イージスアショア代替の民間船搭載案と石油採掘リグ搭載案
イージスアショア代替案は当初「発射機のみ海上に分離設置」「イージス艦の増勢」「メガフロート」の3種類の方法が提示されていましたが、新たにイージス艦の増勢に近い案として「迎撃専用艦」の建造案が浮上、そして「発射機のみ海上に分離設置」が脱落して、候補は全てレーダーと発射機のシステム一式を海上に配備する案に絞られました。
- イージス艦の増勢
- 民間船にイージス迎撃システムを搭載
- 石油採掘リグにイージス迎撃システムを搭載
発射機のみ海上に分離設置する案(レーダーは地上に置く)が候補から脱落したのは、レーダーを地上に置くことは地元の理解を得るのが困難という理由が大きいと思われます。また沿岸にメガフロートを置く案が沖合いに置ける石油採掘リグに変更されたのも、沿岸ですら地元の反対の声が強く説得に時間が掛かってしまうからでしょう。
イージスアショア計画の見直しはブースター落下問題が表向きの理由ですが、ブースターを海に落として解決できる二つの案が脱落してしまった以上、実際にはブースター落下問題がイージスアショア計画見直しの本当の理由ではないことがうかがえます。
分離設置案に対する懸念としては他にレーダーと発射機の遠隔操作が電子攻撃で通信妨害された場合に機能しない点が挙げられてもいましたが、そもそもイージス艦はイージスBMD5.1以降でSM-3ブロック2A迎撃ミサイルを遠隔交戦(EOR)で運用する予定でしたので、分離設置案でこれができないとする説明は信じられません。イージス艦同士でも遠隔操作をするつもりなのですから。
【遠隔交戦の説明】前方展開レーダーの役割が重要な弾道ミサイル防衛システム
そもそも北朝鮮には強力な電子妨害をする能力は無く、たとえあったとしても非常によく目立つ発信源は付近に居る米韓軍が即座に撃破してしまうので、対北朝鮮に限れば気にする必要がありません。
それではイージスアショア代替計画の新たな海上3案について、単純なイージス艦の増勢とは異なる残り2案について解説を行ってみたいと思います。
民間船にイージス迎撃システムを搭載する案
対弾道ミサイル迎撃に特化した専用艦として、民間の貨物船やタンカーを改造してイージス迎撃システムを搭載する提案です。しかし発射機とレーダーを同一の艦に搭載するにも拘らず、自己防御能力が無いので前線には置けず、前線に置くなら護衛の艦が別に必要になるという本末転倒な案になってしまいます。
民間船にイージス迎撃システムを搭載して自己防御能力を与えないという船を作った場合、船体の建造費用が軍艦より大幅に安くなるというメリットはあります。
イージス・アショア・アフロート(AAA)
実は民間コンテナ船にイージス用のレーダーをそのまま搭載する案は既にアメリカで提案されています。その名もイージス・アショア・アフロート(AAA)、陸に上がったイージスが再び海に戻ります。これはアメリカ海軍の公式の提案ではなく、アメリカ海軍とマサチューセッツ工科大学(MIT)が1901年から提携している軍艦建造技術育成を目的とした2Nプログラムの中で、アメリカ海軍の少佐(LDCR)1名と大尉(LT)2名が連名で発表したものです。
PDF資料:Aegis Ashore Afloat (AAA)
ただしこのイージス・アショア・アフロート(AAA)案はイージス・システムとレーダーのみ搭載する案で、発射機は一緒に搭載しません。これは他の迎撃ユニットと連携する遠隔交戦(EOR)を前提とした提案なので、日本のイージスアショア代替案にそのまま適用することはできません。遠隔交戦で戦闘する気なら発射機分離設置案でよいとなるからです。
イージス・システムとレーダーと発射機が同一艦に搭載済みなら、あとはイルミネーター(大気圏内迎撃ミサイルを誘導するための照射用レーダー)とソナー(対潜探知用)を搭載し、発射機に大気圏内用迎撃ミサイルとアスロック(対潜ミサイル)を積めば自己防御能力を獲得できます。弾薬代を別にすると必要なのはイルミネーターとソナーくらいで、これを端折ったところで大して費用は浮きません。機関砲や電子妨害装置など細かいものを追加しても大して費用に変わりはありません。
つまり民間船にイージス迎撃システムを搭載する案は船体建造費用を安く済ませようというのが主目的であり、自己防御能力を端折ったら安くなるという意味ではないようです。しかし自己防御能力が無い場合では単独で前線に置けず、後方の太平洋側に置く場合はせっかくの新型レーダーが活用できないというジレンマを抱えてしまいます。
