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大人の日帰りウォーキング 古道を100km歩き続けたひとり旅 最後のお寺に着いたら涙が流れてきた理由

わか子ライター

春の陽気を通り越して、初夏のような陽気の一日。今日ここまで歩いてきた距離は14kmもあり、軽く汗ばんでいる。
巡礼道は県道から林道へ入り、その後は江戸時代より残っている巡礼古道へと歩き進んだ。山道を歩くのは大変だけれど、それも楽しかった。

江戸巡礼古道と夫婦道祖神
江戸巡礼古道と夫婦道祖神

登山道のような巡礼古道は山道をどんどん登る。標高500m以上もありそうな札立峠を越えて、沢沿いを下りながら進むと霊場巡りの最後の札所に到着した。

「ようやく着いた。最後の札所(お寺)か…」
そのまま観音様のお堂の前に歩き進み、正面に立ってお堂を見上げていると何だか涙が流れてきた。
おばさん1人がお堂の前で泣いていると、とてつもなく重い物を背負っている暗い人に見えるではないかと気付く。急いで辺りを見回し、誰もいなかったのを確認してホッとする。肩にかけているタオルを手に持ち顔全体を拭いた。

自分で始めた事だった。旅を始めた頃は最後まで歩きとおせると思っていなかった。途中で投げ出さずにあきらめることなく歩く旅を続けられたのは、ただ、旅が楽しかったからだった。そして、自分の体力に合わせて無理をせず、自分のペースで続けてきて、ようやく最後の目的地にたどり着く事が出来た。この歳になって、何か一つの事をやり遂げる体験が出来るとは思っていなかった。感無量とは、こういう気持ちなのだろうか。

札所1番 四萬部寺(埼玉県秩父市栃谷)
札所1番 四萬部寺(埼玉県秩父市栃谷)

2年程前、突然思い立って始めた秩父三十四観音霊場巡りの歩く旅。西国三十三か所、坂東三十三か所の観音霊場と合わせて日本百観音霊場の1つである秩父三十四観音霊場は、埼玉県の秩父盆地周辺に札所がまとまっているのが特徴であり、他の霊場巡りに比べて巡礼しやすいと言われている。それでも一巡すると約100kmもの距離がある。ちなみに巡礼の距離では坂東三十三か所は約1300km、西国三十三か所は1000kmもあるので、秩父の観音霊場巡りは巡礼しやすいと言われているのに納得する。それでも100kmの距離だ。

都内に住んでいる私は日帰りで歩き繋げて6回目。今日は三十三番と三十四番の札所にお参りして結願の日となった。最後まで歩き通せるのは本当に感慨深い。私でもやれば出来るじゃないか。

霊場巡りをするには、これと言う決まりはない。順番通りでなくても良いし、車やバイクで巡る人もたくさんいる。でも、せっかくだから順番通りに歩こうと思い、霊場巡りをしながら秩父を歩き続けた。
巡礼を始めた頃はお参りをする札所も比較的近くにあるので、1日で何か所もお参りが出来た。観音様にお参りをして納経所で御朱印を頂くのはスタンプラリーのような気分でもあり、歩く旅を続けるモチベーションでもあった。自分の御朱印帳に御朱印を頂き、その御朱印でページが埋まっていくのを眺めて自己満足の世界に浸るのも、何気に嬉しくもあった。

納経帳を購入すると札所巡りのパンフレットを頂いた
納経帳を購入すると札所巡りのパンフレットを頂いた

そして、巡礼を続けていると大きな岩やそそり立つ崖がある場所に札所であるお寺が立てられているのに気付いた。歩く旅では自分の体力や気力、精神力を使いながら歩き続ける。はぁはぁ言いながら歩き続けて、ようやくたどり着いた場所には大きな岩と数多くの石仏が並んでいる光景や、垂直に見上げる程の大きな岩壁と、その岩壁を背にして建てられている観音様のお堂。圧倒的な迫力と神々しさを感じざるを得なかった。その光景を目の当たりにした時の気持ちは言葉には表せない。ただ、目の前を眺めていた。

札所31番観音院(埼玉県秩父郡小鹿野町飯田観音) 1700万年前の砂岩で出来た巨大な岩壁を背にしている
札所31番観音院(埼玉県秩父郡小鹿野町飯田観音) 1700万年前の砂岩で出来た巨大な岩壁を背にしている

昔の人々も同じように感じたのではないかと思った。
時代は移り変わっても人間の本質はそんなに変わらないのであれば、自然が造った雄大な景色に神秘的な何かを感じ、信仰の対象とした。

室町時代に始まったと言われている秩父の観音霊場巡りは、江戸時代には多くの巡礼者で賑わったと言われている。これまでに訪れた多くの巡礼者も同じように雄大で迫力あるこの景色を眺めて、同じように何かを感じてきた。この場所であったからこそ、日本百観音霊場に数えられる場所の1つとして、大切に守られて受け継がれてきたのだろう。(参考:秩父ジオパークHP 時代を越えた人々の聖地

