20代女性に恋した40代おじさんに贈る「恋とは孤悲」という万葉集の心
日本人の恋の歴史
昔の日本人の恋愛模様を紐解く史料は少ない。戦国期から江戸期にかけては豊富な文献が残されているが、それ以前となるとあまり存在しない。あるのはせいぜい民話や昔話の類である。
平安時代の有名な紫式部の「源氏物語」があるではないか、とも言われるが、所詮あれもフィクションであり、そもそも貴族社会というごく少数の上級国民の話であって、9割以上を構成していた庶民の話ではない。
しかし、そんな庶民の恋愛事情を垣間見られるのが万葉集である。
万葉集とは、7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された、現存するわが国最古の歌集で、約4500首の歌が収められている。天皇から農民まで幅広い階層の作品が並べられていて、詠み込まれた土地も東北から九州に至る日本各地に及ぶ。まさにその当時の日本の全体像がそこにはある。
万葉集における「恋」
そして、万葉集には恋の歌がたくさん収められている。その中でも「恋」には「孤悲」という当て字がされているものも数多くみられる。
恋とは「ひとり悲しむ」もの、要するに「片思い」という意味でもあったのである。
「悲」という漢字も壮絶で、「非+心」で、心が裂けること、胸が裂けるような切ない感じを表している。
「1人で思いつめて、心が張り裂けそうだ」…まさにそれが恋というものだったのだ。
現代的に恋をとらえると、それは互いに恋しあい、わくわくして楽しい感情のように思えるかもしれない。「愛」という字には「心」が真ん中にあるから「真心」、「恋」という字は「心」が下にあることから「下心」というネタ話も一時話題となった。
しかし、もともと「恋」とは、男女関係に限らず、モノであれ、過去であれ、目標や理想であれ、自分の手が届かないもどかしさを示すものである。
つまり、もう若くないおじさん・おばさんが昔を懐かしんで「若い頃は良かった…」と感じるのもまさに「(過去への)孤悲心」なのである。
40代おじさんの孤悲心
少し前になるが、2016年の読売新聞の読者質問コーナーにこんなものがあった。「40代の男性ですが、職場の20代女性に恋をしてしまいました。どうしたらいいでしょうか」というものである。
質問者の「私の心の中に20代の自分がすみついた」という表現に、若干中二病のにおいも感じながら、多分この人は生真面目な人ゆえに、悩んでしまっているのだろうと推測する。
40代であっても、相手が20代であっても、恋愛強者なら、すぐにデートに誘っているだろうし、ストーカーならすでに千通のメールを送っていることだろう。
しかし、当然ながら、この投書に対して新聞社が用意した有識者の回答は厳しいものだった。
「幻想です。目を覚ましなさい」
まさに一刀両断。あわせて、これに対するネットの反応も、その多くが「キモい」「勘違いおっさん」「鏡を見て出直せ」などとけんもほろろの状態だった。中には、「40代の中年が恋なんてするもんじゃない」という声もあった。
果たしてそうだろうか?40代になったら恋をしてはいけないのだろうか?年がいくつだからとか恋に関係ないんじゃないだろうか?
「孤悲」は人生の彩り
勿論、非常に現実的な話をすれば、40代以上で20代の女性に恋心を抱いても、一部の恋愛強者でもない限りほぼ可能性はゼロである。
→20代女性と結婚したがる「40代以上婚活おじさん」は永久に仏滅です
しかし、「恋は孤悲」という前提に立てば、相手に振り向いてもらうかどうかには関係なく、一人思うことだけでもそれは立派な「恋」なのである。おじさんだからという理由で無理にその気持ちを捨て去る必要はない。
この相談に、私が回答するとするならば、以下の通りです。
その恋心を追い出す必要はありません。但し、その心は決して外に漏らさない忍ぶ恋とすべきです。一生打ち明けないまま、その恋心は胸に秘めたまま生きることがいいでしょう。それによって感じる苦しさ、もどかしさ、不自由さこそが恋の醍醐味であり、究極の形です。
恋なんて所詮、苦しくて悲しい気持ちを自分の中で再確認するものなんです。万葉集において、恋とは「孤悲(こひ)」と書きます。この切なさや苦しみを相手に悟られず、一人抱えながら生きていくことそれ自体が「恋」であり、それもまた人生の彩りのひとつであります。
しかし、どうしてもその苦しみから一秒でも早く逃れたいのなら、どうぞ告白してみてください。セクハラと訴えられるでしょう。
結局、身も蓋もない話になるのだが、行動に起こすといろいろ問題になることでも心の中で思う分には自由である。
何歳になっても恋はしたい
ちなみに、「いくつになっても恋をしていたいと思うか?」という質問に対して、女性は年代があがるごとにその割合は減っていくのであるが、反対に男性は50代で女性と同等、60代で女性を逆転する。
これが、心に秘めた、本来の「孤悲」心であるならば、それはそれとして人生のメリハリになりえるのではないだろうか。
最後に、万葉集の「読み人知らず」の恋の歌を一首ご紹介する。
ゆうぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて
(意味 夕暮れになると雲を見ながら、空のように手が届かないところにいる恋人を思うだけで時間が過ぎていく)。
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