- イージス駆逐艦・・・1隻1900億円(2400~2500億円)
- イージスフリゲート・・・1隻1700億円
- イージス貨物船・・・1隻1300億円(1900~2000億円)
※()内は後日判明した代替案中間報告の数字
※イージスアショア取得費用は1基約1200億円
※SPY-1レーダー搭載の「まや」型イージス艦は1隻1700億円
既に契約したSPY-7レーダーをそのまま転用できると仮定した上で、初期建造費用は以上のように推定できます。(※追記:後日、政府のイージスアショア代替案中間報告でより高額な費用が掛かることが判明。)
イージス貨物船はイージス駆逐艦よりも安く済みますが、自己防御能力の無い欠陥だらけの船になってしまいます。かといって貨物船に自己防御能力を持たせようとするなら、最初から自己防御能力を持つフリゲート(駆逐艦より一回り小さめの護衛艦)で妥協したほうが費用と能力の面で適切なようにも思えます。
石油採掘リグにイージス迎撃システムを搭載
当初は沿岸に設置するメガフロート搭載案でしたが、沖合にも設置できる石油採掘リグ搭載案に変更されました。これにより地元の反対運動で計画が遅延することを避けられる上に、技術的にも利点が生まれます。浅い沿岸で波が高くなる津波に対して沖合いに出ることで問題が無くなる上に、自走式にすることで低速でも移動し続けてテロ攻撃に対しても強くなります。
ただし沿岸に置かない以上は運用人員は自宅から通えず、民間船搭載案と同じく休養を取るために定期的に港に戻るかヘリコプターで人員を輸送し入れ替える必要が出てきます。リグ自体の定期メンテナンスも波の高い沖合いに出る以上は傷みが早いので頻度が高くなることは避けられず、船舶と同じくドック入りして修理する必要が生じます。つまりこの案は利点も弱点も民間船搭載案とあまり変わらないものとなりました。
海上配備Xバンドレーダー(SBX)
アメリカ軍は既に半潜没式(セミサブ式)の石油採掘リグを自走可能に改造し、弾道ミサイル防衛用の大型Xバンドレーダーを搭載するSBXという海上配備システムを運用しています。ただしSBXは探知距離4700kmという大型レーダーで、戦線の遥か後方でアメリカ本土を防衛するための警戒用であり、ミサイル発射機は搭載されていません。あくまで地上配備GBI迎撃ミサイルを支援するための存在です。
つまり民間船を転用するイージス・アショア・アフロート(AAA)案と同じく、石油採掘リグ案もアメリカに前例はあるにはあるけれど、ミサイル発射機を同時搭載する前例ではないので、そのまま日本のイージスアショア代替案に適用できるものではありません。
沖合いに展開できる自走機能付きの石油採掘リグならば、沿岸に置くメガフロートよりはテロ攻撃には強いでしょう。北朝鮮の低い洋上索敵能力と洋上攻撃能力ならば正規軍の攻撃も避けられます。ただし索敵能力の高いロシア軍や中国軍に対しては裸で置いてある地上レーダーサイトとほぼ同じ脆弱な存在です。自己防御能力を持たせないのであれば、石油採掘リグ案は民間船搭載案と同じ問題を抱えていることになります。
ただし石油採掘リグ案と民間船搭載案は既に契約したイージスアショア用のロッキード・マーティン製SPY-7レーダーを転用する案です。これは技術的に可能ではあるものの海上配備用の改修に費用が嵩んでしまう指摘がアメリカ側から出ています。
この指摘が事実であるなら、そのまま転用することに拘るならばSPY-7レーダーは地上配備し発射機を海上に分離設置する案に戻ることを強いられます。あるいは契約分をキャンセルし海上仕様のものに契約し直すか、どうせキャンセルするのであればレイセオン製SPY-6レーダーに変更してイージス艦増勢を選択するといった決断を行わなければなりません。
もともとイージスアショアは数ある次期ミサイル防衛システム候補の中から費用対効果が最も高い(費用が安い割りに能力が高い)という理由で選ばれたのですから、代替案はどれを選んでも高価になってしまうか、同程度の費用ならば能力は大きく落ちてしまいます。政府の考える代替案はなるべく安く済ませようとする考え方が目に付きますが、アメリカ側からも安く転用することは無理だと指摘されてしまった以上、考え方を根本的に改める必要があるのではないでしょうか。
※2020年11月24日更新:イージスアショア代替案中間報告で見積もりが想定以上に高額なことが判明したので試算額を追記。