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米国はトランプ後も保守化するか――若手が最高裁判事に抜擢される理由

六辻彰二国際政治学者
最高裁判事に指名されたエイミー・バレット氏(2020.9.26)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領は48歳のエイミー・バレット氏を最高裁判事に指名したが、これまでにも若手の判事を相次いで指名してきた
  • アメリカの最高裁判事には任期や定年がなく、事実上の終身制が採用されている
  • 最高裁判事にベテランではなく若手を登用することで、トランプ大統領はいずれ表舞台から去った後も、影響力を長く及ぼすことになる

 トランプ大統領は自分が大統領でなくなった後も長期的にアメリカが保守化し続けるための布石を打っている。

保守派女性判事の抜擢

 トランプ大統領は9月26日、連邦最高裁判事にエイミー・バレット連邦高裁判事を正式に指名した。バレット氏の指名は、ルース・ギンズバーグ判事が9月18日に死去したことを受けてのものだ。バレット氏が最高裁判事となれば、女性として史上5人目となる。

 バレット氏は48歳。ノートルダム大学ロースクールを首席で卒業し、保守派として知られたアントニン・スカリア最高裁判事の調査官を数年間務めた後、母校で教鞭をとってきた。

 私生活では弁護士である夫と7人の子どもをもつ。子どものうち2人はハイチから引き取った養子である。ノートルダム大学の同僚によると、毎朝4時から5時に起床し、早朝からジムに通っているという。

 いわば絵にかいたような「成功したキャリア女性」である一方、バレット氏は敬虔なカトリック信者でもあり、アメリカで政治問題になりやすい人工中絶や同性婚などには否定的な論調で知られてきた。バレット氏はその著作のなかで「生命は受精の段階で始まる」と述べているが、これは人工中絶を「殺人」として認めない立場(いわゆるプロ・ライフ)を示す。

 これに加えて、バレット氏には移民規制への賛成、銃規制への反対、そして国民健康保険(オバマケア)への反対など、トランプ政権を支持する論調が鮮明だ。

保守派優位の司法府

 ギンズバーグ判事が死去した後に行われた世論調査では、アメリカ市民の62%が「後任の最高裁判事は11月の大統領選挙の勝者が決めるべきだ」と回答している。後述するように、最高裁判事の権限は大きく、有権者の反応はこれを踏まえたものといえる。

 トランプ大統領の指名はこうした世論を押し切ったもので、議会上院がこれを審議・承認すれば、バレット氏が正式に判事となる。その場合、定員9名の最高裁判事の構成はリベラル派3人に対して保守派6人となる。

 そのため、今回の人事を「11月の大統領選挙に敗れた場合の布石」とみる見方もある。

 アメリカではコロナ蔓延を受けて郵便投票が進められているが、投票率が高くなることはトランプ大統領にとって不利であるため、郵便投票そのものに反対している。つまり、選挙結果によっては法的闘争に発展することも予想されるため、バレット氏の指名は有利な最高裁判決を勝ち取るための手段というのである。

 この見方は大筋で当たっているだろう。

 しかし、それだけが理由ではない。トランプ大統領がバレット氏を選んだことは、長期的にアメリカを保守化するための作戦とみられるからだ。

若手判事の相次ぐ登用

 そこでポイントになるのが年齢だ。

 トランプ大統領はその就任以来、すでに2人の最高裁判事を指名しているが、このうちネイル・ゴーシュ判事は2017年に50歳で、バレット・カバノー判事は2018年に53歳でその座に着いた。今回、指名されたバレット氏は48歳で、さらに若い。

 これに加えて、バレット氏には実務経験が少ない。先述のように、バレット氏のキャリアのほとんどは研究者・教育者としてのものだ。その保守的な主張によってトランプ政権の目にとまり、2017年に第7巡回区控訴裁判所判事に任命されたものの、判事として十分なキャリアを積んできたとは言いにくい。

 経験やキャリアをあまり重視しない若手の人事は、最高裁だけではない。

 ホワイトハウスの発表によると、トランプ大統領は就任から44人の巡回区控訴裁判所判事と112人の地方裁判所判事を任命してきたが、その数の多さは近年の大統領では際立っており、しかもほとんどが50歳以下だった。これはオバマ政権時代の平均年齢と比べると、10歳以上若い。

若手を起用する意味

 高齢者が社会的影響力を握る日本からみれば、若手を相次いで登用することは羨ましくも映る。

 しかし、そこにはトランプのアメリカ保守化作戦の真髄がある。つまり、退職まで年数の長い者を任命し、司法府を保守的な人員で固めることで、トランプ政権の後にまでその影響力を残そうとしているとみられるからだ。

 とりわけ重要なのが最高裁判事である。アメリカでは最高裁判事に任期や定年がなく、病気などの理由で本人が辞任しない限り、基本的には終身制だ。

 三権分立が確立したアメリカでは、最高裁の判決は、しばしば政府や議会の決定を覆す。しかし、大きな権限をもつだけに、その人事は政治的なものになりやすい。最高裁判事の立場を保護する終身制は、司法が政治の介入を受けにくくするための制度といえる。

 ところが、その時々の権力闘争に巻き込まれないようにするための人事制度が、今や別の意味で政治的になりつつある。たとえ今年の選挙に勝ったとしても、大統領の任期が二期に限定されている以上、トランプ氏が大統領であり続けられるのは最長で4年と少しだが、トランプ氏によって最高裁に送り込まれた若手の保守派判事は、20年前後あるいはさらに長くその座に留まることになる。

 そのため、いずれトランプ大統領が政治の表舞台から退場し、政府や議会を民主党が奪還したとしても、保守派が裁判所を牙城にして中絶、同性婚、移民規制、銃規制などに関するリベラルな法律や大統領令を差し止めることが可能になる。それはトランプ政権の残像が長くアメリカを覆うことを意味する。

終身制の功罪

 イギリスの専制支配から独立を果たしたアメリカの建国者たちは、権力の集中を何より恐れて、厳格な三権分立を打ち立てた。政治の介入を受けにくい最高裁判事の人事制度は、その象徴だ。

 しかし、先人が知恵を絞ったどんな制度も、後の時代の人間の使い方次第では、本来の趣旨とかけ離れたものにもなる。

 最高裁判事の終身制を逆手にとることで進む司法の政治化により、アメリカの保守化はトランプ大統領による一過的なものではなく、構造化されつつあるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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