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シリアで暫定憲法草案が発表され、イスラーム教を国教として明記、非常事態が復活

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリアでは12月15日、シャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線、「シリアのアル=カーイダ」)を主体とするシリア軍事作戦局総司令部(「攻撃抑止」軍事作戦局)による首都ダマスカス制圧とバッシャール・アサド政権の崩壊を受けて、ダマスカス県マッザ区の裁判所に設置された高等司法院が、シリア革命軍事作戦司令室(シリア軍事作戦局総司令部)に対して自由シリアの憲法(暫定憲法)草案を提出した。

暫定憲法草案の全文は以下の通り:

慈悲深く慈悲あまねきアッラーの御名において

シリア革命の目標に基づき、現代的で民主的な市民国家を樹立するというシリア国民の権利を信じ、シリア革命軍事司令部は移行期を規律するため、本暫定憲法宣言を発表する。

第1章 基本原則

第1条

シリアは主権を有する独立国家であり、平等な市民権の原則に基づく。その領土のいかなる部分も譲渡してはならない。

第2条

国家の宗教はイスラーム教としつつ、非イスラーム教徒の宗教活動の自由を尊重する。

第3条

国家元首の宗教はイスラーム教とする。

第4条

国家の公用語はアラビア語とし、シリア社会の諸構成集団の固有の言語を認め、その文化的権利を保障する。

第5条

イスラーム法(シャリーア)を立法の源泉とし、非イスラーム教徒の市民の権利については、その身分を彼らの信仰に即した法律に基づいてこれを保証する。

第6条

国家の政治体制は政治的多元主義、権力分立、自由で公正な選挙を通じた平和的な政権交代に基づく。

第7条

国家は人権の保護、言論と表現の自由、平和的集会の自由を保証する。

第8条

国家は女性と子どもの権利を保護し、すべての市民の平等をいかなる差別もなく保証する。

第2章 権力の構成

1. 行政府

第9条

行政府は愛国的な有能者によって構成される移行内閣に委ねられ、移行期間の国家業務を運営する。

第10条

移行内閣は以下の任務を遂行する:

1. 国家の日常業務の運営。

2. 国民の代表との協議による恒久憲法(案)の起草。

3. 自由で公正な総選挙の監督。

第11条

移行内閣は暫定立法評議会に対して透明性と説明責任を負う。

2. 立法府

第12条

立法府は、軍事諸派の代表、裁判官、弁護士、各分野の専門家で構成される暫定立法評議会に委ねられる。

第13条

暫定立法評議会の任務は以下の通りとする:

1. 移行期を規律するための暫定法律の承認。

2. 移行政府の業務を監視し、革命の原則を遵守させること。

3. 関係機関との協議による恒久憲法の枠組みの策定。

第14条

暫定立法評議会は、移行期における最高立法機関とする。

3. 司法府

第15条

司法府は独立しており、その業務へのいかなる干渉も許されない。

第16条

司法制度は高等司法評議会の監督下で再編され、公正性と透明性を確保する。

第17条

司法の判決はシリア国民の名において下され、すべての関係者に対して拘束力を有する。

第18条

移行期間を通じて以下の特別裁判所を設置する:

1. 革命特別裁判所:旧体制を象徴する指導者およびシリア国民の虐殺に関与したすべて者の裁判を担う。

2. テロ・ダーイシュ(イスラーム国)撲滅裁判所:ダーイシュおよびテロ活動に関与した者を裁く。

第19条

これらの裁判所は、公正で透明性のある裁判を保証するため、国際基準に適合した国内法に基づいて運営される。

第3章 権利と自由

第20条

国家は、言論と表現の自由、独立した報道、平和的デモの権利を、公共の安全を損なわない範囲で保証する。

第21条

すべての市民は、人種、宗教、言語、性別によるいかなる差別も受けず、法の下で平等な権利を享受する。

第22条

国家は、文化的・社会的権利を含む少数派の権利を保護し、政治生活への積極的な参加を保証する。

第23条

私有財産は保護され、法律に基づき、公共の利益に反しない限りにおいて接収されず、損害を受けた者には公正な補償が行われる。

第4章 非常事態宣言

第24条

非常事態は、本宣言の日付から1年間、シリア全土でこれを発令する。

第25条

非常事態は以下を目的とする:

1. 治安と安定の回復。

2. テロ活動の撲滅。

3. 公共財産および私有財産の保護、民間人の安全の確保。

第26条

非常事態にかかる措置の実施は、移行政府が暫定立法評議会と連携して下す決定に基づいて設置される専門委員会が監督する。

第5章 移行期

第27条

移行期間は2年を限度とし、移行政府の決定と暫定立法評議会の承認によって延長可能とする。

第28条

移行期間中に恒久憲法(案)を起草し、国民投票にかける。

第29条

移行期間中に公正で自由な総選挙は、国内外の監視の下にこれ実施し、すべての構成集団の公正な代表の実現を保証する。

第6章 一般規定と後文

第30条

国軍以外の武装民兵の設立はこれを禁止し、国軍は愛国的基準に基づいてこれを再編する。

第31条

国家はシリア国民の利益と栄光ある革命の原則に反しない限り、すべての国際条約・協定を遵守する。また、2011年以降に屈服的な協定は、シリア国民の意思に反する合意とし、その意思主権の原則のもとにこれを無効とする。

第32条

本暫定憲法の規定に反するすべての法律および制度は廃止される。

第33条

本宣言は発表日をもって施行され、恒久憲法が承認されるまでこれを有効とする。

シリア革命軍事司令部発表
発行日(西暦およびイスラム暦の日付を記入)

***

上記の草案を2012年に施行された憲法と比較すると、イスラーム教を国教と明確に規定している点に大きな違いが見られる。2012年に施行された憲法においては、第3条において以下の通り規定されている。

第3条

1. 大統領の宗教はイスラーム教である。

2. イスラーム法は立法の主要な法源である。

3. 国家はすべての宗教を尊重し、公の秩序に反しない限りにおいて、あらゆる儀礼を実践する自由を保障する。

4. 宗派の身分は保護され、尊重される。

また、1963年3月8日の「バアス革命」とともに発令され、2011年4月21日に「アラブ春」波及を受けてアサド大統領が解除していた非常事態が11年ぶりに復活し、通常法に基づかない逮捕、裁判が可能となった。

なお、2012年に施行された憲法全文については「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」所収の「備忘録4 シリア・アラブ共和国憲法の変遷(2012年憲法)」を参照されたい。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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