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イラク・シリア:またもや「イランの民兵」アメリカ軍を撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年10月27日早朝、アメリカ軍はシリアのダイル・ザウル県アブー・カマールでイランの革命防衛隊の施設2カ所を空爆したと発表した。アメリカ軍は、最近相次いでいたイラクとシリアでのアメリカ軍の施設への無人機やロケット弾を用いた攻撃をイランの差し金とみなし、これに対する「防衛行為」と主張している。イラクとシリアを舞台に、アメリカ(やイスラエル)と「イランの民兵」(≒イランやシリア)がこの種の軍事行動をとった例は過去にも幾度かある。ここに至るまでのアメリカ(シリア領の一部を占領し、石油をはじめとする天然資源を盗奪)、イスラエル(非軍事の社会基盤を含むシリア領の施設を日常的に爆撃)の振る舞いを見れば、多少の抵抗や妨害を受けることは当然と思われるし、そうした攻撃と反撃のやり取りは、これまで一定の「ルール」の範囲内で営まれてきた。しかし、今回は2023年10月7日以来のパレスチナでの戦闘の最中のことなので、紛争を地域全体に拡大させかねないものとしてこれまでにない注目を浴びることになるだろう。

「イランの民兵」って何?

 ところで、「イランの民兵」とは一体何だろうか?これまでも幾度か紹介してきたが、中東の諸地域でイランから資金・兵器・訓練・政治的後ろ盾を受ける非国家武装主体が「イランの民兵」と呼ばれる。イラクでは、アサーイブ・アフル・ハック、ヒズブッラー部隊、ヌジャバー運動、洞窟の仲間たち、などこれまでもイラク情勢を分析する際に言及した諸派が代表的なものだ。また、2020年1月にアメリカが「人民動員隊機構」のムハンディス司令官を暗殺した後、同人の復仇を果たそうといくつもの武装集団がアメリカ軍を攻撃した主張したが、これらほとんど単発で現れる団体も「イランの民兵」の範疇に入る。

 シリアでは、シリア紛争を通じて政府を支援した民兵諸派の中で特にイランが編成や資源提供に深く関与したものが「イランの民兵」と呼ばれる。アフガニスタンから導入されたファーティミーユーン、パキスタンから導入されたザイナビーユーンがその代表格だが、シリア国内の様々な集団からも「イランの民兵」と呼ばれる民兵が現れ、特に著名なのはバーキル旅団だ。もっとも、イラクでもシリアでも、「イランの民兵」は緩やかな連合体を汲むものの、個々の民兵間の関係は「なかよし」とは言い難い。これは、単独の強い民兵組織が発達し、イランに対しても「自我」を持つようになることを嫌う、イラン流の分割統治の結果とも考えられている。つまり、イラクの諸派が「イラクのイスラーム抵抗運動」という名義で最近の戦果を発表しているのは、どの団体が作戦を実行したのかをあいまいにするという効果をもつとともに、様々な事情で様々な程度でイランとつながっている民兵諸派がたくさんあるという現実を教えてくれることでもある。

 しかも、「イスラーム抵抗運動」という名義は、レバノンのヒズブッラー、そしてパレスチナのハマースが使用する名義であり、それが意味するところは、イスラエルの侵略と占領をあくまで武装闘争で撃退しようとする政治的立場を共にする「仲間のしるし」でもある。「イスラーム抵抗運動」を名乗ったり、これを支持したりする諸派や国家の陣営は、自らを「抵抗の枢軸」と称する。

なぜ戦闘がおこる?

