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ノーショーやドタキャンを買い取るとは? 新たな発想「ごひいき予約」を正しく理解する

東龍グルメジャーナリスト
セララバアド

ダイナースクラブ ごひいき予約

2017年8月24日、「ダイナースクラブカード」を発行する三井住友トラストクラブ株式会社が、ダイナースクラブ会員へ向けた新サービス「ダイナースクラブ ごひいき予約」(以下「ごひいき予約」)を開始しました。

つい先日、大々的にプレス向け発表会も行われ、多くの注目を浴びています。

【ダイナースクラブ ごひいき予約について】

参加店舗の直前キャンセルが発生した時点で即時に買い取り、会員に再販することで、予約困難な飲食店を「ごひいきさん」のように当日予約できるサービス。サービス開始時で参加店舗数は 16 店。

出典:プレスリリース

飲食店でキャンセルがあった場合に席を買い取って再販するという新しい発想のサービスです。

ノーショーやドタキャンによる損失

サービスを立ち上げた背景としては、以下のことが述べられています。

飲食業界において直前キャンセルは、仕入れた食材や人件費のロス、他の顧客の機会損失などといった損害につながり、大きな問題として認識されています。直前キャンセルや予約日時になっても顧客が来ない No Show(無断キャンセル)は、全体予約の 1~3%に達すると試算され、その年間推定損失額は飲食業界全体で 750~2,000 億円と言われています(一般社団法人 日本フードサービス協会公表の外食産業市場規模に基づき当社算出)。

出典:プレスリリース

ノーショーやドタキャンによる損失額が年750億円から2000億円というのは、やや多い気がします。

日本フードサービス協会の調査によれば、2015年における外食産業の市場は25兆円程度であり、飲食店は13兆円程度。750億円から2000億円という規模は、飲食店全体の0.57%から1.53%を占めていますが、飲食店全体には全国津々浦々にあるファミリーレストランも含まれているだけに、この損失額は多めに算出されている印象です。

ただ、有名店であれば、ノーショーやドタキャンの被害は、平均すると週に1度は、少なくとも月に1度は起きています。それだけに、単に経済規模の観点から捉えると、事象が矮小化されてしまうのであまりよくありません。

ノーショーやドタキャンは、私も以下の通り何度か記事で取り上げている食品ロスの問題とも関係があり、解決するべき由々しき課題なのです。

参加店舗

ノーショーやドタキャンが大きな問題であることは、「ごひいき予約」に加入している、以下16の飲食店の顔ぶれを見れば分かります。

(以下、五十音順)

  • うぶか
  • 81(エイティワン)
  • 恵比寿 くろいわ
  • 銀座 小十
  • KEISUKE MATSUSHIMA
  • すきやばし次郎
  • 鮨 心白
  • セララバアド
  • TAKAZAWA
  • Nabeno-ism(ナベノ-イズム)
  • NARISAWA
  • 日本料理 晴山
  • 日本料理 龍吟
  • 青空(はるたか)
  • フルタ(Furuta)
  • リストランテ ラ・バリック トウキョウ

日本料理、鮨からフランス料理、イノベーティヴと色々なジャンルがあり、しかも、ミシュランの星付き店も多く、どれも予約が取れない人気店としてよく知られています。「NARISAWA」「日本料理 龍吟」「すきやばし次郎」など世界的に名を馳せている飲食店も少なくありません。

仕組み

これだけの名店がこぞって参加している「ごひいき予約」とは、どういったサービスなのでしょうか。

「ダイナースクラブ ごひいき予約」は直前キャンセルによって生じた飲食店の空席をダイナースクラブが買い取り、ダイナースクラブ会員に対しLINEで飲食店の空席をリアルタイムに告知・再販、ポケットメニュー社が運営するポケットコンシェルジュを通じて、予約・決済ができるというサービスです。目当ての店の予約ができなかった場合にも他のレストランをご紹介するリコメンド機能を備えており、食との親和性が高いダイナースクラブの会員基盤とLINEの即時性、名店とのネットワークと事前決済機能を特徴とするポケットコンシェルジュ、それぞれの強みを活かしたサービス展開を行います。※本サービスの実装には、LINE ビジネスコネクトを活用しています。

出典:プレスリリース

「ごひいき予約」は、ダイナースクラブ、株式会社ポケットメニューが提供するポケットコンシェルジュ、LINE株式会社が運営するLINEが連携することによって実現されています。

どのような仕組みになっているのか、飲食店と利用者の立場から流れを追ってみましょう。

1. キャンセルが発生

飲食店が任意のタイミングでキャンセルと認定

2. ポケットコンシェルジュに「ごひいき予約」を登録(飲食店)

