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自衛隊のHGV対処の研究:極超音速兵器迎撃ミサイル

JSF軍事/生き物ライター
我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より「HGV対処の研究」

 8月31日に日本防衛省から来年度予算の概算要求が提出されました。その中で自衛隊が計画している「HGV対処の研究」が掲載されています。HGVとは極超音速滑空ミサイルのことで、これに対処する兵器は極超音速兵器迎撃ミサイルになります。

我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省(令和4年8月31日掲載) ※令和5年=2023年

○ HGV対処の研究(極超音速兵器迎撃ミサイル)

我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より「HGV対処の研究」
我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より「HGV対処の研究」

 なお極超音速兵器迎撃ミサイルについてはアメリカが既に開発に着手しており、2021年からGPI計画が発動しています。

迎撃ミサイルは大気圏内用と大気圏外用で対応高度の隙間があり、高度25~70kmの範囲が「宇宙と大気の狭間」となっています。この高度では空気が薄いながらも存在するのですが、空力操舵だけでは小さな目標に細やかな精密誘導を行うには空気が薄すぎて無理があります。このためサイドスラスターや推力偏向ノズルなどの噴射で機動制御を補佐する必要があり、GPIは空力操舵と噴射制御の両方を組み合わせる方式になると考えられています。

出典:極超音速兵器対応手段GPI(滑空段階迎撃ミサイル)

 日本はアメリカのGPI計画とは別に極超音速兵器迎撃ミサイルの開発を検討しているようです。今回の令和5年度概算要求のイメージ絵は弾頭切り離し式のミサイルで(切り離されたブースターロケットは落下していく)、サステナーの迎撃弾頭部分はアメリカ軍の弾道ミサイル防衛システム「THAAD」のキルビークル(迎撃弾頭)に操舵翼を追加したような形状をしています。

我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より「HGV対処の研究」
我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より「HGV対処の研究」

 実はこの「THAADの迎撃弾頭に操舵翼を追加したような形状」と同じようなものが2020年のアメリカ軍の資料にもあります。HGV(極超音速滑空ミサイル)の滑空時を狙う迎撃ミサイルです。

 「HGV Glide Phase Interceptor」、Tomorrow’s Missile Defense System 2.0 より。「Glide Phase Interceptor」はGPI計画の名称として引き継がれています。

Missile Defense Agency (MDA) 2020 Office of Small Business Programs (OSBP) Virtual Conference [PDF資料]

米ミサイル防衛局の2020年資料より「明日のミサイル防衛システム2.0」
米ミサイル防衛局の2020年資料より「明日のミサイル防衛システム2.0」

・THAADの迎撃弾頭に操舵翼を追加したような形状。

・先端付近にTHAADと同様の赤外線センサー用の「窓」がある。

・中央付近にはサイドスラスタらしき穴がある。

・後端にTVC(推力偏向ノズル)が付いているかは不明。

出典:極超音速兵器の探知迎撃手段

 これと日本防衛省の「HGV対処の研究」と比べて見ましょう。

左:米ミサイル防衛局の2020年資料。右:日本防衛省の2023年度予算概算要求。
左:米ミサイル防衛局の2020年資料。右:日本防衛省の2023年度予算概算要求。

 ミサイル弾頭の縦横比が違うだけで形状は酷似しています。縦横比が違うのはイメージ絵なので短くディフォルメされているだけで、モデルとなった絵のベースがTHAADの迎撃弾頭なのは両者とも同じなのでしょう。日本防衛省の「HGV対処の研究」では先端の窓は確認できませんが、後端にTVC(推力偏向ノズル)の穴があることが確認できます。

 あくまでこれはイメージ絵に過ぎないので、実際の極超音速兵器迎撃ミサイルがどのような形状になるのか分かりませんが、日米ともに同じようなイメージ絵を公式に掲載したことは注目されます。

○ 宇宙領域を活用した情報収集能力等の強化に係る研究実証

(HGV探知・追尾、赤外線センサ等)