札所三十四番 水潜寺(埼玉県秩父郡皆野町下日野沢)
札所三十四番 水潜寺(埼玉県秩父郡皆野町下日野沢)

三十四番の札所である水潜寺は日本百観音霊場の結願時。その観音堂は1811年(文化11年)に再建されたと言われており、2024年の213年前の歴史ある江戸時代後期の建物である。
観音様にお参りをした後、その奥にある沢山の石仏がある大きな岩の前へ進む。何だか空気が気持ち良い。
水潜寺の奥の院にある大岩は、プレートが海溝に沈み込む時に岩塊がバラバラになり泥と混ざって出来たものであると言われており、それは2憶年も前だと言う。想像すらつかない。日本列島が出来たのはいつだったかと思うと、1900万年前とある。日本列島が出来るはるか前に出来た大岩を目の前にして、その場に立って眺めた。(ジオパーク秩父:札所34番水潜寺すいせんじの石灰岩体
かつては大岩の奥に「水潜りの岩屋」と呼ばれる鍾乳洞があり、巡礼を終えた人々が岩屋をくぐり、身を清めて俗界に戻ったと伝えられている。現在は崩落の危険があり立ち入り禁止となっているため、左側に延命水と書かれた水が引かれている。延命水で手を清めた。俗界に戻る…か。

最後の御朱印を頂きに行こう。本堂にある納経所に向かい御朱印をお願いすると、ご住職が話しかけてくれた。
「峠を越えてこられたのですか。この辺りではクマの目撃情報がありますし、最近では、クマは冬眠していないのではないかと考えられているので気を付けてください」
そうなのか。ここまでの巡礼道では山の中を歩いてきたけれど、クマを含め猿や鹿にも遭わなかった。とりあえず何事もなかったことに、今更ながら安心する。そして、
「まぁ、そんな話もありますけれど、私が黒い作務衣を着て山で作業をしている姿がクマに見えているのではないかと言う説もあるのですよ。だから、山に入る時は黒以外で明るい色の赤や黄色の服を着るようしてますよ」
「それじゃないの~」と、思わず口から声が出そうになり、何とかこらえた。もしかすると、話の流れに突っ込みを入れて欲しかったのかもしれないけれど、さすがに初対面の人に突っ込みを入れられないし、クマだとも言えない。
御朱印料を納め、記入していただいた御朱印帳をリュックの中にしまう。そして、改めてお礼を伝える。やっぱりクマ見えても不思議なさそう。言えないけれど。

「もうすぐ札所前のバス停からの最終のバスの時間になりますよ。ここから駅までは7kmも距離があるからバスに乗り遅れないように気を付けてください」
秩父観音霊場巡りの最後となるこのコース。通常であれば松井田バス停を出発して何事もなく歩き進んで約11kmのコースであるが、前回の終了した場所が遠かった事や途中で道を間違えるオプションが付き、ここまで歩いた距離は約14kmにもなっている。
バスに乗る?自分に聞いてみる。
7kmか。歩くと2時間から2時間半ほどで駅まで行けそうだ。
旅を最後まで歩けたことは嬉しいけれど、このまま終わってしまうのがどうしても寂しかった。もう少し歩こうか。

三十四番水潜寺 三十三観音
三十四番水潜寺 三十三観音

お寺に向かう坂道にある三十三観音に見送られるようにお寺を降りた。
通りに出て歩きはじめると、何だか気持ちが爽やかになってきた。旅は終わってしまったけれど、また、次の旅へ出かけようか。いま、歩いている道が次の旅へとつながっていく様に感じる。
この歳になれば、人生を楽しむのは自分次第。自分が元気でいる間は自分がしたいことをして楽しもうか。

夕空に変わる前の青空がとてもきれいだった。

今回歩いたコース 約21km

Googleマイマップのスクリーンショット
Googleマイマップのスクリーンショット

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秩父の観音霊場には秩父ジオパークでも紹介されている札所が多くあり、遥か太古の地球が造り上げた大地の芸術を地質学的に説明されています。(現地では説明版も多く設置されています。)秩父ジオパークHP(外部リンク)

札所三十三番、三十四番を歩く旅(全4話)
1話:旅に出ようと車に乗って気づいた予想外の事実 ハプニング続きで始まるひとり旅
2話:穏やかな春の1日、景色やお寺を楽しみながら1日20kmを歩くひとり旅
3話:ひとり旅の私、偶然相席になった人にお裾分けを頂いてマナーに戸惑った話
4話:今回の話

前回の話(全4話)
1話:旅に出ようとして予定の電車に乗り遅れ、仕方なく乗った特急電車に驚いた話
2話:自然の中を歩いていると、面倒な社会生活に振り回されている自分が見えてくる
3話:ひとり旅の私が夫婦で車の旅をしているのを見て、うらやましいなと思った理由
4話:歩く旅の途中で御朱印を頂こうと、お金を納めたら予想外のお釣りに驚いた話

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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