イージスアショア代替艦に多胴船案・双胴SWATH船形の可能性
イージスアショア計画の中止による代替計画「イージスシステム搭載艦」に多胴船を検討することが、海上自衛隊東京地区補給本部の4月9日の公募の公示「補本公示03-1第6号」で判明していました。
イージスアショア代替艦は多胴船? - Y!ニュース(2021年4月10日)
そして20日後の4月29日、読売新聞が多胴船を検討する理由を報じます。
陸上イージス代替艦、波の揺れ少ない「多胴船型」を検討:読売新聞(2021年4月29日)
多胴船を検討する目的が「波の揺れを少なくすること」であると分かりました。それは逆に言えば「速力は遅くなっても構わない」という意味に受け取れます。その場合に候補となるのは海上自衛隊の音響測定艦「ひびき」型と同じ双胴船の一種であるSWATH船形になります。
双胴SWATH船形
SWATH:Small Waterplane Area Twin Hull (小水線面積双胴)
SWATH船形は水線部分の面積が非常に少ない「小水線面積双胴」という方式です。断面が円形の双胴部分を海中に沈めきり、その上に薄く絞り込んだ接合部を伸ばして船体を繋ぎます。これは「半潜水型」でもあり、石油採掘リグでも近い発想の半潜水型構造を持つものがあります。
SWATH船形は海中で水に接する表面積が大きくなり摩擦抵抗が増してしまいますが、水線部分の面積が少ないので造波抵抗は低減されます。そして船を浮かせるための排水量部分がほとんど波の下にあるため、波浪の影響を受け難く揺れが少なくなる効果を得ます。
海軍の軍艦で代表的な例は、音響測定艦が荒天時に揺れ難いようにアメリカ海軍の「ヴィクトリアス」級や日本海上自衛隊の「ひびき」型などに採用されています。
起工と進水は「ヴィクトリアス」の方が早かったのですが、日本は海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋調査船「かいよう」でSWATH船の運用経験が既にあったので、「ひびき」の方が早く就役しています。
ただし音響測定艦は戦闘用の艦艇ではありません。あくまで平時に情報収集を行うための艦艇です。もしもイージスシステム搭載艦にSWATH船形を採用した場合には、大型水上戦闘艦としては世界で初めての例となります。
現在、SWATH船形の軍艦で最大の艦は中国海軍の音響測定艦「927型」で全長90m・全幅30m・排水量5000トン。民間船ではフィンランドのラウマ造船所が建造した旅客船「チャイナ・スター」で全長131m・全幅32m・2万総トン(排水量は1万トン未満)が世界最大のSWATH船になります。
わざと遅い船を作る意図?
海上自衛隊がイージスアショア代替艦に多胴船を検討しているのは、揺れが少ない艦にしたいという理由が示されています。冬の日本海は波が高く、対北朝鮮BMD任務(弾道ミサイル防衛)で日本海に長期間貼り付く運用では波に強い艦が欲しくなる動機は理解ができます。
音響測定艦「ひびき」型と同様のSWATH船形を採用すればその目的は叶います。ただし「ひびき」型と類似した設計では速力が遅くなってしまいますが、BMD任務は単独で行動して艦隊を組まないので、BMD任務に専任する予定ならば問題になりません。
SPY-7レーダーの取り扱い
しかし「揺れを少なくしたい」というのは本当の理由なのでしょうか? イージスアショア代替艦にはイージスアショア計画で発注したロッキード・マーティン製SPY-7レーダーがそのまま転用される予定です。もし将来的に老朽化した「こんごう」型イージス護衛艦の改修ないし代替艦でレイセオン社製SPY-6レーダーの搭載を考えていたとした場合、イージスアショア代替艦と艦隊を組む際にSPY-6とSPY-7で別種のレーダーが混在してしまいます。この二種類のレーダーは相互でデータの連携は可能ですが、同種の方が連携性はより良いでしょう。
速力が遅ければ艦隊は組み難い
そこでイージスアショア代替艦を速力が遅い仕様のSWATH船形としてBMD専任艦とすれば、艦隊に混ぜようがありません。もしかすると海上自衛隊はSPY-7搭載艦の扱いに困っていて、艦隊に組み込みたくない考えがあり、積極的にSPY-7搭載艦をBMD専任艦としたい意図があるのかもしれません。ただしこれは判断材料が少な過ぎるので憶測の範疇になります。
SM-6艦対空ミサイルは搭載するのか
なおイージスアショア代替計画「イージスシステム搭載艦」は2020年12月18日に閣議決定されていますが、同日の時事通信の記事には大気圏外BMD用のSM-3艦対空ミサイルだけでなく、巡航ミサイルや航空機に対応できる大気圏内で使用するSM-6艦対空ミサイルも搭載するとあります。
SM-6艦対空ミサイルを搭載して通常の対空能力を与えていながら対潜能力(ソナー、対潜ミサイル、対潜ヘリ格納庫など)を与えないという中途半端な真似は普通はしないので(費用的にも建造費に比して大して節約にはならない)、これは対空対潜フルスペックの戦闘能力が与えられることを意味します。
そして2021年2月9日の衆議院国会答弁では、岸防衛大臣が「イージスシステム搭載艦はマルチミッションタイプではない可能性」について触れています。
マルチミッション型ではない=BMD専任型ということになりますが、これは別にSM-6を搭載せず対空対潜フルスペックの戦闘能力を与えないということを意味しません。速力が遅いという要素だけでもマルチミッション型ではないという解釈が可能です。
最大速力の遅い特殊な船型であっても対空対潜フルスペックの戦闘能力を与えて、高い自己防御能力を活かして単艦で沖合いに前進配備させるという方法もあるからです。単独行動なのでSM-6ではなくESSM艦対空ミサイルでもよいかもしれません。この場合は日本海での対北朝鮮BMD任務での前進配備は可能ですが、南西方面での対中国用には速力が遅く艦隊に組み難く、投入し難い性能になります。
しかし大気圏内用の艦対空ミサイルを与えずCIWS(近接防御火器)だけの簡易装備の場合は、単独では沖合いに前進配備することができず、護衛の艦を付けるか沿岸直ぐ近くの味方の防空圏内に止まる必要が生じます。
イージスアショア代替の「イージスシステム搭載艦」にSM-6を搭載する=対空対潜フルスペックの戦闘能力を与えるという方針のままなのかどうか、もしも多胴船案が採用された場合にも予定される武装に変更は無いのか、今後の計画の方針が注目されます。