どんなラーメンでも作れるベテラン職人が 数ある中から選んだ2種類のラーメンとは?
フレンチの料理人がラーメンの世界へ
2022年10月、福岡市早良区次郎丸の県道558号線沿いに、一軒のラーメン店が出来た。店の名前は『ラーメンツミキ』(福岡県福岡市早良区次郎丸3-24-1)。当たり前のことを一つ一つ丁寧に積み重ねていきたい、という店主の想いが込められている。
店主の土井勝博さんは生まれ育った山口県でフレンチの料理人をしていた。20歳の時、新天地を求めて福岡に来たが、思うように職が見つからなかった。たまたま住まいの近くにあったラーメン店でアルバイトを始めたが、その店のラーメンに震えるような衝撃を受けた。
「ラーメンってこんなに美味しいものなのかと。そしてラーメン屋ってこんなに格好いいものなのかと。フレンチではなくて僕はラーメンの世界で生きていこうと決めました」(『ラーメンツミキ』店主 土井勝博さん)
店の名前は『博多一風堂』。言わずと知れた世界に展開するラーメン界のトップランナーだが、その当時は海外へは進出しておらず、国内の店舗数もそこまでは多くなかった。土井さんは国内の店舗立ち上げや商品開発などで実績を積み、海外進出の時にも責任者として世界へと率先して飛び出していった。
「ラーメンの本質」を世界の人に伝える
「韓国、香港、台湾、中国、タイ、マレーシアなど7年間で9カ国ほど立ち上げて来ました。国によって違う価値観の中で、どうやって一風堂のラーメンの美味しさを伝えていくかに苦労しました。そこで学んだことは、こちらの押し付けではなく、その国の文化に寄り添いながら、『ラーメンの本質』を伝えるということでした」(土井さん)
いずれは独立して自分の店を持ちたいと思っていた土井さんだったが、一風堂を全国にそして世界に広げるという仕事もやり甲斐があった。一年のうち300日は出張という日々。気がつけば20年以上もの月日が流れていた。土井さんは第二の人生として一風堂を離れて、自らの足で歩いていくことを決めた。
普通の店の倍はかかる仕込みと手間
長年一風堂で商品開発にも携わって来た土井さんは、言わばラーメンのエキスパート。作れないラーメンは無いと言ってもいいスペシャリストだ。ありとあらゆるラーメンの中から、自分の店で出すラーメンを豚骨と醤油の2種類に決めたのはなぜなのか。
「豚骨と醤油の2種類にしたのは、誰もがイメージ出来る『普通のラーメン』を提供したかったんですよ。お客様がその日の気分で『今日は豚骨にしよう』『今日は醤油の気分だ』と、好きなラーメンが選べるようにしたかったんです。その『普通のラーメン』を上質で本物のラーメンにしたいと考えました」(土井さん)
そのため土井さんは2種類のラーメンに合わせて、スープも具材も別々のものを仕込み、麺も小麦粉の配合から別にして自らの手で打つ。そのため一般的なラーメン店の倍の仕込みと手間がかかるが、どちらも手を抜かない「二刀流」で、上質な本物のラーメンを食べて欲しいという思いが勝った。
『ラーメンツミキ』の二刀流ラーメン
「ツミキ豚骨」は豚の頭骨をベースにゲンコツも加えて、13時間以上炊き上げた臭みのないクリーミーなスープに、自家製の細麺がしなやかに横たわる一杯。スープを飲み進めるほどに豚骨のまろやかなコクが口の中に広がり、豚骨の甘い香りが鼻腔を抜けていく。福岡のソウルフードである日常の豚骨ラーメンを、緻密にブラッシュアップしたようなラーメンだ。
一方「ツミキ醤油」は九州産の鶏や豚を丁寧に炊いた澄明なスープに、魚介の旨味がほのかに広がる醤油ダレが調和した醤油ラーメン。麺はつるりとした食感が心地良い自家製中太平打ち麺。チャーシューはもちろん、薬味のネギも豚骨ラーメンとは全く別のものを使う。豚骨と醤油では合うチャーシューやネギが違うと考えているからだ。
さらに冷蔵ケースには全品均一料金のセルフトッピングが用意されており、自分好みの味を探す楽しさを提案。キクラゲや高菜などの定番の具材から、煮干ラーメンに味が変わる「セメント煮干し」やスパイシーな肉味噌「スパイス玉」などの味を変化させるアイテムまで揃っている。
「ラーメンって自由な食べ物じゃないですか。だから僕からこのラーメンはこう食べてくれ、という押しつけることはせずに、好みの味にカスタマイズしながら楽しくラーメンを食べて欲しいですね」(土井さん)
『極上の普通』を目指していく
暖簾に書かれた「極上の普通」の意味とは。一見普通のラーメンのようだが、全てにおいて手間隙をかけた上質な本物でありたい。それは長年ラーメンを作り続け、ラーメンの本質を追い求めて来た土井さんのラーメン屋としての矜持であり、決意表明でもある。
『ツミキ』という店名は、土井さんが今から20年ほど前に思いついてノートに記していた名前だ。すべてはひとつひとつの積み重ね。一杯一杯の丼に込めた気持ちを「積み木」のように、今日も明日もひとつずつ丁寧に積み上げていきたいという思いが込められている。
人は誰しも想い出の中にラーメンがある。日々の暮らしの中に寄り添うような、気取ることのない普通のラーメンが、きっと忘れられない大切な一杯になる。そんな「未来の老舗」を予感させるラーメンがまた一つ生まれた。
「どこかに美味しいラーメンをわざわざ食べに行くのではなく、地元の人たちの生活圏の中で本物のラーメンを食べられる店でありたいと思っています。そして10年後とか20年後に、今の子供たちが大人になっても来てくれて『変わらんね』と言ってくれたら何よりも嬉しいですね」(土井さん)
※写真は筆者によるものです。
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