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極右がいまさら「ユダヤ人差別反対」を叫ぶ理由――ヘイトを隠した反ヘイト

六辻彰二国際政治学者
【資料】アンネ・フランク博物館所蔵『アンネの日記』の表紙(2006.4)(写真:REX/アフロ)
  • イスラエルとハマスの戦闘激化にともない、欧米ではムスリムとともにユダヤ人へのヘイトが増えている。
  • この状況で、これまで移民反対を掲げてきた多くの極右政党は「ユダヤ人差別反対」を鮮明に打ち出している。
  • その理由には「共通の敵はイスラーム」というイメージ化に加えて、イスラエルの占領政策が極右にとって一種の理想形であることがあげられる。

 これまで人種差別的とみなされてきた欧米の極右は、今や熱心にユダヤ人差別反対を叫んでいる。もっとも、それは反ヘイトに舵を切ったというより、異人種・異教徒との共存を否定する論理の裏返しである。

デモ参加を断られていた極右

 パリでは11月12日、10万人以上が参加してユダヤ人差別に抗議するデモが行われた。

 イスラエルとハマスの衝突の激化にともない、欧米ではムスリムだけでなくユダヤ人に対するヘイトクライムが急増している

 このうちユダヤ系に関しては、例えばアメリカのユダヤ系団体「名誉毀損反対同盟」によると10月7日からの1ヵ月間だけで、ヘイトメッセージ、嫌がらせ、器物損壊、襲撃などが832件にのぼった。これは前年の同じ時期と比べて315%の増加だった。

 ヨーロッパでユダヤ人人口が最大のフランスでも同時期、1000件以上の反ユダヤヘイトが報告された。

 パリのデモはこれらに抗議するものだった。

 ただし、ここで注目すべきは、このデモに「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首が参加したことだった。

 ルペン率いる国民連合は移民排斥を訴える、ヨーロッパを代表する極右政党として知られる。ユダヤ人コミュニティともこれまで摩擦が絶えなかったため、ルペンのデモ参加に関して他の政党が拒否反応をみせただけでなく、フランス・ユダヤ人団体評議会は「歓迎されないだろう」と述べ、暗に拒絶していた。

イメージのソフト化を目指す極右

 国民連合は、1972年に生まれた国民戦線を前身とする。現在のルペン党首の父親で国民戦線の生みの親マリー・ルペンは第二次世界大戦中のホロコーストを‘些細なこと’と発言して罰金刑に課されたことがある。

 現在のルペン党首は「差別主義」の批判を払拭するため、父親より露骨な発言を控えてイメージのソフト化を進めてきた。

パリのジャンヌ・ダルク像の前に立つマリー・ルペン(2019.5.1)。ルペンは1972年に国民戦線を立ち上げたが、これは後にヨーロッパ極右政党の先駆けと認知されるようになった。。
パリのジャンヌ・ダルク像の前に立つマリー・ルペン(2019.5.1)。ルペンは1972年に国民戦線を立ち上げたが、これは後にヨーロッパ極右政党の先駆けと認知されるようになった。。写真:ロイター/アフロ

 それでも2017年、「フランスにホロコーストの責任はない」と主張してユダヤ人コミュニティからブーイングを招いた。この年、オランド大統領(当時)はドイツに占領されていた大戦中の1942年、フランス警察が1万3000人以上のユダヤ人を狩り出してナチスに引き渡した問題について謝罪していた。

 さらにルペンは、ロシアのプーチン大統領と親交が深いことでも有名だ。プーチン体制のもとでは外国人、異教徒、同性愛者といった少数者に対する差別やヘイトが絶えず、そのなかにはユダヤ人も含まれる。

 その一方で、プーチン率いるロシアは欧米の極右から「白人キリスト教国の伝統を守る国」とみなされている。だからこそ、極右政党はウクライナ侵攻をめぐるロシア制裁に消極的で、国民連合もその例に漏れない。

破壊されたユダヤ人墓地(2015.2.17)。欧米ではしばしばユダヤ教礼拝所や墓地が荒らされる被害が発生してきた。
破壊されたユダヤ人墓地(2015.2.17)。欧米ではしばしばユダヤ教礼拝所や墓地が荒らされる被害が発生してきた。写真:ロイター/アフロ

 そのルペンがユダヤ人差別に抗議するデモに参加したことには、「自分たちは差別的でない」というイメージ戦略があると指摘される。

 フランス・ユダヤ人団体評議会のアルフィ議長はルペンが「政治的な目的のためにデモを利用しようとしている」と批判した。

差別反対ウォッシュだけではない

 もっとも、このタイミングで「ユダヤ人差別反対」をアピールする極右はルベンや国民連合だけではない。

 イスラエルとハマスの戦闘が激化するなか、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が「反ユダヤ主義の流入」に反対する声明を出した他、やはり極右とみなされるイタリアのメローニ首相もユダヤ系団体の代表とユダヤ人差別について協議している。

