アフリカ国内の問題もかかわっている。
南アフリカはこの20年間、豊富な鉱物資源と中心に海外から投資を集め、急速に成長してきた。しかし、その影では貧富の格差が拡大し、汚職の蔓延もあって政治不信が高まっている。
その南アフリカでは2024年、総選挙が実施される予定だ。
しかし、金銭スキャンダルなどもあって与党の支持率は伸び悩んでいる。そのため、ラマポーザ大統領は地方政府などが保有する土地を無償で分配することを提案するなど、ポピュリスト的な手法を用いてでも貧困層の支持を取り付けようとしている。
そのラマポーザにとって、イスラエル批判は最もてっとり早い手段の一つだ。
現在の政治家に辟易する貧困層にとって、反アパルトヘイト運動を率いたマンデラは理想の政治家としてのアイコンになっている。この状況でイスラエル批判を強めることは、「パレスチナ連帯を掲げたマンデラの後継者」としてのイメージ化になる。
これもまた、イスラエルの無反応が予見できたのに南アフリカがあえてICJに訴状を提出した理由といえる。
だとすれば、スタンドプレーに近いものを含めて、今後も南アフリカによるアクションは収まらず、それはイスラエル非難の一つの柱になり続けるとみられるのである。