イスラエルのガザ攻撃が「第2段階」に入る中、シリアでの「イランの民兵」の米軍攻撃にアラブ系部族が加勢
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は10月29日、ガザ地区に対する攻撃が「第2段階」に入ったと述べ、これに合わせてイスラエル軍は爆撃を強化、地上部隊を進攻させた。
同じ日、シリアでも、パレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦開始以降、激しさを増しているイスラエル軍による侵犯行為への報復が「第2段階」に入ったかのような動きがあった。
イスラエルが繰り返すダマスカス、アレッポ両国際空港への爆撃、同国が1967年以来占領を続けるゴラン高原に面するクナイトラ県やダルアー県への砲撃や爆撃への報復は、イスラエルに対してではなく、シリア北東部に違法に基地を設置し、部隊を駐留させている米軍(有志連合)に対して繰り返されてきた。攻撃は「イランの民兵」と呼ばれる武装組織、なかでもイラク・イスラーム抵抗を名乗るイラク人武装組織によって行われてきたが、10月29日には新たな武装勢力が抵抗運動に加勢したのだ。
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アラブ系部族が再び蜂起
抵抗運動に加勢したのはアラブ系部族だった。
アラブ系部族は8月末から9月初めにかけて、クルド民族主義勢力が実効支配するダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸とハーブール川河畔の町や村で蜂起し、一時同地を掌握した。
シリア民主軍(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が結成した民兵の人民防衛隊(YPG)を主体とする武装部隊)内でのアラブ系部族の地位の低さへの不満が爆発するかたちで発生した蜂起は、アカイダート部族の族長の1人イブラーヒーム・ハハフルらによって指導され、彼らが結成したアラブ部族軍は、シリア民主軍に所属するダイル・ザウル軍事評議会の離反者とともに、シリア民主軍の排斥をめざして、同軍と激しく交戦した。
アラブ系部族は、シリア政府と近い関係にあるアラブ系部族や民兵からも支援を受けたが、米軍の全面支援を受け、組織面でも装備面でも圧倒的に優位なシリア民主軍によって鎮圧された。
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このアラブ系部族が、「アクサーの大洪水」作戦開始に伴う中東情勢の流動化(の兆し)に乗じて、再び蜂起を試みたのである。
シリア民主軍に近いハーワール・ニュース(ANHA)、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、反体制系サイトのイナブ・バラディー、国営のシリア・アラブ通信(SANA)などの情報を総合すると、アラブ系部族は、政府の支配下にあるユーフラテス川西岸から東岸へと渡河し、クルド民族主義勢力の支配下にあるシュハイル村、ズィーバーン町、アブー・ハルドゥーブ村、ハワーイジュ・ズィーバーン村、ハワーイジュ・ジャルズィー村、カシュキーヤ村、アブー・ナイタル村、スワル町を攻撃、シリア民主軍(ダイル・ザウル軍事評議会)との激しい戦闘の末、ズィーバーン町のタルワ地区、フワイジャト・ハフル地区を掌握したほか、アブー・ハルドゥーブ村でシリア民主軍の兵士3人を殺害、多数を捕虜にした。
また、ガラーニージュ市の街道近くでは、シリア民主軍の兵士2人を襲撃、1人を殺害、1人を負傷させたほか、アブー・ハマーム市でもシリア民主軍の士官が乗った車をRPG弾で攻撃、乗っていた司令官を殺害した。
さらに、アラブ系部族が進攻したユーフラテス川東岸に向けて西岸から砲撃が行われ、アブー・ハルドゥーブ村では砲弾1発が民家に着弾し、住民5人が死亡、複数人が負傷、ズィーバーン村とカシュキーヤ村でも複数の住民が負傷した。シリア人権監視団は砲撃がシリア軍によると発表したが、真偽は不明である。
これに対して、シリア民主軍も激しく応戦し、西岸のマヤーディーン市一帯やクーリーヤ市一帯を砲撃、マヤーディーン市に砲弾が着弾し、SANAによると、住民1人が死亡、40人が負傷した(シリア人権監視団によると、住民1人と親政権民兵組織の国防隊のメンバー複数人が負傷)。
アラブ部族軍のアブー・アブドゥッラフマーンを名乗る報道官は、イナブ・バラディーの取材に対して、この蜂起が「解放作戦開始の宣言であり、これと合わせてジャズィーラ地方(ユーフラテス川東岸)にいるすべての戦闘員に総動員がかけられた」と述べた。