 極右がユダヤ人差別に反対するのは、イメージ改善の他に大きく二つの理由が見出せる。

 第一に、ユダヤ人コミュニティを味方につけて「共通の敵はイスラーム」というイメージ化を進めることだ。

 国民連合をはじめとする極右は、イスラーム組織ハマスとの戦闘に関してイスラエルの立場をほぼ全面的に支持している。

 欧米の極右にとってムスリムは現在も主な標的だ。例えばフランスでは6月、アラブ系青年が警官に銃殺されたことをきっかけに大規模なデモが広がったが、極右勢力は警察による「違法行為の取り締まり」をむしろ支持した。

 また、スウェーデンでは昨年の選挙で極右政党が勝利し、その背景のもとでイスラームの聖典コーランを焼却するデモが「表現の自由の一環」として承認された。

 だからこそ、極右政党は反ユダヤ主義とともに広がるイスラーム嫌悪に対してほとんど口を開かない。むしろ、例えばフランスではマクロン政権がパレスチナ支持のデモを禁止したが、国民連合はこれを支持している。

 デモ参加に先立ってルペンはSNSで「我々の同胞であるユダヤ人は我々が常に戦ってきたイデオロギーと戦っている。それはつまりイスラーム主義だ」と投稿した。

 つまり、極右にとってイスラエルは「イスラーム勢力と戦う同盟者」であり、ユダヤ人差別反対はそのためのアピールといえる(ただし、イスラエル支持とユダヤ人との友好は本来は同じではなく、すべてのユダヤ人がイスラエルの占領政策を支持しているわけではない)。

「アパルトヘイト」モデル国への共感

 第二に、これに関連して、イスラエルが極右にとって一種の理想的なモデルケースであることも無視できない。

 イスラエルは占領地でパレスチナ人の居住や就労の権利を制限し、ユダヤ人居住区との間に分離壁を建設して、接触さえ事実上規制してきた。この占領政策は中東をはじめグローバル・サウスでしばしば「アパルトヘイト」と表現される。

 アパルトヘイトとは本来、1994年まで南アフリカで存続した人種隔離体制を指す。

 そのもとでは白人が全ての権限を握り、有色人種には参政権すら保障されなかった。交通機関、学校、病院、ビーチや公園に至るまで人種ごとに分断され、異人種間の婚姻は法的に禁じられた。「種の純潔を守ることが正義」だったのだ。

反アパルトヘイト運動を主導した南アフリカのマンデラ大統領と反イスラエル闘争を率いたパレスチナ暫定政府のアラファト議長(1998.8.11)。二人は冷戦時代から親交があり、お互いの活動を支持し合った。
反アパルトヘイト運動を主導した南アフリカのマンデラ大統領と反イスラエル闘争を率いたパレスチナ暫定政府のアラファト議長(1998.8.11)。二人は冷戦時代から親交があり、お互いの活動を支持し合った。写真:ロイター/アフロ

 人々の接触を物理的、社会的に制限するイスラエルによる占領政策は、宗教的な要素を除けば、南アフリカのアパルトヘイトとほぼ構造をもつ。

 実際、南アフリカの白人政権は冷戦時代イスラエルと強く結びついた。だからこそ、南アフリカ黒人のリーダーだったネルソン・マンデラはアパルトヘイト終結後、「我々は自由の夢を達成したが、パレスチナ問題解決がなければ不完全」と述べたのだ。

 南アフリカのアパルトヘイトが公式に消滅した現在、白人と有色人種・異教徒を、軍事力をもってしてでも分離する体制はパレスチナ占領地にしかない(ユダヤ人にはアラブ系など有色人種もいるが中心を占めるのはネタニヤフ首相のような白人)。

イスラエル副首相の来訪に合わせて「アパルトヘイト反対」を掲げる南アフリカ市民(2004.10.20)。
イスラエル副首相の来訪に合わせて「アパルトヘイト反対」を掲げる南アフリカ市民(2004.10.20)。写真:ロイター/アフロ

 しかし、それは「白人社会を‘褐色にする’」アジア、中東、アフリカなどの出身者を制限しようとする極右にとって、かつての南アフリカのアパルトヘイトと同じく、一つの理想形とさえいえる。

 とすると、極右がイスラエルを熱烈に支持するのはその人種イデオロギーのためであり、これまで決して良好な関係でなかった国内のユダヤ人コミュニティに接近しようとするのは、そのための手段に過ぎない。

 言い換えると、極右が反差別主義者になったわけでなく、ユダヤ系ヘイトに反対するのは別のヘイトを隠すための方便といえる。それはいわば白人のためだけの反ヘイトとも呼べるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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