20年の節目に、現地取材で感じたこと【米同時多発テロ NY追悼式典】
2021年9月11日。雲一つない秋晴れの美しい朝を迎えた。
気温は摂氏26度。9月も半ばになろうしているが、日差しはまだ強い。
アメリカ現地は今日、同時多発テロから20年を迎えた。世界貿易センター跡地であるグラウンドゼロには多くの人々が朝から集まり、あの日に思いを馳せ、犠牲者に哀悼の誠を捧げた。
グラウンドゼロでは午前中、遺族を招いて追悼式典が行われ、バイデン大統領をはじめ、オバマ元大統領やクリントン元大統領といった歴代大統領が参列し、国民に結束を改めて呼びかけた。
さらに緊張する中東問題を鑑み、現場ではテロ防止のためのより厳重な警戒態勢が敷かれていた。筆者は昨年もこの日をここで迎えたが、昨年の式典より何重にもチェックポイントが設けられるなど、最高レベルの厳戒態勢を実感した。
歩いていると時折バグパイプの生演奏が聞こえてきた。すぐ近くのアイリッシュパブ、O’Hara’s Restaurant and Pubの中からだ。
このパブはグラウンドゼロおよび消防署から目と鼻の先にある。テロで命を落とした消防士にここの常連も多かった。事故で損傷し7ヵ月後に再開した後、消防士や作業員の辛い日々の心の拠り所として「再生への活力」を与えてきた。
この日の賑わいは、同窓会のようでまた格別だった。朝からバグパイプ演奏に耳を傾けながらギネスを飲み、犠牲者(彼らにとって元同僚)に思いを馳せながら、特別なこの場所で再会を喜び合っているようだった。哀情だけではない、前向きなエネルギーを感じた。
バイデン大統領はグラウンドゼロの追悼式典を途中で退席し、ペンシルベニア州シャンクスビルのフライト93ナショナルメモリアルへ移動した。ハリス副大統領と、2001年テロ発生時の最高司令官を務めたジョージW.ブッシュ元大統領らと合流した。大統領は夜、国防総省の式典にも出席予定だ。
グラウンドゼロの式典が滞りなく行われたのを見届けた今、筆者が20年という節目において取材を通じて知ったこと、感じたことを、ここで改めてまとめることとする。
今も続く犠牲者のDNA鑑定
20年経った今もまだ、家族の亡骸に対面できていない(埋葬もできていない)人が多いというのは、8日の記事で書いた。
ニューヨークタイムズによると、DNA鑑定は倒壊跡地から見つかった骨片などを使って行われているが、無傷の骨からDNAを採取することは困難なため、骨片などは可能な限り細かく粉砕されて行われているという。
当時のDNAフォレンジック技術ではDNA鑑定が難しいと、05年に鑑定作業の一時停止が発表されたこともあった。近年はより進んだ技術で、過去に分析されたサンプルの再検査が進められているそうだ。
それでも、2001年の事故直後に身元が特定されたのは数百人分だったのが、そのペースは年を追うごとに落ちていき、こんにちでは年に1人程度だという。
数週間前に身元が分かった2人分(照合したのは1646、1647番目)のDNA鑑定は2019年以来だった。
迅速なDNA検査で身元を特定できたフロリダ州マンション崩壊事故とは異なり、911がなぜそんなに長い年月を要しているのか。それは、骨片などが「燃え続ける瓦礫の中で数週間以上損傷して劣化し、抽出するDNAの量が不足しているため」だ。(筆者が今回取材をした、倒壊現場付近に住んでいた住民も「火が完全に鎮火するまで数ヵ月かかった」と証言)
また20年経った今、DNA鑑定で身元が分かった家族の心境として、粉々になった骨片を見ることも辛いようだ。「古い傷を再びえぐられる」ように感じ、受け取りに戸惑う人もいるという。親族が遺骨の受け取りを希望しないケースもあり、その場合はグラウンドゼロの保管庫で保存されるという。
今も増える復興作業員の死
テロ後、倒壊跡地で救助活動や復興活動をした消防士や作業員の中には、瓦礫に含まれていた有害物質による健康被害で亡くなっている人が多いことも、9日の記事などで書いた。
国立労働安全衛生研究所(CDCの傘下)が管轄する、9.11WTC健康プログラムというものがある。
このプログラムは同時多発テロが発生した3箇所に関連した健康被害を受けた人々に対して「認定された場合のみ」、医療や治療を無償で提供するというもので、2090年まで有効だ。
認定を受けた人は約8万人。ただし事故現場の近隣の住民や報道関係者などには、病気と事故との関連が困難で認定されていない人も多い。また(違法滞在者で、復興や清掃作業に臨時で雇われたケースなど)さまざまな事情を抱えた人も認定されるのは困難だ。
NPRが報じた19年の研究によると、911のファーストレスポンダー(その多くは事故当時、30代後半)は一般のケースと比較して、甲状腺がんのリスクが2倍も高いことがわかった。前立腺がんのリスクも約25%、白血病のリスクも41%多いなど、特定のがんのリスクが高い。
2000人以上のファーストレスポンダーと復興作業員が、復興作業に起因する病気で亡くなったという報告があり、FDNY(ニューヨーク市消防局)だけで、911関連の病気(がんを含む)で死亡した消防士は、退職者を含めて257人に上る。
911を知らない世代に語り継ぐ
ABCニュースなどが報じたCDCの発表では、01年9月11日以降にアメリカで生まれた人の数は7000万人以上。それに加え、9月11日の時点で生まれているが、乳児や幼児で、この日の記憶がまったくない人たち(数百万人規模)が、「911を知らない世代」となる。
筆者が今回さまざまな場所で話を聞いた人々の中にも、若い世代がいた。当時5歳で事故現場を直接目撃した25歳の女性や、当時7歳でカリフォルニアの自宅からテレビで観たという911美術館で働く27歳の女性らに話を聞くと、皆「覚えている」と語った。
一方、それより若いZ世代の人々にとって、あの悲劇が「実際に起こったこと」としてリアルにとらえにくいのかもしれない。
911の出来事を実際に、もしくはメディアを通じて「見た」我々の世代が、これまで歴史の教科書で学んできた過去の数々の悲劇と同じように、911についても正しい歴史と知識を伝え、そこから学び、感じとり、未来に活かすことが大切だろう。同じ悲劇を二度と繰り返さないために。
同日夜、スタテンアイランドのポストカーズでも、デブラシオ市長らが出席した追悼式典が行われた。
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(Text and photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止