海に戻るのは適切だったのか? 巨大な単胴船となるイージスアショア代替艦と極超音速兵器に対応する必要性
中止されたイージスアショア計画の代替艦「イージスシステム搭載艦」について、8月31日に発表された概算要求で整備に必要な構成品等の取得が明記されて調達計画が進むこととなりました。
※この記事では以降、「イージスシステム搭載艦」のことをイージスアショア代替艦と呼称します。
非常に巨大で奇妙なサイズのイージスアショア代替艦
なお昨年に代替艦を多胴船で設計する検討が行われていましたが(関連記事:イージスアショア代替艦は多胴船?)、結局は一般的な単胴船で設計する方針となっています。しかしそれは巨大で奇妙なサイズとなることが判明しました。
あまりにも太い船です。全長210メートル・幅40メートルは戦艦大和よりも太短い、軍艦としては特殊な設計です。速力はかなり遅い船にならざるを得ません。
- イージスアショア代替艦・・・全長210m・幅40m・基準排水量2万t
- 戦艦大和・・・全長263m・幅38.9m・基準排水量6万4千t
通常のイージス艦は速力30ノット超、戦艦大和は27ノットですが、イージスアショア代替艦は速力18ノット前後になるでしょう。アメリカ海軍の空母は速力30ノット超なので空母機動部隊の艦隊護衛任務には就けないことを意味します。
イージスアショア代替艦の全長210m・幅40mという比率は、アメリカ海軍の遠征海上基地「ルイス・B・プラー」級の全長239m・幅50mの比率に近い幅広の船体で、商船の設計を流用した補助艦と同様の船体を用いる可能性があります。
※遠征海上基地(ESB:Expeditionary Sea Base)とはタンカーの船体を流用して改造した簡易ヘリコプター揚陸母艦のこと。揚陸作戦の支援や特殊部隊の洋上基地として機能します。
わざと遅い船として設計した?
昨年に検討だけされたイージスアショア代替艦の多胴船案について、海上自衛隊側から明示された「揺れが少ない艦にしたい」という理由は建前でしかなく、実際の動機は「わざと遅い船にしたかった」のではないかと筆者は推測していましたが、単胴船案になっても基本路線は変わってない可能性があります。
- 建前の説明「イージスアショア用のSPY-7レーダーは大きいので、代替艦に転用するには船体を大きくする必要がある。」→ 疑問点「SPY-7レーダーはモジュール式構造なのでパネル面積を自由に変更できる筈では?」
- 建前の説明「船体の大型化で揺れを低減し、レーダーの観測精度が高まり射撃精度が上がる。」→ 疑問点「揺れの低減は口実に過ぎず、実際の動機はわざと速力の遅い艦を作りたかったのでは?」
それとも本当に「通常のイージス艦では搭載できない大型のレーダーパネルを装着したBMD(弾道ミサイル防衛)任務専用艦がどうしても必要だ」という純粋な動機だったのでしょうか。
しかしそうであるならば、軍艦を洋上に常時2隻オンステージさせ続けるには理想は6隻は必要なのですから(最低4隻、ただし長期点検時に足りなくなる)、特殊な船が2隻だけでは全く足りません。そして通常のイージス艦と合わせてローテ―ションを組む気なら、イージスアショア代替艦は通常の性能のイージス艦でよいのでは、となってしまうでしょう。
本当に特殊なBMD任務専用艦が必要だというなら、その特殊な船の数をもっと増やす必要があります。しかしそれは省力化が最大の目的だったイージスアショア計画とは真逆の方向となるでしょう。
アメリカのBMDシップ案よりも幅が広い巨大な船体
過去にアメリカのハンティントン・インガルス・インダストリーズ社がBMD任務の専用艦としてドック揚陸艦の船体にイージスシステムを組み込む「BMDシップ」を提案していましたが(未採用)、この案ですら全長200m・幅30mでした。日本のイージスアショア代替艦(全長210m・幅40m)はBMD専用大型艦としてもアメリカの案を上回る異様なサイズとなる予定です。
- イージスアショア代替艦・・・全長210m・幅40m・基準排水量2万t
