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大統領が議会占拠を煽っても“責任を免れる”――アメリカを専制君主国家に近づける最高裁判決とは

六辻彰二国際政治学者
大統領選挙を前にバイデンとの第1回討論会に臨むトランプ(2024.6.27)(写真:ロイター/アフロ)
  • 2021年1月に発生した連邦議会議事堂占拠事件をめぐる裁判で、米最高裁はトランプ前大統領の責任を問えないという判決を下した。
  • トランプ前大統領は2020年大統領選挙の敗北を認めず、支持者に連邦議会の占拠を教唆したとして起訴されていた。
  • これに関して最高裁は「大統領の公務は刑事訴追から免責される」と判断したが、何を“公務”と呼ぶかの基準は明示されておらず、いわば大統領が法の上に君臨することを認める判決と批判されている。

 米最高裁は、初代大統領ジョージ・ワシントンをはじめ合衆国建国者の理念を裏切ったとさえいえる。

「大統領の公務は刑事訴追から免責」

 米最高裁は7月1日、2021年1月に発生した連邦議会議事堂占拠事件に関して、ドナルド・トランプ前大統領の罪を問わない判決を下した。

 2020年大統領選挙でトランプは“不正があった”と繰り返し、敗北を受け入れないと主張した。そのうえで支持者に対して、連邦議会に“愛国者の声を届ける” よう呼びかけた。

 これを受けて2021年1月6日、トランプ支持の群衆が連邦議会に押し寄せ、当時進められていたジョー・バイデン勝利の選挙結果を確定させるための手続きを阻止しようとしたのだ。

クリストファー・レイ長官のもと、FBI(連邦捜査局)は連邦議会議事堂占拠事件を“国内テロ”と断定し、「こうした行為を認めれば我が国の法の支配を嘲笑にさらす」と強い危機感を募らせて被疑者の起訴を進めてきた。

 その結果、1100人以上が起訴され、そのなかにはProud Boysをはじめ極右団体メンバーも数多く含まれた。

 これを扇動したとしてトランプ自身も起訴された。大統領経験者が刑事訴追されたのはアメリカで初めてのことだ。

 今回の判決で最高裁は「大統領の公務は刑事訴追から免責される」として起訴そのものが無効と判断し、有罪を認めた下級裁判所に審理を差し戻した。

 これに関してトランプは“民主主義の大勝利” と胸を張った。

トランプの“仕込み”とは

 今回の判決は今年11月の大統領選挙にも影響を及ぼすとみられる。

最高裁は“反乱の扇動”があったかには触れていない。しかし、そもそも大統領時代の言動が基本的には罪に問われないという判決が下ったことで、トランプが“正当な候補者”として改めて認知されたといえる。

 6月27日に行われたバイデンとトランプの討論会は全米に中継された。その評価をめぐる世論調査でトランプは47%の支持を集め、バイデン支持の41%を上回った。

 最高裁判決を追い風にトランプの選挙活動は今後さらに加速するとみられるわけだが、その最高裁判決はトランプの“仕込み”の成果ともいえる

 今回の判決を下した最高裁判事9人のうち賛成は6人、反対は3人だった。このうち賛成派の半分、3人はトランプ自身が大統領時代に指名した。

 アメリカでは定年退職や死亡で最高裁判事に空席ができた場合、その時の大統領が指名することになっている。

 つまり、少なくとも結果的に、トランプ自身が指名した最高裁判事がトランプ復活を後押ししたことになる。

どこまでが“公務”か

 ただし、今回の判決には多くの異論や批判も噴出している。バイデンは“法の支配を侵食する”と非難した。

 法律の専門家からの批判も多い。ペンシルバニア大学のクレア・フィンケルシュタイン教授は今回の判決が「将来の大統領に“免責”に基づく行動を取らせかねない」と警戒感をあらわにする。

 その最大のポイントは、判決が「大統領の公務は刑事責任を訴追されない」としながらも、何が“公務”がを明確にしていないことだ。

 原則的に選挙活動は政治家としての活動ではあっても、公職者としての業務ではない。

 トランプ免責を確定した最高裁判決に従うなら、根拠を示さないまま「選挙に不正があった」とツイートしたのも、支持者に向けて連邦議会占拠を教唆したのも、大統領としての公務だったことになる。

 しかし、そこには疑問の余地が大きい。

 最高裁は「公務でない活動に免責は適用されない」と補足しているが、公務とそれ以外を区別する基準が示されていない以上、当人が「大統領としての仕事だ」と言い張れば、大統領の座にある者は基本的に何をしても罪に問われないことになる。

建国の理念への裏切り

 それは大統領が法の上に君臨することを意味する。それでは“独裁者”や“専制君主”と変わらない。

 判決に反対した最高裁判事の一人、ソニア・ソトメイヤーの言い方を借りると、

 「SEALチーム6(国際テロ組織アルカイダ創設者オサマ・ビン・ラディンの殺害作戦などを実行した海軍特殊部隊)にライバル暗殺を命令したら?それも免責だ」。

 とすると今回の判決はアメリカ建国の理念に反するとさえいえる。

 初代大統領ジョージ・ワシントンら建国の指導者たちは大統領にいかに強い権限を持たせるかではなく、大統領の権限をいかに制約するかに心血を注いだ。アメリカの独立はイギリスの専制君主制への拒絶だったからだ。

 その結果として成立したアメリカ合衆国憲法ほど三権分立が厳格に定められている憲法はないといわれる。19 世紀の半ば、建国から間もないアメリカを訪問したフランス人アレクシ・トクヴィルは「アメリカほど法律が万能の国はない」と慨嘆した。

 これに対して、今回の最高裁判決は、大統領が法に縛られることなく権力を行使できる余地を広げた。いわば法の支配ではなく人の支配に大きく傾いたということだ。

 選挙に勝ちさえすれば、建国者たちが拒絶した専制君主とあまり変わらない権力者にもなれる。これが「偉大なアメリカ」なのかは大いに疑問といわざるを得ないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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