通常の予約登録とは異なる専用のシステム

3. ダイナースクラブがキャンセル席を買い取り

コース料金をそのまま保証

4. LINEで一斉通知

5. ポケットコンシェルジュから予約(利用者)

ダイナースクラブから支払いが発生

6. 飲食店を利用(利用者)

7. 支払い手続きなしで退店(利用者)

追加注文があればダイナースクラブから支払い

飲食店はポケットコンシェルジュに加入していること、利用者はダイナースクラブ ジャパン」をLINEの友達として追加していることが前提となっています。

予約は早いもの順となっており、予約する際にはダイナースクラブカードの番号が必要であり、「ポケットコンシェルジュ」を通してダイナーズクラブカードで支払います。

「ごひいき予約」で予約した時点でダイナースクラブカードから支払いが発生するので、もしも「ごひいき予約」がキャンセルとなった場合でも飲食店は損害を被ることはありません。追加の注文があれば、自動的にダイナースクラブカードで支払われるので、利用者は飲食店で支払い作業をする煩わしさからも解放されます。

注目するべき特徴

概要が分かったところで、「ごひいき予約」におけるポイントについて整理していきましょう。

利用者からすると、予約のとれない飲食店で予約をとれるチャンスが巡ってくるのは大きなメリットですが、以前から、ポケットコンシェルジュやクラブミシュランなどでは、予約のとれない飲食店の空席情報をメールで通知するサービスを提供しています。LINEではなくメールですが、通知方法が異なるだけで、そこまで画期的であると思えません。

特筆するに値するのは、以下の点です。

  • 売上を保証する
  • ダイナースクラブ加盟は必須ではない
  • 別途料金がかからない
  • デポジットやキャンセル料が必要ない

売上を保証する

まず最も大きいことは、売上が保証されるということです。ノーショーやドタキャンが発生した際に飲食店がポケットコンシェルジュで「ごひいき予約」を登録すると、その時点でダイナースクラブが買い取ってくれるので売上が保証されます。もちろん、その後に客が訪れればよいですが、そうではなくとも売上が立つのでとても安心です。

ダイナースクラブ加盟は必須ではない

驚くべきところは、 飲食店が「ごひいき予約」へ加入するにあたり、ダイナースクラブの加盟店にならなくてもよいということです。つまり、飲食店がマスターカードやアメリカンエクスプレスに加盟していて、ダイナースクラブには加盟していなくても、「ごひいき予約」の恩恵に浴することができます。

クレジットカード会社が主導して行うサービスにおいて、自社クレジットカードへの加盟を条件としないことは驚き以外の何物でもありません。コストにシビアである街場の飲食店にとっては、嬉しい条件であると言えるでしょう。

別途料金がかからない

さらには、「ごひいき予約」を利用するのに初期費用、月額費や年会費もかかりません。「ごひいき予約」利用者はダイナースクラブカードで支払うので、手数料は入りますが、ノーショーやドタキャンの席数はそこまで多くありませんし、飲食店から席を買い取ったりします。これらを鑑みると、ダイナースクラブは「ごひいき予約」によって、大きな利益を得ることはあまり考えていないのでしょう。

デポジットやキャンセル料が必要ない

ノーショーやドタキャンをした客に対して、キャンセル料を求める施策ではないことは素晴らしいです。もちろん、ノーショーやドタキャンは責められてしかるべき行いであり、撲滅されるべきでしょう。

しかし現実として、日本ではノーショーやドタキャンが悪であるという認識が薄いので、あまりにも性急に、キャンセル料を前面に押し出すのは得策ではないと考えています。というのも、利用者がキャンセル料を恐れるあまり、飲食店の利用におよび腰となり、中長期的には飲食店にとってマイナスにもなりかねないからです。

気になるところ

飲食店にとっても利用者にとっても素晴らしい仕組みであるように思えますが、課題は何かあるのでしょうか。課題とは言えないまでも、以下が気になるところです。

  • ポケットコンシェルジュへの加入が必要
  • 買い取りの制約
  • 通知手段
  • 名称

ポケットコンシェルジュへの加入が必要

飲食店はダイナースクラブに加盟する必要はありませんが、ポケットコンシェルジュのシステムを利用するために、ポケットコンシェルジュに加入しなければなりません。利用するための費用がかかります。

「ごひいき予約」はポケットコンシェルジュにしか対応していないので、他の予約サイトを使うという選択肢はありません。既に加入している他の予約サイトがあれば、飲食店の費用と運用による負担は増えてしまうでしょう。