だが、蜂起は10月29日中にシリア民主軍によって鎮圧された。シリア人権監視団の発表によると、戦闘によるアラブ系部族側の死者は9人(うち地元武装集団メンバー5人、国防隊メンバー4人)に上り、事態は現在のところ収束している。
「一定のルール」
アラブ系部族による蜂起は、クルド民族主義勢力を狙ったものであって、イラク・イスラーム抵抗をはじめとする「イランの民兵」のように米軍を直接標的とはしていなかった。また、戦術や装備といった面においても「イランの民兵」に比して明らかに見劣りしていた。
シリアに駐留する米軍に繰り返されている「イランの民兵」の攻撃は、髙岡豊氏が指摘する通り「一定のルール」の範囲内で行われている。そのルールとは約言すると、イスラエルの攻撃に対する自身(あるいは支持者、支援者)の怒りを米軍攻撃という果敢な行動によって表現、発散しつつ、戦闘拡大を回避するため、あるいは相手に戦闘拡大のきっかけを作らせるために、標的を慎重に選ぶ(人的被害を最小限にとどめる)というものだ。この「一定のルール」は、「イランの民兵」に対する報復を始めた米軍、そしてレバノン南部・イスラエル北部、そしてゴラン高原で戦火を交えているイスラエル軍、レバノンのヒズブッラー、そしてシリア政府も従っている。
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アラブ系部族がこの「一定のルール」をどの程度自覚しているかは定かではない。だが、シリア民主軍のみを狙ったというその戦術、あるいは(米軍の軍事的な傘のもとで活動してきたがゆえに)米軍を標的とはし得ないというその境遇は、彼らを砲撃支援したユーフラテス川西岸の勢力(シリア軍、国防隊、あるいは「イランの民兵」)を律している「一定のルール」に沿ったものだと言える。
続く報復の応酬
なお、10月29日以降もイスラエル軍とシリア軍の小競り合い、「イランの民兵」と米軍の報復合戦は続いている。その詳細は以下の通りである。
シリア軍の攻撃
- 10月29日、イスラエル軍はシリアからイスラエル領内(占領下のゴラン高原)に向けて多数の砲弾が発射され、複数発が空地に着弾したと発表。
イスラエル軍の攻撃
- 10月29日、イスラエル軍は占領下ゴラン高原への砲撃に応戦したと発表。シリア人権監視団によると、ダルアー県のナワー市西のジュムーア丘一帯に砲弾が着弾。
- 10月30日、シリア国防省はイスラエル軍が午前1時30分頃、占領下のゴラン高原上空方面からダルアー県の農村地帯にあるシリア軍の陣地2ヶ所をミサイルで爆撃し、若干の物的被害が出たと発表。
米軍の爆撃
- 10月29日、ANHA、ロイター通信によると、米軍の戦闘機1機がシリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県ブーカマール市スッカリーヤ地区にあるイラン・イスラーム革命防衛隊第47中隊の陣地2か所を爆撃。
- 10月30日、シリア人権監視団など、所属不明の戦闘機複数機(マヤーディーン・チャンネルによると米軍のドローン)が早朝、ブーカマール国境通行所(イラク側はカーイム国境通行所)を経由してイラクからシリアに入国した貨物車輛10輌からなる車列を狙って爆撃を行い、貨物車輛3輌(マヤーディーン・チャンネルによると6~7輌)を破壊。また「イランの民兵」が使用しているビルも被弾。
- 10月30日、シリア人権監視団によると、米主導の有志連合がシリア政府の支配下にあるユーフラテス川西岸のダイル・ザウル県タービヤ・シャーミーヤ村、ムッラート村にある「イランの民兵」の陣地複数ヶ所を爆撃、ロケット弾発射台複数基を破壊。
「イランの民兵」の攻撃
- 10月29日、イラク・イスラーム抵抗は声明を出し、無人航空機(ドローン)2機でハサカ県シャッダーディー市の米軍基地を攻撃し、直接の被害を与えたと発表。
- 10月30日、イラク・イスラーム抵抗は声明を出し、イラクのアンバール県にあるアイン・アサド米軍基地に対して多数のロケット弾を発射し、直接の被害を与えたと発表。
- 10月30日、マヤーディーン・チャンネルによると、ブーカマール国境通行所への爆撃の報復として、ダイル・ザウル県のウマル油田に設置されている米軍の「グリーン・ヴィレッジ」基地に対してロケット弾15発が撃ち込まれる。
- 10月30日、イラク・イスラーム抵抗は、ダイル・ザウル県ユーフラテス川西岸に対する爆撃への報復として、同県のCONOCOガス田にある米軍基地に対して多数のロケット弾を発射し、直接の被害を与えたと発表。