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ライスにかけるのは「ルー」ではない? 今さら聞けないカレーの秘密

山路力也フードジャーナリスト
ライスの上にかかっているものは何なのか。

インドではなくイギリスから伝わった日本のカレー

日本のカレーはイギリス経由で伝わってきた。
日本のカレーはイギリス経由で伝わってきた。

 猛暑が続く今年の夏、夏と言えば「カレー」という方も少なくないだろう。ラーメンと並び日本人の「国民食」として愛されている「カレー」だが、日本にカレーという料理が伝わったのは、1873(明治5)年に発刊された「西洋料理指南」で紹介されたのが最初だと言われている。いわゆる大航海時代にインドのスパイス文化がイギリスに伝わり、それが文明開化で西洋の文化が流入してくる中で日本へやってきた。

 一般的に私たちがカレーと認識している料理のルーツがインドにあることは間違いない。しかしながらインドにはカレーと呼ばれる料理は存在しない。スパイスを使ったインドの煮込み料理などをイギリス人が「カレー」として一括りにして伝えたことから、特に欧米圏などでカレー(Curry)という料理として知られるようになったとされている。

 スパイスに慣れ親しんでいるインドでは、様々なスパイスを家庭ごとにミックスして使うのが一般的だったが、イギリスでは『Crosse & Blackwell』(C&B)が、混合したスパイスを「C&Bカレーパウダー」として発売したことから、家庭料理やパブなどで「curry and rice」として広まり、それが日本にも伝わってきた。そこから日本独自の進化を遂げていくのは、中国で生まれたラーメン同様、日本のお家芸といったところでもあるだろう。

「インドカレー」はインドにはない

地方によって様々な食文化があるインドではカレーも様々。
地方によって様々な食文化があるインドではカレーも様々。

 日本のカレーが小麦粉などでとろみをつけているのは、イギリスやフランスなどの西洋料理の手法によるもの。よって本場のインドのカレー的なスパイス料理とは異なる。それらを便宜上「インドのカレー」と称するが、一言で「インドカレー」と語れるような料理はインドにはない。

 インドは日本の約9倍という広大な国土を持ち、人口も14億4,170万人と中国を抜いて世界1位を誇る(世界人口白書2024)。気候や文化が異なる中で当然ながら食文化も地域ごとに異なるため、インドの中でカレーも様々な味わいやスタイルが存在する。

 ざっくりと大別するだけでも北インドと南インドではカレーに大きな違いがみられる。首都のデリーがあるインド北部のカレーは、ソースに乳製品や油分などがたっぷりと使われており、比較的とろみが強いのが特徴。鶏肉なども多用し、日本でも人気が高い「バターチキン(ムルグマッカニー)」は北インドのカレーを代表するメニュー。小麦の収穫が盛んなので、ナンやチャパティ、ロティなどと共に食されることが多い。

 チェンマイやムンバイ、バンガロールなどで知られるインド南部のカレーは、北インドと反対にサラリとしてスパイシーなソース(スープ)が特徴。ココナッツミルクやヨーグルトなども使っており、さっぱりとした口あたりのものが多い。肉類よりも野菜や豆類、魚介類を多く使い、主食が米ということもあり「バスマティライス(インディカ米/長粒種)」と共に食される。米やアチャール(漬物)などと一緒に混ぜて食べる「ミールス」のスタイルも一般的だ。

ライスにかけるのは「ルー」ではない

ライスにかけるのは「ルー」ではない。
ライスにかけるのは「ルー」ではない。

 よくテレビなどで「カレーのルーが美味しい」とか、カレー専門店でも「ルー増量」などの文字が見られることがあるが、カレーライスのライスにかけるものを「ルー」と呼ぶのは厳密に言えば間違いだ。「ルー(roux)」とは、小麦粉をバターで炒めてソースなどのとろみを出すために作られるもの。炒める時間や度合いによって、その色や香りが変化し、様々な料理に使われる元となるものを「ルー」と呼ぶ。

 日本式のカレーを作る過程において、味わいや粘度などを出すために「ルー」を使うことはあっても、完成したものは「カレールー」ではなく「カレーソース」と呼ぶべきものだ。その「ルー」をベースにスープやスパイスなどを加えた固形の商品を「(固形)ルー」と呼んだことから、誤用が広まったのではないかと推測される。

 ちなみに日本の「カレールー」商品の元祖は、1914(大正3)年に、東京日本橋の『岡本商店』が発売した「ロンドン土産即席カレー」とされているが、この商品は粉末状のものだった。現在主流となっている固形ルーが誕生したのは戦後のこと。また、世界初となる市販用レトルトカレーとして「ボンカレー」が誕生したのは1968(昭和43)年のことだ。

 世界各国にカレーが存在しているとはいえ、日本ほどのカレー文化を有する国はない。カレーだけを提供する専門店が存在するのは世界広しと言えど日本だけだと言われている。カレーライスのみならず、カレー南蛮やカレーラーメン、カレーパンにカレー味のスナックなど、カレーと名の付くものがこれほどあるのも日本だけだ。カレーについてもっと知って、美味しく楽しくカレーを食べて夏の暑さを乗り切ろう。

※写真は筆者の撮影によるものです。

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フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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