北朝鮮が新型の極超音速滑空ミサイルを試射し、側面機動を実施したと発表
1月6日、北朝鮮は前日の1月5日に発射した極超音速ミサイルの写真を公開しました。「火星8」とは別の極超音速滑空ミサイルで、その弾頭の形状は過去にアメリカ軍に配備されていた機動式弾道ミサイル「パーシングⅡ」によく似ています。
今回の水平方向の飛翔距離は700kmですが、驚くべきことに新技術「側面機動」を実施したとあります。120kmの左右の水平方向への旋回を行ったと受け取れる表現が発表されています。
これが本当ならば弾道ミサイルでは通常行えない旋回飛行を実現したことになります。滑空弾頭の形状は機動式弾道ミサイルによく似ている円錐形状ですが、それより上の操縦技術レベルになる極超音速滑空ミサイルということになります。
- 측면기동 (側面機動)
- 암풀 (ampoule)
ただし実際に水平方向への旋回飛行が行われたかどうかは、まだ日米韓では確認が取れていません。実は前回2021年10月19日の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射時でも北朝鮮側は「側面機動」したと主張していましたが、3週間後に発表された日本側の分析では否定されています。
果たして今回は側面機動に成功しているのでしょうか。北朝鮮がやってもいない側面機動を実施したと主張しているのかもしれませんし、実際に試みて失敗した可能性もあります。日米韓の詳細な分析が待たれます。
なお「燃料のアンプル化」という技術用語は、2021年9月28日に発射された極超音速滑空ミサイル「火星8」が翌日に写真付きで公開された時の説明文にも登場しています。おそらくミサイルの液体燃料を充填したまま長期保存する技術なのだろうと推測されていますが、詳しいことは確定していません。
また北朝鮮側の公式発表には最大高度の情報はありませんでしたが、1月6日になって日本の岸信夫防衛相から「最大高度50km以下」という数字が伝えられています。
国防展覧会「自衛2021」で既に登場済み
今回の新型極超音速滑空ミサイルは、平壌で昨年の2021年10月11日から10日間の日程で開催された国防展覧会「自衛2021」で登場した謎の新型ミサイルと形状が酷似しており、おそらく同じ物でしょう。
「自衛2021」で登場した新型の極超音速滑空ミサイルは中距離弾道ミサイル「火星12」の横に置かれています。火星12より全長は短いようです。
新型極超音速滑空ミサイルの技術的な分析
1月5日の試験発射には金正恩の立ち合い視察はありませんでした。また「極超音速ミサイル」と紹介されただけで、同じ極超音速滑空ミサイルの「火星8」のような固有機種名は発表されていません。
噴射炎と煙の様子から液体燃料式ロケットエンジンと断定できます。ブースターとなる推進ロケット部分は1段で、燃焼し終わったら滑空弾頭(極超音速グライダー)が切り離されます。推進ロケット部分はおそらく中距離弾道ミサイル「火星12」の流用で、長い滑空弾頭に対応して燃料タンク部分を少し短く作り直してあります。
すると新型極超音速滑空ミサイルはブースターの大きさから考えて、射程700kmは短過ぎます。おそらく本来の射程は3000km級を発揮できる能力を持っている筈です。
推定になりますが、弾道ミサイルよりも低い高度を飛ぶ滑空弾頭の試験をする場合はロフテッド軌道(高く打ち上げる山なりの弾道)が使えません。浅い角度のディプレスト軌道で発射した後に滑空弾頭をスキップグライド飛行(跳躍滑空飛行)させる必要がありますが、この飛び方で全力の性能を発揮すると日本列島を飛び越えてしまいます。
おそらくですがアメリカを刺激し過ぎないように、射程をわざと短距離に抑えて発射試験を行ったと考えられます。液体燃料式ロケットエンジンならば射程の調整は容易です。
なお極超音速滑空ミサイルは弾道ミサイルをブースターとして流用しているので、弾道ミサイル関連技術が使われているという扱いになります。
このため極超音速滑空ミサイルは、国連安保理決議が北朝鮮に禁じた「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動」に引っ掛かります。滑空ミサイルは弾道ミサイルの派生型と見做されます。
6軸12輪のTEL(輸送起立発射機)
新型極超音速滑空ミサイルで使用されているTEL(輸送起立発射機)は6軸12輪の車両で、中距離弾道ミサイル「火星12」で使われている物と全く同型です。以前は中距離弾道ミサイル「ムスダン」にも使用されていました。
もう一つの極超音速滑空ミサイル「火星8」との比較
2021年9月28日に発射された極超音速滑空ミサイル「火星8」と、2022年1月5日に発射された新型極超音速滑空ミサイルを比較してみます。なお火星8の写真は分かりやすいように明度を上げてあります。
火星12を流用したと思われるブースターの直径が同じであると仮定すると、新型の方が火星8より少し短いくらいの長さです。滑空弾頭部分は新型の方が細く円錐形状です。火星8は太く三角形断面のウェーブライダー形状です。
極超音速滑空ミサイルの滑空体の形状としてはむしろ火星8の方が先進的で、新型の方が機動式弾道ミサイルの弾頭に近い形状です。あるいはどちらが新型というわけではなく試験用の滑空弾頭で、同時に様々な形状を試しているのかもしれません。
「パーシングⅡ」「C-HGB」との比較
- (左)2022年1月5日の北朝鮮「極超音速ミサイル」の弾頭
- (中)アメリカ機動式弾道ミサイル「パーシングⅡ」の弾頭
- (右)アメリカ極超音速滑空ミサイル「LRHW」の弾頭「C-HGB」
比較用にアメリカ陸軍の資料絵から2種類のミサイルの弾頭、古い冷戦時代の機動式弾道ミサイル「パーシングⅡ」と、現在開発中の極超音速滑空ミサイル「LRHW」の滑空弾頭「C-HGB」と比べてみます。
北朝鮮が2022年1月5日に発射した「極超音速ミサイル」の弾頭部分と合わせてこれら3種類は全て角度変化のある円錐形(Bi-conic)の弾頭です。弾頭の後部に4枚の操舵翼が付いているのも同じです。
形状を見る限り北朝鮮の「極超音速ミサイル」は、C-HGBよりもパーシングⅡに近いと言えそうです。
【関連】北朝鮮が弾道ミサイルらしきものを発射、しかし日韓は最大高度を発表できず。極超音速滑空ミサイルの可能性(2022年1月5日)