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イスラエル軍の地上侵攻を前に「北部戦線」で戦端は開かれるか?:米軍がシリアで「イランの民兵」を爆撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Elaosboa.com、2023年10月27日

パレスチナのハマースが10月7日に「アクサーの大洪水」作戦を開始、イスラエル軍によるガザ地区への激しい爆撃が続き、大規模地上侵攻が秒読み段階に入っているなか、「北部戦線」で新たな動きが見られた。

「北部戦線」とは通常は、レバノン南部とイスラエル北部の境界地帯を指し、同地では「アクサーの大洪水」作戦開始以降、レバノンのヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗、パレスチナのイスラーム聖戦機構の武装組織であるクドス連隊とイスラエル軍が境界線(ブルーライン)を挟んで砲撃戦を続けている。

だが、新たな動きが見られたのは、この「北部戦線」のさらに北、厳密には北東に位置するシリアのダイル・ザウル県で、米軍が10月27日、シリア政府の支配下にある同県ユーフラテス川西岸に対して爆撃を実施したのだ。

「イランの民兵」に対する報復爆撃

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、爆撃は複数の戦闘機によって行われ、ユーフラテス川西岸に位置するブーカマール市近郊、マヤーディーン市近郊、そしてアシャーラ市近郊の砂漠地帯が4回にわたって狙われ、「イランの民兵」の軍事拠点1ヶ所、武器弾薬庫複数棟などが損害を受けるとともに、「イランの民兵」に所属するイラク人7人が負傷し、ブーカマール市の病院に搬送されたという。また、ロイター通信も米匿名高官の話として、シリア時間の午前4時半頃に、米軍のF-16戦闘機2機がブーカマール市近郊を爆撃したと伝えた。

シリアとイラクでは10月18日以降、「イランの民兵」、とりわけイラク・イスラーム抵抗による米軍(有志連合)の基地などへの無人航空機(ドローン)やロケット弾による攻撃が多発していた。攻撃は、「アクサーの大洪水」作戦開始以降、イスラエル軍がシリアのダマスカス国際空港、アレッポ国際空港に対して繰り返し行っている爆撃への報復として位置づけられるもので、10月27日の米軍の爆撃は、これらの報復への報復として初めて行ったものだった。

「初めて」と言ったが、ダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸が爆撃を受けるのは、「アクサーの大洪水」作戦開始以降3回目となる。1回目の爆撃は10月10日、2回目は17日にそれぞれ実施され、「イランの民兵」が物資の輸送に使用している非正規の国境通行所、「イランの民兵」の陣地や車輛が狙われた。これまでに同地に対して有人・無人爆撃機によって爆撃を行った実績があるのはイスラエルと米主導の有志連合だけで、いずれの爆撃もどちらかによるものだとは推察できたが、公式の発表はなかった。

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これに対して、10月27日の爆撃については、ロイド・J・オースティンIII米国防長官が米東部時間26日(シリア時間27日未明)に、ジョー・バイデン大統領の指示により、米軍がイラク・イスラーム革命防衛隊とその関連組織が使用しているシリア東部の施設2ヶ所に対して「自衛攻撃」を実施したと発表した。

オースティン国防長官は、攻撃がシリアとイラクで繰り返される「イランの民兵」による米軍への一連の攻撃への報復だとしたうえで、「米国は紛争を欲しておらず、これ以上の敵対行為を行う意図も願望もない」としつつ、「イランの代理人による米軍への攻撃が続く場合、我々は国民を守るためにさらに必要な措置をためらうことはない」と付言した。

米国としては、シリアに対するイスラエルの侵犯行為への報復として繰り返される「イランの民兵」にジャブを打ち、ガザ地区に対するイスラエル軍の攻撃が東アラブ地域全体に波及するのを回避しようとしたのかもしれない。だが、爆撃の規模は「イランの民兵」を沈黙させるには、不十分だったと言わざるを得ない。

「イランの民兵」のさらなる報復

米軍の爆撃を受けて、イラク・イスラーム抵抗は10月27日に声明を出し、イラクのアンバール県にあるアイン・アサド米軍基地をドローン1機で攻撃し、直接の損害を与えたと発表した。

また、シリア領内でも「イランの民兵」がさらなる報復を行った。

シリア北東部を実効支配するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュースが複数筋の話として伝えたところによると、ハサカ県のハッラーブ・ジール村近郊に米軍が違法に設置している基地(アブー・ハジャル空港基地)一帯が迫撃砲弾複数発による攻撃を受けた。

また、イランのタスニーム通信によると、ダイル・ザウル県でも、ユーフラテス川東岸のウマル油田にある米軍の「グリーン・ヴィレッジ」基地に向けてロケット弾10発が発射されたのだ。シリア人権監視団によると、この攻撃の数時間後、「イランの民兵」が保有するドローンが、「グリーン・ヴィレッジ」基地の居住区を爆撃し、複数回の爆発が発生したのだ。

占領に対する東アラブ地域の怒り

米軍がこれらの攻撃に対して再び報復を行うかは今のところ不明だ。だが、オースティン国防長官が述べた通り、シリア国内の「イランの民兵」に対する攻撃を「自衛」とする姿勢は、自衛権をもってガザ地区に対する攻撃を正当化するイスラエルと何ら変わることはない。

米国は、イスラーム国を殲滅するとして、有志連合を率いて、2014年9月にシリア領内に対する爆撃を開始、2015年以降は地上部隊を駐留させている。だが、シリアでの軍事活動は、国連での承認を得てもいなければ、シリアのいかなる当事者の了承も得ていない国際法・国内法違反である。

国際政治がアナーキズムのもとに展開している現実を踏まえると、こうした行為は実はどの国も行ってはいる。だが、ガザ地区に対するイスラエルの攻撃への怒りが東アラブ地域において高まっているなかで、米国の過剰な行動は、際限のない報復合戦を招かないとも限らない。

国際法や国際規範への違反というと、ウクライナ侵攻以降は、ロシアを非難する専売特許のようになっていた。だが、シリア人権監視団によると、10月17日、シリア駐留ロシア軍の使節団が、ダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸に部隊を展開させているシリア軍第4師団、第17師団、第18師団の司令官らと会合を開き、シリア国内での米軍に対する「イランの民兵」の攻撃への対応を協議、米軍基地を標的としないよう改めて要請したという。会合開催の真偽は定かではない。だが、こうした情報は、占領に対する東アラブ地域の怒りにいかに対応するかが、重大な関心事になっていることを如実に物語っている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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