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プーチン欠席でも参加希望国が急増するBRICS首脳会議――標的は米ドル一強時代の終焉

六辻彰二国際政治学者
2022年のBRICS首脳会議でのプーチン(2022.6.23)(写真:ロイター/アフロ)
  • 南アフリカで開催されるBRICS首脳会合をプーチンが欠席することに関して、アメリカは「国際的圧力の成果」を強調している。
  • しかし、その影でBRICSには約40カ国が新規参加を希望しており、そのなかには「反米」といえない国も目立つ。
  • BRICS急拡大の背景には、中ロへの親近感というより、アメリカの政策に不信感を抱く国が増えていることがあげられる。

 プーチンがBRICS首脳会合に出席しないことは大きな問題ではない。たとえプーチンが欠席しても、もはやBRICSの求心力は押しとどめられない水準に達したからだ。

波乱のBRICS首脳会合

 南アフリカ政府は7月19日、プーチン大統領がBRICS首脳会議を欠席すると発表した。プーチンはリモートで参加するとみられる。

 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカが参加するBRICS首脳会議は、8月17日に南アフリカのヨハネスブルクで開催される。

 この会議が注目された一つの理由は、プーチンが出席した場合に南アフリカが逮捕するかだった。

 プーチンにはウクライナから子どもを無理に連れ出した嫌疑で3月、ICC(国際刑事裁判所)から逮捕状が発行された。プーチンが南アに入国した場合、ICCのルールに従えば、ICCメンバーである南ア政府には本来、プーチン逮捕の義務がある。

 そのため、欧米各国だけでなく、ウクライナ侵攻を批判する南アの野党民主連合からも、プーチンを逮捕・引き渡しするべきという声があがっていた。

 これを受けて7月18日、南アフリカのラマポーザ大統領はICCに「ロシアのプーチン大統領を逮捕する義務の免責」を求めた。「プーチン逮捕に踏み切れば戦争が避けられない」というのが理由だった。

 ICC発足の根拠になった1998年のローマ規定第97条では、義務の履行に関してメンバーがICCと相談できることが定められている。

 これに関してICCが判断を示す前に、ロシア政府はプーチン欠席を発表したのだ。難しい判断を避けられて一安心という意味では、南アフリカだけでなくICCも同じといえる。

「国際的圧力の勝利」なのか

 「プーチン欠席」の結果をアメリカ国務省は歓迎し、声明で「プーチンは国境をほとんど越えられない…彼は国際的なやっかい者になった」と述べた。

 確かにプーチンは国際会議を欠席することが増えており、この点で先進国からのプレッシャーが効果をあげていることは間違いない。

 しかし、それはもはや「大事の前の小事」ともいえる。アメリカが「国際的圧力の勝利」を強調していても、BRICSに参加を希望する国はむしろ増えているからだ

 南アフリカのスークラル外相は「プーチン欠席」の発表の翌7月20日BRICS加盟希望を公式に発表した国が22カ国にのぼる他、「それとほぼ同数の国が」非公式に打診してきたことを明らかにした。

 参加の意思をすでに公式に表明した国には、サウジアラビア、イラン、インドネシア、UAE(アラブ首長国連邦)、アルゼンチン、アルジェリア、エジプト、コンゴ民主共和国、カザフスタン、バーレーンなどが含まれ、「地域の大国」と呼べる国も顔を並べている。

 8月に南アフリカで開催される首脳会合ではこれら各国の参加が承認され、今年中にはBRICS+(ブリックス・プラス)として拡大される見通しだ。

 BRICSはもともと先進国と距離を置く新興国の集まりだったが、その急拡大は先進国の求心力低下を象徴する。

米ドル一強時代の終焉か

 さらに重要なことは、BRICSがアメリカの牙城ともいうべきグローバル金融に切り込もうとしていることだ。

 南アフリカでのBRICS首脳会合では、ドルに代わる新たな決済手段の採用が合意されると見込まれている。

 その場合、BRICSのなかでも圧倒的に大きな経済力をもつ中国の人民元を土台にしたものになる公算が高い。これは国際取引における脱ドル化(de-dollarization)を進める動きといえる。

 ドルがいわゆる基軸通貨として機能してきたことは国家間取引を簡便にしてきた反面、世界中がアメリカの金融当局の判断に影響を受ける状況も生んできた。

 これを嫌う中国はすでに海外との取引で人民元による決済を普及させてきた。

 ただし、人民元をそのまま流用すれば、今度は中国の金融政策の影響を受けることになりかねないため、BRICSのなかには慎重論も根強い。そのため、すぐに人民元がドルに次ぐ基軸通貨になるとは断定できない。

 しかし、国際取引でドルを使用しない動きは新興国・途上国に広がっている。その急先鋒がロシアであることは不思議でないが、東南アジアアフリカなどでも「ドル離れ」は進んでいる。

 その背景にはアメリカの金利引き上げによって各国通貨が下落し、それが輸入品の値上がりに拍車をかけている状況への不満がある。

 さらに、中ロとの関係悪化をきっかけに、アメリカが「こちら側」につくよう各国に踏み絵を迫ったことも、逆に各国の反感を募らせたとみてよい。

 こうした不満を背景に、人民元そのままであるかないかはともかく、BRICSの新たな決済手段に期待をかける国が増えることは不思議でなく、遅かれ早かれ現実になる公算が高い。それは超大国アメリカの土台を揺るがすエネルギーを秘めている。

リスク分散の時代

 一つだけ確実なことは、「何も確実なものがない世界になりつつある」ことかもしれない。だとすると、これまで以上に各国はリスク分散を考える必要に迫られるだろう。

 フランスのマクロン大統領がBRICS首脳会議へのゲスト参加を希望したことは、この文脈から理解できなくはない(欧米各国からの冷めた反応だけでなくロシアの強い反対で立ち消えになったようだが)。

 いきなりBRICS首脳会議に出席を希望するあたりはいかにもアメリカと距離を置こうとするフランスらしく、やや行き過ぎともいえる。

 とはいえ、BRICSの求心力を無視することが非現実的であることも疑いない。それとどのように付き合うかは、新興国や途上国だけでなく、日本を含む先進国にとっても大きな課題だ。

 この観点からすれば、「プーチンが国際的なやっかい者」になったことだけフォーカスするのは短視眼的だろう。仮にプーチンが明日この世界からいなくなったとしても、もはやこの大きなうねりは止まらないのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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