プロ野球のジュニアチームと対戦するために結成された「山梨選抜」が阪神タイガースジュニアと初対戦!
■「山梨選抜」とは
「NPB12球団ジュニアトーナメント」の本大会を10日後に控えた12月17日、阪神タイガースジュニアが練習試合で対戦したのは“異色のチーム”だった。
「山梨選抜」―。その名のとおり、山梨県下の小学6年生から選ばれし精鋭たちが集結したチームなのだが、なんとNPBのジュニアチームと対戦するためだけに結成されたというのだ。どういうことだろうか。代表の羽田隼人さんに話を聞いた。
「山梨県にはプロ野球チームがないので、子どもたちもプロ野球を見る機会も少ないし、こういう(NPBの)ジュニアチームもない。この子たちも山梨の中ではうまい子たちなんですけど、山梨だけでやっていると井の中の蛙になるんです。上には上がいることを知ってほしいし、子どもたちにはより上を目指してほしい」。
山梨県の小学生の野球レベルを上げたい。そういう思いでNPBジュニアチームと対戦するために選抜チームを結成したという。2018年に立ち上げ、当時の選手が今、高校1年になっている。2020年はコロナ禍で断念したので、今年で4期目ということになる。
メンバーは8月下旬にセレクションを行って16人を選出するが、今年はなんと約150人もの応募があったというから、山梨県においての人気ぶりが窺える。
「やり始めのころは知名度もなかったんですけど、今は本当に希望者が増えています。みんなジュニアチームと対戦したいんですね」。
羽田代表も嬉しい悲鳴だ。ただ、運営していくには資金が必要だ。ユニフォームや用具、さらには対戦相手の本拠地への移動費や宿泊費など、小さい金額ではない。この日のタイガースジュニアとの対戦に向けても前日入りし、尼崎市内で前泊している。
「保護者さんからも活動費はいただいているんですけど、もちろんそれだけではとても賄えない。山梨県内の野球を応援してくださる企業さんにお願いしにいって、協賛金という形で援助していただいています」。
その資金集めももちろん、羽田代表が奔走している。
■NPBジュニアチームと対戦することでの変化
この選抜チームは大会などに出場することはなく、ただただNPBジュニアチームと対戦することが目的だという。
これまで2018年は横浜DeNAベイスターズ、2019年は埼玉西武ライオンズと読売ジャイアンツ、2021年は東京ヤクルトスワローズ、千葉ロッテマリーンズ、ジャイアンツ、そして今年はライオンズ、マリーンズ、スワローズ、ジャイアンツのそれぞれジュニアチームと試合を行い、今回のタイガースジュニア戦で初の関西遠征が実現した。
初年度の1チームから年々対戦相手が増えているのは、羽田代表の尽力の賜物だ。
「このチームでやることで、子どもたちの意識も変わってきましたね。(OBの)中学1年の子は昨年このチームに入ったことで、元々は地元の中学でやる予定が『もっと上の子がいる。上を目指したい』ということで、隣の東京のシニアチームに入って頑張っています」。
選抜チームに選ばれジュニアと対戦したことで、子どもたちなりに大きな刺激を受けているようだ。まさにそれこそが、羽田代表の理念に合致することである。
■山梨県のスター選手だった村田郷監督
そんな羽田代表の思いを共有するのが村田郷監督だ。初年度は監督不在で、2019年から3期、村田監督が指揮を執っている。
村田監督は甲府南シニア時代にはU―15の日本代表に選ばれ、甲府工業高校では主将として甲子園(2004年選抜大会)にも出場。日本大学ではベストナインにも輝き、社会人野球の企業チーム・ワイテック、独立リーグ(BCリーグ)・信濃グランセローズを経て、現在は村田野球塾の塾長として小中学生に野球を教えている、山梨県ではよく知られた存在だ。
「短い期間なので指導は難しいんですけど、2~3ヶ月でもいい経験になるし、毎年プロ野球のジュニアチームとやらせていただいて、すごく成長が見られる。僕自身も指導者としていい経験になっています。どうしても狭い中での『エースで4番』という子ばかりで、試合をやることで力の差がわかる。自分に何が足りないのかを把握できるし、ここで得たことを自分たちのチームに持ち帰ったりもしています」。
選手も監督も収穫の大きさは計り知れないようだ。
村田監督の方針としては「積極的なプレー」を掲げている。「思いっきりやるように言っています。自分で試して、自分の力をすべて発揮できるように」と促す。だから声を荒らげて怒ることはないという。
「勝ちたいですけど、やっぱりどうしても力の差っていうのはある。現実を受け止めて、それぞれがどうするか考えてほしい」と、ジュニアとの対戦を今後の成長に活かしてくれるよう望んでいる。
対戦してみて、今年のタイガースジュニアの印象はどのように感じたのだろうか。
「タイガースさんは初めてやらせてもらったけど、まず一人一人のポテンシャルが高い。そしてなにより野球をよく知っていますよね。たとえばランナーにしても守備位置にしても、指導者が言わなくても自分で考えて動いている。動きの一つ一つ、準備の仕方が全然違う。自分たちで野球をやっているという感じがすごくしましたね。その差がすごく出ていた」。
