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米軍がアサド政権崩壊後初めてアル=カーイダ系組織が跋扈するシリア北西部を爆撃:テロとの戦いの二重基準

青山弘之東京外国語大学 教授
Telegram (@mzmgr_syria)、2024年12月17日

米軍(ないしは米軍主導の有志連合)は12月17日、シャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線、「シリアのアル=カーイダ」)の牙城であるシリア北西部イドリブ県に対して無人航空機で爆撃を実施した。

米軍がシャーム解放機構の支配地に対して爆撃を行うのは、同機構が首都ダマスカスを制圧、バッシャール・アサド政権を崩壊に追い込んだ12月8日以降初めて。

英国で活動するシリア人権監視団によると、米軍が爆撃を行ったのは、イドリブ市北西約20キロに位置するアルマナーズ市とカフルタハーリーム町の間にある変電施設だという。

Telegram (@mzmgr_syria)、2024年12月17日
Telegram (@mzmgr_syria)、2024年12月17日

米中央軍(CENTCOM)はこの爆撃についてまだ声明を発表していない。

シャーム解放機構との関係構築を模索する諸外国

英国、トルコがシリアに使節団を派遣し、シャーム解放機構の指導者でシリア軍事作戦局総司令部(「攻撃抑止」軍事作戦局)司令官のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーことアフマド・シャルア氏と会談し、EU(欧州連合)が首都ダマスカスにある代表部の再開を発表する一方、米国は今のところ、シャーム解放機構との接触については認めているものの、使節団を派遣するには至っていない。米国務省がシャーム解放機構を外国テロ組織(FTO)に指定し、ジャウラーニーに懸賞金を懸けていることが主因だ。

今回の爆撃が、シャーム解放機構の幹部やメンバーを標的としていた場合、それは米国がシャーム解放機構へのテロ指定を解除しないことの意思表示と見て取ることができる。だが、最近の米軍によるシリア北西部への爆撃と同様の攻撃であった場合、それはシャーム解放機構によるシリアの実効支配を直接的とは言えないまでも、間接的に後方支援しようとするものだと解釈することもできる。

フッラース・ディーン機構を狙った爆撃

CENTCOMは9月29日、声明第20240929-01号を発表し、同月24日にシリア北西部の標的1ヵ所に対する爆撃を実施し、新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構の幹部の1人で、シリア国外での作戦を監督していたとされるマルワーン・バッサーム・アブドゥッラウーフを含むテロリスト9人を殲滅したと発表した。

英国で活動するシリア人権監視団によると、この爆撃は、ハマー県のドゥワイル・アクラード村に隣接する地域にある外国人戦闘員の本部を狙ったもので、そこには、モロッコ人、リビア人、イラク人、トルコ人、イラン人、チェチェン人指導者らがいたという。また、ニュース・アカウントの「シリア革命の咆哮者たち」によると、この爆撃で、新興のアル=カーイダ系組織のアンサール・イスラームの司令官の1人であるジャアファル・トゥルキーのグループの戦闘員2人、ジュンド・イスラーム大隊のアブー・アイユーブ・ガーブ司令官、アブー・アブドゥッラフマーン・ウサイド・ウルドゥンニー、アブー・ハムザ・シャーミーが死亡したという。さらに、シャーム解放機構メンバーが運営するテレグラムのアカウント(現在は閲覧不能)は、シャウフ・アブー・アブドゥッラフマーン(ウサイド・ウルドゥンニー)、マウラウィー・アブドゥルカリーム・バルーシー、アブー・アイユーブ・ガーブ・ハマウィー、アブー・ハムザ・シャーミー、ムッラー・アブドゥッラフマーン、アブー・アーイシャ・シャーミー、アブー・カターダ・シャーミー、アブー・ハムザ、フィダーイー・シャーミー(いずれも本名は不明)が死亡したと発表していた。

CENTCOMはまた8月24日にも声明を出し、同月23日にイドリブ県のイフスィム村とバーラ村を結ぶ街道でフッラース・ディーン機構の幹部の1人アブー・アブドゥッラフマーン・マッキーが乗ったオートバイを無人航空機で攻撃、殺害したと発表していた。

「穏健なテロ組織」と「過激なテロ組織」の峻別

フッラース・ディーン機構は、米国務省がシャーム解放機構とともにFTOにしている組織である。

今回の爆撃の標的を特定するには、CENTCOMの発表を待つ必要がある。だが、シリアにおける「テロとの戦い」において、米軍(有志連合)が攻撃を繰り返すフッラース・ディーン機構、そしてイスラーム国と、シャーム解放機構を差別化し、標的から排除する傾向を継続、あるいは強めるのであれば、それは米国が、自らがテロ組織に指定する過激派を「穏健なテロ組織」(シャーム解放機構)と「過激なテロ組織」(それ以外のアル=カーイダ系組織)に峻別していることを意味し、「テロとの戦い」というアジェンダにおいて二重基準を採用していることを再確認させるものだと言える。

なお、CENTCOMはアサド政権崩壊後、12月9日と17日にシリア領内のイスラーム国の拠点などに対して爆撃を実施したと発表している。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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