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乗船者は死ぬとわかって恐怖に襲われていたのか? 潜水艇タイタンからの“最後の通信”が明らかにしたこと

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
米沿岸警備隊海洋調査委員会が公開した潜水艇の残骸。画像:Reuters.com

 9月16日、米サウスカロライナ州で、昨年6月に発生した、豪華客船タイタニック号の残骸見学ツアーに向かった潜水艇タイタンの事故を調査している米沿岸警備隊海洋調査委員会の公聴会が始まった。公聴会で注目されていることの一つに、亡くなった5名の乗船者たちが死ぬ運命を認識し、恐怖や精神的苦痛に襲われていたのかどうかということがある。

 8月、タイタンに乗船して亡くなったフランス人探検家ポール=アンリ・ナルジョレットの遺族が、タイタンを運航していた海洋探査機業オーシャンゲート社に対し、5000万ドル(約73億円)以上の損害賠償を求めて、米ワシントン州で訴訟を起こしたが、訴状では、「乗船者は亡くなる前に、自分たちが死ぬ運命にあることを十分に認識していたはずだ」、「乗船者は、水の重みがタイタン号の船体を押しつけるにつれて、カーボン・ファイバーのパチパチという音が激しくなるのを聞いた可能性がある。乗船者は、船が取り返しのつかない故障に襲われていることを十分に承知した上でタイタンが降下し続けていることがわかっており、タイタンが最終的に爆縮する前に、恐怖と精神的苦痛を感じていたことだろう」などの主張がされていたからだ。

「落とされた重り」は何を意味するのか?

 果たして、実際のところ、どうだったのか?

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、海洋調査委員会は報告書の中で「潜水中、乗組員はトラブルや緊急事態を示唆する通信を一切送信しなかった」とし、“乗船者たちは死ぬ運命を認識していたという主張”に対し、疑問を提起している。なぜか? それは、「落とされた重り」の重量と関係があるようだ。

 通常、タイタンのような潜水艇は、潜水速度をあげるために潜水艇を重たい状態にし、海底に近づくと、重りの一部を落として、浮上も沈下もしない状態にするという。そして、潜水終了時にさらに重りを落として、ゆっくりと浮上を開始する。緊急事態の場合は、潜水艇は重りを一度にすべて投棄して、水面まで急浮上する。事故直後、専門家は、タイタンが重りを落としたことは緊急浮上しようとしていることを示していると指摘、たとえば、海洋学者ロバート・D・バラード氏は、ABCニュースに対し、乗組員らは「重りを落として水面に浮上し始めたが、結局、水面にたどり着くことはなく、船体自体が破裂した」との見方を示していたという。

 前述の損害賠償訴訟でも、「落とされた重り」は緊急事態に直面したタイタンの乗組員が、水面に急浮上するために、潜水を中止したか、中止しようとしていたことを示していると主張されている。

緊急浮上するには落とされた重量は不十分

 しかし、今回の公聴会で、タイタンと母船の間で行われた“最後の通信”が明らかにされた。午前10時19分に母船にはタイタンから「全て良好」とメッセージが来た後、28分後の午前10時47分に来た「重りを2つ落とした」というメッセージを最後に通信が途絶えていた。

 落とされた2つの重りの重量は70ポンド(約32キログラム)で、200〜300ポンド(約91〜136キログラム)の重量が搭載されているタイタンを水面に浮上させるのに落とす重りの重量としては「不十分な重量だった」とタイタンの潜水を手伝った請負業者が公聴会で述べている。つまり、タイタンは水面に浮上するには重たい状態だったわけである。この請負業者は、70ポンド(約32キログラム)の重りは、潜水艇が海底に近づくにつれて動きを制御するために落とされたものであり、乗船者は壊滅的な爆縮が差し迫っていることを認識していなかったと訴えている。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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