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空爆前にガザ住民に避難を呼びかけ――イスラエル軍の“人道的配慮”の先にある最終目標とは

六辻彰二国際政治学者
ガザ中部ヌセイラトでイスラエル軍の空爆を受けた集合住宅(2024.7.20)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエル軍は空爆を行う際、事前に住民にガザ南部の“人道地域”へ避難するよう呼びかけることが増えている。
  • しかし、それは人道的配慮というより、ガザ住民を一ヶ所に移動させ、封じ込めるための手段とみた方がよい。
  • 米バイデン政権は停戦合意に向けた働きかけを強めているが、これがかえって“妥協を強いられる前にゴールに近づく”ための軍事活動にイスラエルを向かわせる公算は高い。

避難の呼びかけは人道的配慮か

 イスラエル軍は7月初旬以降、ガザ地区の各地で上空からビラを巻いて住民に避難を呼びかけている。

 このうち最大都市ガザ市では7月10日、ガザ市の南方にある“人道地域(後述)”に逃れることが呼びかけられた。

 こうした呼びかけは一見、市民の犠牲を減らすための“人道的配慮”とも映る。

 しかし、全く別の見方もできる。イスラエルはガザ住民を居住地から離れさせ、一ヶ所に集めようとしている、ということだ。

 これまでの歴史を振り返ると、イスラエルは1948年以降パレスチナ人を居住地から追い立ててきた。ガザ地区を含むパレスチナ一帯をイスラエルが実効支配するためだ。

 その際“安全のため”、“土地開発のため”とさまざまな理由がつけられた。しかし、“自発的移住”を推奨しても実態としては強制退去に等しいものだった。

イスラエル地上部隊の侵攻にともないハーン・ユニスを逃れるパレスチナ人(2024.1.27)。
イスラエル地上部隊の侵攻にともないハーン・ユニスを逃れるパレスチナ人(2024.1.27)。写真:ロイター/アフロ

 とすると、ガザ住民への避難の呼びかけをハマスが“イスラエルの心理戦”と呼ぶのは不思議ではない。

 補足すると、「この土地にはもういられない」と思わせるため、学校、病院、難民キャンプなど民間施設を重点的に攻撃することは、ガザ以外の戦場でも用いられる手段の一つである。

パレスチナ問題の“最終解決”

 そのうえイスラエル軍はガザ住民に避難を呼びかけながら、実際に避難できる土地を削りとりつつある

 ガザ南部のアル・マワシ周辺は昨年以来、イスラエルによって“人道地域”に指定されている。ここに避難するよう、イスラエルはガザ市、第二の都市ハーン・ユニス、南部の中心都市ラファなど大都市の住民に呼びかけている。

 しかし、アル・マワシはもともとアクセスが悪く、ガザの他の地域に比べても、国連をはじめ援助団体の活動が難しい。そのため物資不足は深刻で、“全く人道的でない”と証言する避難民も多い。

 さらに7月22日、イスラエル軍はアル・マワシ東部が“ハマスの拠点になっている”と主張し、この地域を“人道地域”から除外した。

 戦力に劣るハマスが民間施設や人道地域を利用していることは想像に難くない。

 しかし、イスラエル軍がこの地にガザ住民を封じ込めようとしていることもまた否定しにくい。アル・マワシ周辺からガザ地区外に通じるルートはほぼ全て、“ハマスが武器などを密輸するのを防ぐ”という名目でイスラエル軍が封鎖しているからだ。

 つまりイスラエルは“人道”や“対テロ作戦”を大義に、ガザ住民を荒野に追い込もうとしている(あるいはアル・マワシに誘導したうえで攻撃する)とみてよい。それはアメリカ大陸やアフリカなどで入植者が先住民族を狭い居留地に閉じ込めたのと似た発想だ。

アメリカとイスラエルの駆け引き

 イスラエルによる軍事活動のエスカレートは同盟国アメリカの焦りも生んでいる。

 ベンジャミン・ネタニヤフ首相は7月25日、ホワイトハウスでジョー・バイデン大統領と会談した。

 ネタニヤフ訪米の最大の焦点は、アメリカが5月に提示した停戦案が成立するかにある。

 バイデンはイスラエル向け軍事援助を続ける一方、停戦合意をレガシーにしたがっているとも指摘される。アメリカでもガザ侵攻に批判が高まっているからだ。

 実際、ネタニヤフは7月24日に米議会下院でこれまで通り支援を求めたが、40人近くの議員が演説をボイコットし、議事堂周辺では数千人が抗議デモを行った。

 ポスト・バイデンの大統領選挙をリードするドナルド・トランプとカマラ・ハリスはそれぞれ理由は異なるが、どちらもイスラエル支援にバイデンほど熱心ではない。

ホワイトハウスそばでネタニヤフ逮捕を求めるパレスチナ支持のデモ隊(2024.7.25)。伝統的にイスラエル支持が鮮明なアメリカでさえガザ侵攻への批判は日増しに高まっている。
ホワイトハウスそばでネタニヤフ逮捕を求めるパレスチナ支持のデモ隊(2024.7.25)。伝統的にイスラエル支持が鮮明なアメリカでさえガザ侵攻への批判は日増しに高まっている。写真:ロイター/アフロ

 つまりネタニヤフからすれば、ガザ侵攻がさらに長期化した場合、これまでのようなアメリカのバックアップを期待しにくい

 この状況でネタニヤフ訪米直前にアメリカ政府が“停戦合意は近い”という見方を示したのは、合意条件をめぐって交渉を引き伸ばしてきたイスラエルに暗にプレッシャーを与えるものだったといえる。

アメリカの働きかけの逆説

 ただし、アメリカが停戦を求めれば同盟国イスラエルは従うという単純な話ではない。

 アメリカによる停戦の働きかけには一つの逆説がある。

 イスラエルに実効力ある働きかけをできる国はアメリカしかないが、そのアメリカが慎重な判断を求めるほど、拘束を嫌がるイスラエルはかえって軍事活動を加速させてきた、ということだ。

 つまり、世界中で嫌われるなか、問題行動をむしろエスカレートさせることで、アメリカにイスラエルの言い分を呑ませようとする行動パターンである。それは以前からみられたものだが、ガザ侵攻後もほぼ同様だ。

 例えば、バイデン政権が停戦案を提示した5月にイスラエル軍は、それまで戦火から離れ、援助団体などの拠点になっていたガザ南部ラファへの攻撃を本格的に開始した。

 バイデン政権が懸念を伝えるなか、それを押し切った格好だった。

 とすると、任期終了が視野に入ったバイデンがこれまでになく停戦合意に向けて働きかけを強めるほど、イスラエルは“妥協を強いられる前に少しでもゴールに近づいておく”ことを目指して、ガザ住民をアル・マワシに封じ込めるための作戦を加速させかねない。

 ワシントンにおける同盟国同士の駆け引きは、イスラエルによるガザ占領の既成事実化と、どちらが早いかのレースになっているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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