 とはいえ、「抵抗枢軸」に属するどの当事者も、アメリカやイスラエルと直接干戈を交えて勝つ自信はないし、そうするつもりも毛頭ない。彼らは、あくまで「抵抗運動」として非正規戦、非対称戦で敵を消耗させ、戦意をくじくことで自らの政治目標を達成しようとしている。となると、レバノンからイスラエルに大挙越境攻撃したり、シリアを空爆するイスラエル軍機をその場で撃墜したり、イラクでアメリカ軍の車列や施設に自爆攻撃を敢行したりすることは、「抵抗枢軸」にとって賢い振る舞いではない。その結果、パレスチナでのイスラエルの行動が度を越せばレバノンからロケット弾が飛来し、イスラエルがシリアを空爆すればシリアやイラクのアメリカ軍基地にイラクからロケット弾や無人機が飛んでくるという、ちょっと回りくどい反応が出てくる。つまり、アメリカやイスラエルと本格的に交戦することも直接戦火を交えることも望まない「抵抗枢軸」は、前者の振る舞い(シリア領占領やイスラエルによるシリア領への攻撃)に怒りや不満を表明する手段の一つとしてイラクやシリアのアメリカ軍基地を(多数が死傷しない程度に)攻撃するのだ

 これに対し、アメリカとイスラエルも、相手を殲滅させようと大規模な攻撃をかけると、両国の政府や軍の高官が予測したり対処したりすることが不可能なくらいの長期的かつ負担の大きな事態になりかねない。数週間か数カ月でアメリカ(とイスラエル)の望む新しい中東を作ることができたはずのイラク戦争やシリア紛争が、現在も本質的には解決していない難題になったことは、当事者全てにとっての教訓だ。その結果、イランとシリアからの不満表明に対するアメリカ、イスラエルの反応は、一定の頻度や強度の範囲内、つまり「ルール」の範囲内で営まれてきた。結局のところ、地域的な対立や摩擦、国際的な抗争の一環としてイラクやシリアで「イランの民兵」が活動し、その結果イラクやシリアで一定の頻度で、しかも「ルールの範囲内で」戦闘が繰り返されることになる

しかし、これは国際関係談義のネタではない

 以上にように考えると、本邦はそうしたやり取りの局外にある安全地帯であり、我々は事態を国際関係談義のネタ、或いは何か経済的投機、のネタ、Yahooニュースのアクセス数稼ぎのネタとして転がしていればいいのだろうか?事態はそんな簡単ではない。というのも、例えば「抵抗枢軸」陣営の参加者は、どの位実態や実力や陣営への義理があるかを問わなければもっと広範囲にたくさんの団体が存在するからだ。イエメンのアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)は、国際場裏でどのくらい「抵抗枢軸」に付き合ってくれるかおぼつかないが、イエメンに確固たる勢力を持つ。また、数年前にUAEが弾道ミサイルや無人機による攻撃を立て続けに受けたことがあったが、それらについて「犯行声明」や「脅迫声明」を発表した「真実約束旅団」なるものもSNSや報道の世界では確かに存在している。「真実約束旅団」の実在性や実力についての評価は「あれ」な程度だが、同派は10月24日に「(パレスチナ情勢についての)我々の忍耐には限度があり、今後はクウェイトとUAEにあるアメリカ軍基地は正当な攻撃対象だ」と宣言する声明を発表した。これは、「イランの民兵」がいるのはイラク、シリアに限らないので、彼らをきっかけに邦人やその権益にも重大な危害を及ぼすような衝突もありうることは意識すべきだということだ。「抵抗枢軸」でもその敵方でも、好機があればパレスチナ、レバノン、シリア、イラクあたりの抗争の収支決算のために、とんでもない所で相手に打撃を与えることにたいしたためらいは感じないだろう。

 現在の状況はアメリカなどが「抵抗枢軸」陣営全体、あるいは少なくともその一角を徹底的に殲滅しない限り、摩擦や衝突がなくなるとは思われない状況だ。上述の通りアメリカやイスラエルがそうするためには、現在の政府や軍の高官の手に負えないくらい時間と資源が必要になる上、長期的な禍根を残す可能性も高い。となると、こちらとしては抗争の標的となったり流れ弾にあたったりしないよう最大限手段を講じると共に、当事者が「ルール」を逸脱しない範囲で戦闘の強度を制御し、それなりの意思疎通をするよう祈るなり、誘導するなりするしかない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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