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「死ぬとわかった乗船者は恐怖と精神的苦痛に襲われていた」 潜水艇タイタン号事故で73億円損害賠償訴訟

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(提供:OceanGate Expeditions/REX/アフロ)

 2023年6月に発生した「潜水艇タイタン号沈没事故」から1年以上が過ぎた8月7日、タイタン号に乗船して亡くなった5名の乗船者の一人、フランス人探検家ポール=アンリ・ナルジョレットの遺族が、タイタン号を運航していた海洋探査機業オーシャンゲート社に対し、5000万ドル(約73億円)以上の損害賠償を求めて、米ワシントン州で訴訟を起こした。この訴訟は、タイタン号沈没事故に関して起こされた初の訴訟として注目されている。

カーボン・ファイバーという素材の問題

 訴状では、オーシャンゲート社が潜水艇が安全ではないことを知っていたにもかかわらず、それを事前に明かさなかった問題が主張されている。「不運な潜水艇」には「問題のある歴史」があり、オーシャンゲート社はタイタン号の耐久性に関する事実を明らかにしなかったというのだ。

 訴状は、爆縮事故の原因について、オーシャンゲート社、同社CEOのストックトン・ラッシュ氏らによる「継続的な不注意、無謀さ、過失」にあるとし、「ラッシュ氏らはタイタン号の設計と操作に欠陥があるという警告を無視したため、ナルジェオレット氏の回避可能な死を招いた」と製品責任も問うている。 実際、タイタン号は、見学に向かっていたタイタニック号の残骸がある水深約1万3000フィートの水圧に耐え得るものではなかったのではないかとの指摘もされていた。

 訴状によると、タイタン号は、ラッシュ氏の指示で作られたカーボン・ファイバー製の船体を持つ唯一の潜水艇で、同氏は、この素材が圧力下で時間の経過とともに劣化する可能性があることや、この素材が過度のストレスにさらされると「パチパチ」という音を立てて「欠陥」につながる可能性があることを認めていたという。そのため、ラッシュ氏は、潜水艇のパイロットに浮上するよう警告を与えるために、音を検知する「音響安全システム」を設置していたとしている。実際、タイタン号は潜水を開始してから90分ほどで重りを落としたが、これは、タイタン号が潜水を中止したか、あるいは、中止しようとしたことを示しているという。また、この時、タイタン号の無線電子システムに問題が起きていた可能性があるとも指摘されている。

乗船者は死ぬとわかり、恐怖に襲われていた

 さらに、訴状は、死を目前にして恐怖に襲われていた乗船者の精神的苦痛にも言及している。

「故障の正確な原因は永遠に特定できないかもしれないが、タイタン号の乗船者は何が起こっているのか正確に理解していたはずだということに専門家は同意している。ストックトン・ラッシュ氏(オーシャンゲート社CEO)自慢の『音響安全システム』は、カーボン・ファイバーの船体が極度の水圧を受けて亀裂していることを乗船者に警告し、パイロットに重量を解放して潜水中止を試みるよう促したことだろう。常識的に考えて、乗船者は亡くなる前に、自分たちが死ぬ運命にあることを十分に認識していたはずだ」、「乗船者は、水の重みがタイタン号の船体を押しつけるにつれて、カーボン・ファイバーのパチパチという音が激しくなるのを聞いた可能性がある。乗船者は通信手段を失い、おそらく、電力も失っただろう。専門家の計算によると、乗船者は、船が取り返しのつかない故障に襲われていることを十分に承知した上でタイタン号が降下し続けていることがわかっており、タイタン号が最終的に爆縮する前に、恐怖と精神的苦痛を感じていたことだろう」と述べている。

 もっとも、米国沿岸警備隊海洋調査委員会の委員長ジェイソン・ノイバウアー大佐は異なる見方をしており、6月、ニューヨーク・タイムズ紙に対し「調査では、乗客たちが死ぬ運命であることを認識していたという証拠は見つからなかった」と話している。

 米国沿岸警備隊は、タイタン号の沈没に関連する証拠を検討するため、9月16日から、サウスカロライナ州で海洋調査委員会の公聴会を開く予定だ。

 沈没事故がどのように起こり、誰が関与したのか、遺族が納得の行く説明を受ける日は来るのだろうか?

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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