- BMDシップ・・・全長208.5m・幅31.9m・軽荷排水量1万6420t
イージスアショア代替艦はこのサイズでは速力は推定18ノット以下。BMDシップは20ノット超。(原型のサン・アントニオ級ドック揚陸艦は22ノット)。
※基準排水量と軽荷排水量は別の計算方法になり異なるものなので参考程度にお願いします。
LPD Flight II: Ballistic Missile Defense Capable (動画)
【関連記事】
- 弾道ミサイル防衛専用艦「BMDシップ」とイージスアショア代替案(2020年9月6日) ※ハンティントン・インガルス・インダストリーズ案の紹介
- イージスアショア代替の民間船搭載案と石油採掘リグ搭載案(2020年9月24日) ※イージス・アショア・アフロート(AAA)案の紹介
船体の大きさと比べて少ない乗組員人数
なおイージスアショア代替艦はこれだけの巨艦であるにも拘らず、乗組員は僅か110人で運用される予定です。
弾道ミサイル迎撃専用の大気圏外用のSM-3迎撃ミサイルだけでなく、大気圏内用で巡航ミサイル迎撃にも使えるSM-6迎撃ミサイルや12式対艦ミサイル能力向上型(艦上発射型)なども搭載すると確定してこの数字です。BMD任務だけでなく通常の対空戦闘と対艦戦闘も可能な仕様で、どうやって乗組員を削減しているのでしょうか。
対潜水艦戦能力を限定的にするといってもソナーは搭載する筈です。対潜攻撃兵装は短魚雷発射管のみ搭載して対潜ミサイルは搭載しないのかもしれません。
- 代替艦・・・乗組員110人 基準排水量2万t(満載2万5千t?)
- まや型・・・乗組員300人 基準排水量8200t(満載1万t)
- もがみ型・・・乗組員90人 基準排水量3900t(満載5500t)
- アーレイ・バーク級・・・乗員数300人 満載排水量9000トン
- アルバロ・デ・バサン級・・・乗員数200人 満載排水量5800t
- フリチョフ・ナンセン級・・・乗員数120人 満載排水量4700t
- ズムウォルト級・・・乗員数150人 満載排水量1万5千t
代替艦(イージス・アショア代替艦)、まや型、アーレイ・バーク級、アルバロ・デ・バサン級、フリチョフ・ナンセン級はイージス艦。
アメリカ海軍の最新鋭であるズムウォルト級駆逐艦は大型艦であるにも拘らず省力化に成功し、アーレイ・バーク級イージス駆逐艦の半分以下の乗員数です。航空要員を除けば乗員数120人ほどで、イージスアショア代替艦の乗員数110人が航空要員抜きならば近い数字になります。
なおロシア海軍のスラヴァ級巡洋艦は乗員数500人を超えますが、省力化が進んでいない1970年代設計の船なのであまり参考にはなりません。アメリカ海軍の1950年代設計の退役した原子力巡洋艦ロングビーチに至っては乗員数1000人を超えていました。
極超音速兵器の迎撃で海上に戻るのは適切だった?
イージスアショア計画は防衛省と政府の不手際で地元住民への説明があまりにも不誠実なこととなってしまい、2020年6月15日に計画中止に追い込まれました。そして代替計画はイージス艦となり洋上に戻ることになりました。
イージスアショアの方が安く少ない数でBMD任務を行えて、イージスアショアに平時のBMD警戒任務を全て任せてイージス艦を自由に使えるという、当初の目論見は消えてしまいました。
北朝鮮が極超音速滑空ミサイルを実用化する可能性
しかし事態は急転します。北朝鮮が2021年9月28日に極超音速滑空ミサイル「火星8」を試験発射したのです。この試験は飛行距離が短く失敗に終わりましたが(あるいは初期段階の試験だったのか)、2022年1月5日に新たに別種の極超音速滑空ミサイル「極超音速ミサイル(北朝鮮発表名称)」を試験発射して成功させました。これは滑空ミサイルというよりは機動式の弾道ミサイルに近いものでしたが、弾道ミサイルとしては低い高度を滑空しながら側面機動を行い水平方向に旋回させています。6日後の2022年1月11日にも同じ「極超音速ミサイル」を試験発射に成功、旋回しながら1000km飛行しています。
