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続くイスラエルの爆撃と「イランの民兵」の米軍攻撃:米国は抵抗枢軸のパレスチナ支援の真価を問えるか?

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2023年10月25日

シリアへのイスラエルの爆撃と「イランの民兵」による米軍基地への攻撃が後を絶たない。

拙稿「イスラエルがシリアのダマスカス、アレッポ国際空港を再び爆撃:非難を免れる理由はどこにあるのか?」「イスラエル軍によるシリアへの爆撃の報復として、シリアに違法駐留する米軍がドローン攻撃を受ける」では、パレスチナのハマースがイスラエルに対する「アクサーの大洪水」作戦を開始し、イスラエル軍によるガザ地区への攻撃が強まって以降、10月22日までのイスラエルのシリアに対する5回、ないしは7回の侵犯行為と、23日までの「イランの民兵」による6回の攻撃について詳解した。

だが、その後も両者の攻撃は続いた。

占領下のゴラン高原からダルアー県へのイスラエル軍の砲撃

イスラエルによる6回目、ないしは8回目の侵犯行為は10月24日に行われた。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍は、ダルアー県西部から占領下ゴラン高原に向けて砲撃が行われたのを受けて、同県のアービディーン村とジャムラ村の間に展開するシリア軍所属のアービディーン連隊に向けて7発の砲弾を発射した。

イスラエル軍は午後9時頃、テレグラムを通じて発表したところによると、シリアから「イスラエル領」(占領下ゴラン高原)に対して砲弾2発が撃ち込まれ、空地に着弾、イスラエル軍は、砲弾が発射された複数ヵ所に対して砲撃で応戦したと発表した。

シリア軍の砲撃がイスラエルによる侵犯行為をもたらしことは言うまでもない。だが、それはイスラエルが1967年6月以降今日まで占領を続け、同国と米国以外、その併合を認めていないシリア領のゴラン高原に対する攻撃であった点で、責めを負うべきは占領国イスラエルであって、シリア側には何の非もない。

ダルアー県へのイスラエル軍の爆撃

イスラエルによる7回目、ないしは9回目の侵犯行為は10月25日に行われた。

イスラエル軍はX(旧ツイッター)を通じて、前日10月24日のシリアからの砲撃への報復として、イスラエル軍がシリア軍の軍事インフラや迫撃砲発射台を爆撃したと発表した。

ダルアー県が爆撃を受けるのはきわめて異例だ。

シリア人権監視団によると、イスラエル軍が標的としたのは、ダルアー県のカルファー村近郊に展開するシリア軍レーダー大隊の陣地、イズラア市近郊に展開する第12旅団の陣地、武器弾薬施設複数ヶ所、防空部隊のレーダー1基などで、士官4人を含む軍関係者14人が死亡、士官3人を含む少なくとも7人が負傷した。

また、爆撃の直後、イスラエル軍の航空機複数機がダルアー県農村地帯一帯にビラを散布した。ビラには以下の通り記されていた。

シリア軍の将兵へ

パレスチナ・テロリスト諸派はシリア領内からイスラエル領内にロケット弾を発射し続けている。シリア軍の司令官ら、とりわけ第112旅団の司令官に、シリア領内からのこうした破壊行為のすべての責任がある。イスラエルに対するいかなる破壊行為も鉄拳をもって迎撃される。

この爆撃に関して、シリア国防省は声明を出し、午前1時45分頃、イスラエル軍が占領下のゴラン高原上空方面からダルアー県農村地帯のシリア軍の陣地複数ヶ所を狙ってミサイルで爆撃し、軍関係者8人が死亡、7人が負傷し、若干の物的損害が生じたと発表した。

Facebook(@mod.gov.sy)、2023年10月25日
Facebook(@mod.gov.sy)、2023年10月25日

アレッポ国際空港への4度目なるイスラエル軍の爆撃

イスラエルによる8回目、ないしは10回目の侵犯行為も10月25日に行われた。

シリア国防省が発表した声明によると、午後1時25分午後、イスラエル軍戦闘機がラタキア県西の地中海上空からアレッポ国際空港をミサイルで爆撃し、空港の滑走路が損害を受けて利用不能となった。

Facebook(@mod.gov.sy)、2023年10月25日
Facebook(@mod.gov.sy)、2023年10月25日

アレッポ国際空港が爆撃を受けるのは、「アクサーの大洪水」作戦開始後4回目だった。シリア人権監視団によると、滑走路の復旧作業は10月26日中に完了し、空港の利用が再開された。