買い取りの制約

ノーショーやドタキャンが発生してダイナースクラブが席を買い取る際に、いくつかの制約があります。15時以降のキャンセルであること、コース料理を食するのに要する時間と営業時間を鑑みて「ごひいき予約」に登録できる時間が設けられていることが制約です。

また、売上が保証される数や金額の上限は飲食店によって決まっています。良心的な飲食店が客を待ちに待って最終的にノーショーとなった場合には、残念ながら買い取ってもらえません。

通知手段

利用者への通知手段はLINEだけとなっています。日本では最も大きな即時型のコミュニケーションツールであることには誰も異論はないでしょう。ただ、規模が大きい「Facebookメッセンジャー」や従来からあるオーソドックスなメールなど、通知手段が多ければ多いほど選択肢の自由度が増すので、利用者にとって便利になることは言うまでもありません。

今後もしも訪日外国人にも利用してもらうことを考えているのであれば、なおさら通知手段の選択肢を増やす必要があるでしょう。

名称

最後に気になる点として「ごひいき予約」という名称を挙げます。

ダイナースクラブ会員であることは、ある程度の厳しい基準をクリアし、それなりの年会費を支払っているということの証左であるので、社会的にひとつのステータスとなっています。「ごひいき予約」には、ブランドとなっているダイナースクラブ会員だけが「ごひいき」されるという意味があるのでしょう。しかし、ファインダイニングを対象とした空席通知サービスは新しいものではありません。

また、ダイナースクラブ会員になっていれば、あとは早いもの順に予約できる極めて公平なシステムとなっています。それだけに、特定の要素によって選ばれた人だけが恩恵に浴するような印象を与える「ごひいき」という表現がそぐわないように感じるのです。

「ごひいき予約」には、もちろん利用者にも利点はありますが、どちらかと言えば、飲食店を広く救済するサービスであるだけに、利用者側のイメージが強過ぎる「ごひいき」ではない方がよかったと思います。

今後の施策

「ごひいき予約」における注目するべき特徴だけではなく、気になる点も述べてきました。しかし、ダイナースクラブはもちろん、ポケットコンシェルジュもLINEも、これで大きな利益を上げられるということはありません。ノーショーやドタキャンを根絶したいという志から提携してサービスを作り上げたことは、大きく評価されるべきことです。

今後は、利用者の好みなどをセグメント化してLINEからの通知をパーソナライズしたり、「ごひいき予約」で予約できなかった利用者にシェフが他の飲食店をリコメンドする機能を実装したり、このスキーマで特許を取得してホテル予約などに応用したりと、様々な施策に取り組んでいき、1年後には100の飲食店にまで拡大することを目指しています。

飲食店を応援する

2015年12月に三井住友トラストクラブ株式会社が日本で初めてダイナースクラブカードの発行会社となり、それと同時にダイナースクラブの原点である食に注力するために「日本の食文化応援プロジェクト」を始動しました。

「ごひいき予約」は「日本の食文化応援プロジェクト」の一環として持ち上がったサービスではありませんが、<本格的なフランス料理を格安で楽しむには?>でも紹介した「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク」に長年協賛していることを鑑みても、飲食店を応援する気持ちはよく表れているでしょう。

加入店による感謝

実際に「ごひいき予約」に加入し、予約困難の人気店として知られる「セララバアド」オーナーシェフである橋本宏一氏は次のように述べています。

「他の飲食店よりもノーショーやドタキャンは少ないが、それでも決してゼロではない。コースが一斉スタートになっているので、開始時に全てのお客様が揃っている必要がある。しかし、オープン前の忙しい準備時間に、キャンセル待ちのお客様に連絡するのは非常に大変。すぐに買い取り、再販してもらえる仕組みがあるのはとても助かる」

橋本氏と同じように感謝の声をあげている飲食店の関係者は多いのではないでしょうか。

ノーショーやドタキャンの撲滅へ向けて

ノーショーやドタキャンの撲滅を願って、これまでにもいくつも記事を書いてきました。

いくら記事を書いても、決してすぐに解決するような問題ではありませんが、少しずつ人々の意識が変わってきており、様々な仕組みもできあがってきています。

引き続き、ダイナースクラブのように食文化を大切にし、ノーショーやドタキャンを撲滅しようとする志を持つ企業や団体が現れ、解決するためのアイデアを提供してくれることを切に願います。

それと同時に、食のジャーナリストは、こういった新しい仕組みを、広く正しく知ってもらうための活動をしなければならないと考えています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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