- 北朝鮮が極超音速滑空ミサイル「火星8」を発射試験(2021年9月29日)
- 北朝鮮が新型の極超音速滑空ミサイルを試射し、側面機動を実施したと発表(2022年1月6日)
- 北朝鮮が極超音速ミサイル試射に再び成功、金正恩が視察したと発表(2022年1月12日)
北朝鮮の極超音速滑空ミサイル「火星8」「極超音速ミサイル」は、中距離弾道ミサイル「火星12」を元にして改良された滑空ミサイルです。射程約4000kmの火星12をブースターとして使いながら「極超音速ミサイル」は発射試験で1000kmしか飛んでいません。これは技術的にまだ未熟なのか、それとも日本列島を飛び越えないように配慮を行った試験だったのか。どちらにせよ、射程をもう少し伸ばして1300kmもあれば北朝鮮から東京まで余裕をもって届きます。
日本全土を防衛する予定だった大気圏外迎撃ミサイルの無力化
極超音速滑空ミサイルは大気圏外迎撃ミサイルの迎撃可能高度の下を飛んで来ます。つまりSM-3迎撃ミサイルが無力化されます。イージスアショアが前提としていたSM-3ブロック2Aの驚異的に広い防護範囲を基準とした2カ所での日本全土防空計画は破綻するということです。
アメリカは既に極超音速滑空ミサイルに対応した迎撃ミサイル「GPI」を開発中です。日本も同様の能力を持った迎撃ミサイルを研究する予定です。
しかしこれらの新型迎撃ミサイルはSM-3ブロック2Aのような驚異的な広い防護範囲を期待できません。新型迎撃ミサイルがどのような射程範囲になるか現状では何も情報はありませんが、迎撃目標が動き回る極超音速滑空ミサイルである以上、動きを予測して先回りして待ち構えることが難しくなるはずです。動きを予測しやすい弾道ミサイルを前提とした広い防護範囲は、極超音速兵器迎撃では適用できません。
遠い将来であるならば何らかの新技術を用いて極超音速兵器迎撃での広い防護範囲を実現できるかもしれませんが、近い将来では無理でしょう。
極超音速滑空ミサイル(HGV)迎撃対応で海に戻る
すると極超音速兵器が相手では2カ所での日本全土防空は諦めなければなりません。もしも主要な大都市の全てにイージスアショアを配備するとなると、数が多過ぎて費用としても地元住民の説得でもかなり無理が生じてしまいます。
しかも地上固定式の迎撃システムで特定の都市だけ守るとすれば、敵は守られていない都市を狙い撃つかもしれません。そうなると迎撃システムを適切に配置する場合には移動式である必要があります。敵に移動を察知され難い海上移動式が適しているでしょう。
そしてアメリカで開発中の極超音速兵器対応手段「GPI」はイージスシステムでの運用を前提にしているので、イージスシステムを搭載している艦が選ばれることになります。
8月31日に発表された概算要求でイージスシステム搭載艦(イージスアショア代替艦)の項目で、極超音速滑空兵器(HGV)対策を強調している理由はおそらくこのためです。北朝鮮の対日本攻撃用の核ミサイルは今もなお準中距離弾道ミサイル「ノドン」ですが、新型の極超音速滑空兵器がノドンに取って代わって量産配備される日が近いかもしれないのです。
こうなってしまうと完全に結果論ですが、2カ所で日本全土を防空するイージスアショア計画を中止して海上移動式の迎撃システムで代替するのは適切だったと言えるかもしれません。北朝鮮が極超音速ミサイルを開発する速度が想定よりも遥かに速かった以上は、計画は修正しなければなりません。
北朝鮮が極超音速ミサイルを量産できるかどうか確実ではありませんが、できるものと見做して、我が方は弾道ミサイル迎撃能力と極超音速ミサイル迎撃能力の両方を整備する必要があります。そして仮想敵国が保有する弾道ミサイル・極超音速ミサイルの数量に合わせて、こちらのそれぞれの迎撃手段の数も対応できるように用意しておかなければなりません。
ただし仮にイージスアショア代替計画が海に戻ることが結果的に適切だったとしても、特殊で巨大な代替艦を建造するべきか、普通のイージス艦を建造するべきかは、また別の話で議論の余地があるのではないかと考えます。