米軍の航空基地へのイラク・イスラーム抵抗の攻撃

10月24日から25日かけてのイスラエル軍による3回の侵犯行為に対して報復を行ったのは、今回もシリア軍ではなく「イランの民兵」と目されているイラク・イスラーム抵抗だった。

イラク・イスラーム抵抗とは、イラクのシーア派民兵からなる人民動員隊を構成するヒズブッラー大隊、バドル機構、アサーイブ・アフル・ハック、ヌジャバー運動、ジハード連隊、殉教者の主大隊、アンサール・アッラー、フラーサーニー連隊、イラク自由人旅団などからなる。イラクの人民動員隊、あるいは「イランの民兵」内の急進派とみられる諸派から構成されている。

8回目の報復は、イスラエル軍がダルアー県とアレッポ国際空港を爆撃したのと同じ10月25日だった。

イラク・イスラーム抵抗は声明を出し、ハサカ県のハッラーブ・ジール村にある米軍の基地(アブー・ハジャル空港基地)を多数のロケット弾で攻撃し、直接の損害を与えたと発表したのだ。

Alahad News、2023年10月25日
Alahad News、2023年10月25日

これに関して、同地を含むシリア北西部を実効支配するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)は複数筋の話として、イラク方面から発射された迫撃砲弾2発がハッラーブ・ジール村一帯に着弾したと伝えた。また、シリア人権監視団も、ハッラーブ・ジール村の米軍基地一帯に砲弾5発が着弾したと発表した。

シャッダーディー市の米軍基地への砲撃

9回目の報復は10月26日に行われた。

イラク・イスラーム抵抗は声明を出し、ハサカ県シャッダーディー市にある米軍基地にロケット弾多数を発射し、直接の被害を与えたと発表した。

Yemeni Press、2023年10月26日
Yemeni Press、2023年10月26日

これに関して、シリア人権監視団は「イランの民兵」が発射したと見られるロケット弾2発の爆発音が聞こえたと発表した。

一方、米軍が基地を設置し、違法に駐留しているダイル・ザウル県のCONOCOガス田でも激しい爆発が複数回にわたって発生した。これに関して、シリア人権監視団は、「イランの民兵」による砲撃との情報も流れていると発表したが、イラク・イスラーム抵抗による声明は出されておらず、10回目の攻撃とは断定できない(シリア人権監視団は10月27日、爆発が砲撃によるもので、米軍兵士複数が負傷したと発表した)。

なお、イラク・イスラーム抵抗は同日、イラク・クルディスタン地域のアルビール空港に隣接する米軍基地をドローン2機で攻撃し、直接の被害を与えたとも発表した。

Al-Manar、2023年10月26日
Al-Manar、2023年10月26日

米国は動くのか?

シリアに対するイスラエルの執拗な侵犯行為は、今のところシリア側からの報復を伴っていない。上述した通り、報復攻撃は、シリア軍ではなく、「イランの民兵」によって、シリアに駐留する米軍に対して向けられている。

米国が外国テロ組織(FTO)に指定しているイラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受ける「イランの民兵」が米軍を狙っていることは、西側陣営にとっては非道なテロとみなし得るものかもしれない。だが、米国によるシリアへの駐留は、国連の決議に基づいてもいなければ、シリアのいかなる当事者の了承も得ていない国際法上の違法行為であり、「イランの民兵」の活動は、シリア政府がこの存在を「同盟部隊」として認めている限りにおいて何らの非もない。

アントニー・ブリンケン米国務長官は10月25日、「イランやその代理勢力がアメリカの要員を攻撃すれば、迅速かつ断固として我々の安全を守る」と述べた。だが、同時に「米国はイランとの衝突も、中東で紛争が拡大することも望んでいない」と弱腰ともとられかねないは発言をしている。

イスラエルがガザ地区への地上作戦を本格化させれば、シリア軍、レバノンのヒズブッラーはイスラエルへの軍事的挑発を強めることが予想され、それに対する報復としてシリアに対するイスラエルの侵犯攻撃も激しさを増すこと、そしてイスラエルの報復に対する報復として、「イランの民兵」による米軍への攻撃が激化することは必至だろう。その時、「イランの民兵」への報復を留保している米国が毅然とした行動をとった時、抵抗枢軸と総称されるヒズブッラー、「イランの民兵」、シリア、そしてイランのパレスチナ支援の真価が問われることになる。