○ ミサイル防衛のための滞空型無人機活用の検討 滞空型無人機による極超音速滑空兵器(HGV)の探知・追尾に関する研究を実施

 今回の令和5年度概算要求では極超音速滑空ミサイル(HGV)の探知手段として二つの項目があります。衛星コンステレーション(小型衛星群)による探知追尾と、これを補佐する滞空型無人機で探知追尾する構想です。どちらも赤外線センサーを用います。

 このHGV探知用の滞空型無人機は早期警戒機の一種になりますが、一般的なレーダーを用いる早期警戒機ではありません。よって単に早期警戒機と書くと誤解される可能性があります。「赤外線早期警戒滞空型無人機」と書くのが無難でしょうか。

○ 弾道ミサイル、巡航ミサイル、極超音速滑空兵器等への対応能力強化 

我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より
我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-日本防衛省より

 なお03式中距離地対空誘導弾(改善弾)、SM-6、PAC-3MSEでも極超音速滑空ミサイル(HGV)を相手に限定的な条件でなら交戦は可能です。

 しかしこれら三種類は全て大気圏内専用の迎撃ミサイルなので、高度25~70kmの範囲「宇宙と大気の狭間」では満足な機動ができません。つまりHGVが中間段階で高度25~70kmのあたりを飛んで来る間は手が出せず、HGVが目標に向かって突入降下を開始した後の終末段階でないと迎撃はできません。

 よってこれらの大気圏内用迎撃ミサイルではHGVを相手に広域防空は不可能で、狭い範囲のみを守る拠点防空を強いられることになります。HGV相手の広域防空を行う場合はアメリカで開発が進む「GPI」か、今回新たに日本で計画している「HGV対処の研究」、あるいはイスラエルで開発中の「アロー4」のような特殊な迎撃ミサイルが必要となるでしょう。

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 アロー2はTVC(推力偏向装置)を用いて高度50kmで機動可能。アロー2改良型のアロー4で性能が向上し高度60~70kmでも機動が可能になれば、HGVに対して十分な迎撃能力を持つ可能性。

HGV迎撃関連技術:高高度迎撃用飛翔体技術の研究

 なお日本防衛省・防衛装備庁(ATLA)では以前から「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」という研究を行っており、こちらはサイドスラスターとTVC(推力偏向装置)を用いてHGV対処も可能な迎撃ミサイルとなっています。

 以下は2020年に公開された防衛装備庁の資料です。「飛しょう体」は「飛翔体」の意味になります。

[PDF]高高度迎撃用飛しょう体技術の研究:防衛装備庁

防衛装備庁「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」
防衛装備庁「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」

 令和5年度概算要求の「HGV対処の研究」とは構成が大きく異なります。

  • 高高度迎撃用飛翔体技術の研究・・・1段式、サイドスラスター+TVC+空力操舵翼
  • HGV対処の研究・・・1段式(ただし弾頭分離式)、サイドスラスター+空力操舵翼

 「HGV対処の研究」はTHAADの迎撃弾頭に空力操舵翼を追加したような形状なので、おそらく迎撃弾頭にTVCは付いていません。サイドスラスターによる機動が重視されています。

参考比較:上図、令和5年度概算要求より「HGV対処の研究」。下図、防衛装備庁2020年資料より「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」
参考比較:上図、令和5年度概算要求より「HGV対処の研究」。下図、防衛装備庁2020年資料より「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」

 また「高高度迎撃用飛翔体技術の研究」は弾頭とロケットが一体型なのでブースターが地上に落下するようなことがありません。これに対し「HGV対処の研究」は弾頭分離式なので切り離されたブースターのロケット部分が落ちて来ます。

 2020年のイージスアショア計画配備見直しでは地上へのブースター落下が問題の一つとされましたが、2022年発表の「HGV対処の研究」では洋上配備のみなので問題が無いという方針なのでしょうか。あるいは陸上配備でもブースター落下など気にしない方針になったのでしょうか。それとも陸上配備用には別個に「高高度迎撃用飛翔体技術の研究」が検討されているのでしょうか。

 ただし令和5年度概算要求の「HGV対処の研究」はイメージ絵が1枚きりで詳しい説明が無いので、実際の研究開発ではどういった構成になるのかまだ不明です。

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弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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