準備のたいせつさや自分で考えることは、上本博紀監督がジュニアたちに徹底していることで、タイガースジュニアには“上本イズム”がしっかり浸透してきているようだ。
■山梨県下での野球普及活動
村田監督は地元・山梨の野球をもっと活性化したいと、選抜チーム以外でも尽力している。
「やっぱり甲子園に出てもなかなか勝てないし、関東地区の中でも下に見られている。プロ野球選手も少ないし、野球人口をもっと増やしていきたいと思っています」と、常日ごろから羽田代表とともに保育園児から野球に馴染んでもらおうという活動を行っているという。
それぞれエリアを分けて、その地域の保育園を訪ねてBTボール(初心者にもわかりやすいベースボール型の遊び)のセットを寄付し、遊び方をレクチャーして自然と野球に親しめるようにしている。
野球愛にあふれる二人だが、目下の願いは「ジュニアチームに勝つこと」だ。これまでの戦績は、昨年スワローズジュニアに引き分けた以外はすべて敗れている。
「一度も勝てたことがないんで、今年はと頑張ったんですけど、勝てずに終わっちゃいました。もっと山梨の野球レベルを上げていきたいと思っています」。
このタイガースジュニア戦をもって、「山梨選抜」の今年の試合は終了だという。来年はさらなる強化を目指し、羽田代表、村田監督の挑戦は続く。
2005年にスタートした「NPB12球団ジュニアトーナメント」だが、このような形で波及して野球の輪が広がっていることは、野球の活性化という観点からも非常に興味深いことである。この活動、他の県でもできるとおもしろい。
■ポーカーフェイスで投げる新野旬
さて、この日はあいにくの雨だったが試合は決行し、タイガースジュニアが勝利した。雨はもちろんだが、かなり冷え込み、投手は投げづらかっただろう。しかし新野旬投手は「雨の日こそ結果を残そう、頑張ろうと思いました」と気丈に投げた。
満塁から1失点はしたが、「キャッチャーの(駒)勇佑のミットをめがけて放ることだけ考えた」と、しっかり切り替えて最少失点で凌いだ。そこにはタイガースジュニアとしての矜持があった。
新野選手には常々心がけていることがある。
「マウンドで表情に出さない」ということだ。「自チームで1度、自分ではストライクやと思ったきわどい球を(ストライク)取ってもらえなかったとき、表情に出してしまって…」。その後、ストライクゾーンが狭くなったような気がし、審判の心証を悪くしたのだと自分なりに理解した。そこで、どんなときも表情や態度には絶対に出さないと誓ったのだ。
野球を始めたのは「4歳くらい」で、幼稚園の年中のときにお兄さんが入っている野球チームに入った。最初のポジションはファーストで、今はピッチャー、ショート、キャッチャーと幅広くこなす。中でも自身は「ピッチャーが一番いい」と笑顔を見せ、「どんなときでも焦らずに落ち着いて放れるピッチャー」を目指している。
自宅でも毎日、お風呂に入る前にシャドーピッチングを、お風呂上りにはストレッチボードに乗ることと、タイガースジュニアの森田トレーナーから教わったチューブを使ってのインナートレーニングを欠かさない。
「大会に向けてできることはある。しっかりやって、本戦でそれを発揮したい」。
努力は嘘をつかない。新野選手は大舞台で結果を出すために、コツコツと取り組み続ける。
■静かに闘志を燃やす石田修
このところ打撃の状態のよさを見せているのが石田修選手だ。この試合でも初回の無死二、三塁の場面でセンター前へ2点タイムリーを放ち、続く二回の1死二、三塁のチャンスにもきっちり加点して、3打数1安打3打点と活躍した。
先週のオリックス・バファローズジュニア戦でも、第1試合で2打数1安打1打点で2四球を選び、第2試合では左越えのホームランをかっ飛ばしている。
「この前まではスランプだった。彦根選抜でも打てなさすぎて、三振ばっかりやった」のが、どうやらトンネルを抜けたようだ。その要因を「フルスイングしすぎていた」と自己分析し、「ちょっとミートを高めようかなと思いました」と切り替えた。
「ボールをなるべく芯に当てるようにしているのと、打ちやすいボールを打つようにしている」と好球必打で臨んでいることが好調につながっていることを明かす。
自チームではキャッチャーだが、ジュニアではレフトを守る。慣れないポジションだが、「ボールの跳ね方とかをよく見るようにしている。バンザイしないように」と懸命に取り組む。
上の兄弟がいると、野球を始める年齢も早い。石田選手も幼稚園の年中から野球チームに入ったのは、4歳上のお兄さんがいたからだ。
サード、ファーストから始まり、センターを経てキャッチャーになったのは小学3年から。やりたいポジションはやはり「チームをまとめられるから」とキャッチャーで、今後、中学校でもキャッチャーをしていきたいという。
しかし本大会ではもちろん、レフトをしっかり守る。そして「ランナーを還せるバッティングをしたい」と決意を新たにしている。
■大会は12月27日から
「NPB12球団ジュニアトーナメント」本番まで10日を切った。タイガースジュニアはあと1日、みっちりと練習をして本大会に臨む。