イスラエルによるシリアへの侵犯行為

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行ったのは、今年に入って35回目、ないしは40回目となる。このうち、「アクサーの大洪水」作戦開始以降、イスラエル軍がシリアに対して行った侵犯行為は10月26日現在、以下8件、ないしは10件である。

10月10日午後2時半頃

シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸のイラク国境に位置するブーカマール市近郊の複数ヵ所に対して、戦闘機1機が爆撃した。反体制系メディアのナフル・メディアやノース・プレスによると、これにより、イラン・イスラーム革命防衛隊が管理し、「イランの民兵」が物資の輸送に使用しているハリー村の非正規の国境通行所(鉄道通行所)、ブーカマール市一帯に設置されているイラン・イスラーム革命防衛隊の陣地複数ヵ所、パレスチナ人民兵組織のクドス旅団の陣地が狙われた。ハリー村の通行所には、爆撃時に10月9日午後にイラクからシリア領内に入った貨物車輌12輌が駐車していたという。また爆撃は、シリア領内に限られず、ブーカマール国境通行所に面するイラク側のカーイム国境通行所に近いハスィーバ地区にも及んだ。

爆撃を行った戦闘機の所属は不明だ。だが、これまでに同地に対して有人・無人爆撃機によって爆撃を行ったことがあるのは、イスラエルと米主導の有志連合以外にはない。

10月10日午後10時半頃

イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は午後10時半頃、シリア領内(シリア政府支配地)からイスラエル領内(占領下ゴラン高原)に向けて多数の砲撃があり、その直後にイスラエル軍が、砲弾が発射されたシリア領内の複数ヵ所を砲撃したと発表した。英国で活動するシリア人権監視団によると、政府支配地に砲撃を行ったのは、ヒズブッラーとともにシリア国内で活動しているパレスチナ諸派、トルコを拠点とする反体制系のシリア・テレビによるとシリア軍に所属するアービディーン連隊、マジャーヒード連隊、あるいはパレスチナ人民兵組織のクドス旅団で、イスラエル軍が砲撃したのは、シリア政府支配地(スィースワーン地区)内のシリア軍の拠点や装備だったという。

10月12日午後1時50分

シリア国防省が発表した声明によると、イスラエル軍がダマスカス国際空港とアレッポ国際空港に対して多数のミサイルで爆撃を行い、これによって両空港の滑走路が損害を受け、利用不能となった。スプートニク・アラビア語版によると、イスラエル軍は占領下のゴラン高原上空からミサイルを発射、イスラエルのチャンネル10によると、爆撃は10日のシリア政府支配地からの砲撃への報復、シリア人権監視団などによると、イランがシリアを経由してヒズブッラーに武器や装備を供与するのを阻止するのが狙いだとされた。

10月14日午後11時35分

シリア国防省の声明によると、イスラエル軍がラタキア県西の地中海上空からアレッポ国際空港に対してミサイルで爆撃を行い、これによって物的損害が生じ、同日午前8時に復旧したばかりの空港が利用できなくなった。

10月16日晩

スプートニク・アラビア語版によると、イスラエル軍の無人航空機(ドローン)複数機が首都ダマスカス西方に飛来、シリア軍がこれを迎撃した。一方、シリア人権監視団は飛来したドローンが1機だったとしたうえで、シリア軍の迎撃は失敗、ドローンは帰還したと発表した。

10月17日(時刻不明)

ダイル・ザウル県では、シリア人権監視団によると、所属不明のドローン複数機が、シリア政府の支配下にあるユーフラテス川西岸のブーカマール市近郊にあるサーリヒーヤ町一帯にある「イランの民兵」の陣地1ヵ所や四輪駆動車1台に対して爆撃を行った。爆撃による死傷者はなかった。

10月22日午前5時半頃

シリア国防省の声明によると、イスラエル軍がラタキア県西の地中海上空方面と占領下ゴラン高原方面から多数のミサイルを発射し、ダマスカス国際空港とアレッポ国際空港を爆撃、これによってダマスカス国際空港で民間の職員1人が死亡、1人が負傷、両空港の滑走路が損害を受け、利用不能になった。

