2024米大統領選の異変――差別的発言を繰り返したのに…トランプ支持の黒人が増加する理由
- 今年11月の米大統領選挙に立候補しているトランプ元大統領は、黒人などマイノリティの間で支持を増やしている。
- 大統領時代を含めてトランプには差別的言動が目立ち、これまでマイノリティの支持は薄かった。
- 黒人やヒスパニックの過半数がトランプ支持に回る公算は低いが、それでも民主党の「牙城」を切り崩せればトランプ陣営にとって成功といえる。
ドナルド・トランプが再び大統領になれるかを左右するのは、これまでその差別的言動の標的になってきた黒人やヒスパニックかもしれない。
「黒人が殺されようとしている」
ニューヨークの下町ブロンクスで5月23日、トランプ支持者が大規模な集会を行った。
アメリカに詳しい人なら違和感を抱くかもしれない。ニューヨークはトランプの地元だが、そのなかでブロンクスといえば住人の多くが黒人やヒスパニックだからだ。
トランプには大統領就任以前から差別的な言動が目立ち、実際2016年大統領選挙で黒人有権者のうちトランプに投票したのは6%、ヒスパニック有権者でも28%にとどまった。
そのトランプはブロンクスの集会で「黒人やヒスパニックが殺されようとしている」と叫び、聴衆の喝采を浴びた。
これはバイデン政権による移民政策への批判から飛び出したものだ。
メキシコとの国境には、バイデン政権が発足した2020年末から毎月約20万人のペースで中南米から不法移民・難民申請者が押し寄せている。トランプにいわせると、「何百万人もが国に入ってくればネガティブな影響は避けられない。黒人やヒスパニックは仕事を失い、家を失い、全てを失いかねない」。
もちろん、そこには「自分が大統領だった頃にはこんなことはなかった」という含みがある。
トランプ陣営のマイノリティ取り込み
その外国人嫌悪や過剰表現は以前からあまり変わっていないので、ここではこれ以上触れない。
ここでの問題は、なぜトランプが黒人やヒスパニックにアプローチしているかだ。
結論的にいえば、今年11月の大統領選挙をにらんでトランプ陣営は、これまで疎遠だったマイノリティの取り込みを進めている。
実際、黒人有権者に限ってみてもトランプ支持が17%にまで増えたという調査結果もある。
トランプ陣営のアプローチはマイノリティのバイデン離れと軌を一にしている。
AP通信などによると、2020年大統領選挙でバイデンは全米の黒人票の91%を獲得したが、今年2月段階でバイデン政権の仕事ぶりを評価する黒人有権者は42%にとどまった。
バイデン不人気の最大の要因は、インフレなどによる生活苦への不満だ。
これにウクライナやガザなど国外の戦争に対する支援の多さが拍車をかけている。
とりわけガザ侵攻の人道危機に関しては黒人の方が総じて白人より批判的で、カーネギー財団の調査では黒人有権者の95%はアメリカ政府がイスラエルに「揺るぎない支持」を示すことに反対している(白人は77%)。
「自分こそ黒人の苦難を理解できる」
この状況のもとでトランプ陣営は、マイノリティとりわけ黒人の切り崩しを目指している。
ブロンクスでの集会はその一環であり、マイノリティを前にあえて不法移民問題をとり上げることは、黒人やヒスパニックに「アメリカの一員」としての認知を与える効果がある。
それは「アメリカ白人と対等であること」を望むマイノリティ(全員ではないが)の琴線に触れるものだ。トランプが実際にどう考えているかは問題ではない。
それだけでなく、トランプはしばしば「アメリカ社会で黒人が虐げられてきた」と強調しているが、それは「自分こそ黒人を深く理解できる」というメッセージになる。
今年2月、共和党予備選挙が全米で最初に行われたサウスカロライナ州でトランプは「黒人は警察に不当な逮捕を繰り返されてきた」と強調し、自分と重ね合わせた。トランプは2021年1月、大統領選挙の無効を叫ぶトランプ支持者が連邦議会議事堂を占拠したとき、これを煽動した疑いなどで裁判にかけられている。
つまり、「不当な司法手続きに苦しめられている点で自分と黒人は同じ」というのだ。
そこではトランプ政権末期の2020年、黒人青年ジョージ・フロイドが白人警官によって殺害された事件をきっかけにBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が広がった際、抗議活動の「強硬な取り締まり」を各州に求めたことなど、当然のようにお首にも出さない。
【補足】最高裁の判決で有罪が確定しない限り「被疑者」のままトランプは選挙活動ができる。だから司法闘争を続けて時間を稼ぎ、11月の大統領選挙で勝ちさえすれば大統領特権で裁判を免れられる、というのがトランプ陣営の戦略とみられている。
一部でも取り込めれば「成功」
とはいえ、マイノリティの大多数がトランプ支持に切り替わることは想定できない。
1960年代の公民権運動で支援されて以来、マイノリティとりわけ黒人には民主党支持が鮮明で、たとえバイデン政権が不人気でも、この構図が劇的に変動することは想定できない。
実際、ピュー・リサーチ・センターが4月に行った世論調査では、バイデン支持の黒人有権者は77%だったが、民主党支持の黒人有権者は83%にのぼった。
それでもトランプ陣営にしてみれば、民主党の「牙城」であるマイノリティの一部でも切り崩せられれば成功といえる。
SNSなどの普及した現代では、個人ごとに判断が分かれやすくなっているが、この状況でアメリカの政治家は人種や宗教といった属性ごとにまとまった票をかつてほど期待しにくくなっている。黒人有権者が示した反トランプ感情が、わずか8年前の2016年大統領選挙と比べて変化したことは、こうした社会の変化を示す。
同じことはユダヤ人に関してもいえる。ユダヤ人もやはり伝統的に民主党支持者が多いが、ガザ問題に関しては賛否が分かれ、特に若年層ほどバイデン政権のイスラエル支援に批判的だ。また、もともとトランプの支持基盤である白人保守層の間でも、連邦議会議事堂占拠事件をきっかけに、トランプと距離を置く動きもみられる。
つまり、トランプ陣営にとって、バイデンに愛想をつかしたマイノリティをかき集めることは、白人保守層のなかで生まれた「穴」を埋めることになる。
アメリカの分断ver.2
ただし、バイデンに批判的なマイノリティがトランプ支持に回るとは限らず、むしろ「どちらにも投票したくない」と思う人も増えている。
その場合、日本でも選挙の棄権率が高ければ固い票田をもつ政党が有利になるのと同じで、「バイデンもトランプも嫌」と思う有権者が増える状況のもと、「絶対トランプに(あるいはバイデンに)投票する」と強い意志をもつ少数派をいかに増やせるかが勝負どころになる。
現在のアメリカ民主主義のルールでは、選挙の最終的勝者が有権者の過半数から支持されていなくても問題ないからだ。
この背景のもと、トランプもバイデンもより穏当な立場を示すより、いわば振り切れた態度をみせやすくなっている。
そのなかでトランプ陣営は黒人やヒスパニックの一部の支持を勝ち取りつつあり、このこと自体アメリカの分断がさらに進み、人種や宗教といった属性に基づく有権者がこれまでより細分化されたセルに分かれていく現状を示唆するのである。