10月24日晩

ダルアー県西部を砲撃(前述の通り)。

10月25日午前1時45分頃

ダルアー県西部をミサイルで爆撃(前述の通り)。

10月25日正午頃

アレッポ国際空港をミサイルで爆撃(前述の通り)。

なお、今年に入っての侵犯行為の回数を35回、ないしは40回としたのは、攻撃主体を特定できない侵犯行為が5件あるためである。5回のうち3回は「アクサーの大洪水」作戦以前の8月13日に首都ダマスカス西の山岳地帯で発生した爆発、9月5日にダイル・ザウル県ダイル・ザウル市に対して行われたドローンの爆撃、そして10月1日にダマスカス郊外県クラー・アサド村で発生した4回の爆発で(「イスラエルが「イランの民兵」を狙ってシリア南東部のダイル・ザウル県各所を爆撃:沈黙する欧米、ロシア」を参照)、残り2回は上述した10月10日と17日のダイル・ザウル県ブーカマール市近郊に対する爆撃である。

シリア国内での「イランの民兵」、イラク・イスラーム抵抗による米軍への攻撃

一方、「アクサーの大洪水」作戦開始以降、「イランの民兵」、イラク・イスラーム抵抗が米軍に対して行った攻撃は10月26日現在、以下8件、ないしは9件である。

10月19日

イラク・イスラーム抵抗が、同日にイラクのアンバール県にあるアイン・アラブ米軍基地とアルビール県にあるハリール米軍基地をドローンやロケット弾で攻撃したのに続いて、ハサカ県のタンフ国境通行所に設置されている米軍(有志連合)基地をドローン3機で攻撃した。NBC Newsは10月25日、米中央軍(CENTCOM)の話として、この攻撃で米軍兵士ら20人あまりが軽傷を負っていたと伝えた。

10月19日

ダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸のアブー・ハシャブ村近郊の砂漠地帯で、ウマル油田とCONOCOガス工場を結ぶパイプラインが攻撃を受け、大きな爆発が発生した。パイプラインは、米軍(有志連合)がシリア産のガスを盗奪するために使用しているもので、シリア人権監視団によると、爆発は仕掛けられていた爆発物によるものだった。

10月19日

シリア人権監視団によると、ウマル油田に設置されている「グリーン・ヴィレッジ」と呼ばれる米軍基地一帯に「イランの民兵」がロケット弾5発を撃ち込んだ。

10月20日

シリア人権監視団によると、米軍(有志連合)がハサカ県マーリキーヤ市近郊のルーバール(ルーバールヤー)村の農業用飛行場に設置している基地(2017年半ば頃に撤収したとされていた)近くの上空に飛来、基地に接近しようとした「イランの民兵」の無人航空機1機を迎撃、これを撃墜した。これに関して、イラク・イスラーム抵抗は10月23日に声明を出し、マーリキーヤ市近郊の基地をドローンで攻撃し、直接の被害を与えたと発表した。

10月23日

シリア人権監視団などによると、10月23日朝、タンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)上空に、「イランの民兵」のドローン複数機が飛来、うち1機が通行所に設置されている基地を爆撃した。これに対して、基地に駐留する米軍(有志連合)が迎撃、爆撃を行ったドローンを撃墜するとともに、基地を爆撃しようとした別の2機についても撃墜した。この攻撃に関して、イラク・イスラーム抵抗は声明を出し、タンフ国境通行所とルクバーン・キャンプに米国が設置している基地2ヵ所に対してドローン2機で攻撃を行い、直接の損害を与えたと発表した。

10月23日

「イランの民兵」がドローン複数機で「グリーン・ヴィレッジ」基地が設置されているウマル油田一帯を爆撃、少なくとも2回の爆発が発生した。この攻撃に関して、イラク・イスラーム抵抗は10月23日晩に声明を出し、ダイル・ザウル県にあるウマル油田とハサカ県のシャッダーディー市にある米軍基地2ヵ所に対しても複数のドローンで攻撃を加え、直接の損害を与えたと発表した。ただし、シャッダーディー市の米軍基地に対する攻撃は確認されていない。

10月25日

イラク・イスラーム抵抗が、ハッラーブ・ジール村にある米軍の基地(アブー・ハジャル空港基地)を多数のロケット弾で攻撃(前述の通り)。

10月26日

イラク・イスラーム抵抗がシャッダーディー市にある米軍基地にロケット弾多数を発射(前述の通り)。

10月26日

CONOCOガス田でも激しい爆発が複数回にわたって発生(前述の通り)。

なお、今年に入っての侵犯行為の回数を8回、ないしは9回目としたのは、10月26日のCONOCOガス田の爆発が「イランの民兵」の攻撃と特定できないためである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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