バイデン政権とは何だったか――“超大国であろうとして空回り” トランプとハリスそれぞれの打開策
- 一期限りで終わることが確定したバイデン政権は、アメリカが超大国として振る舞うことにエネルギーを注いだといえる。
- しかし、かつての力が失われているなか、冷戦時代さながらに超大国として振る舞おうとしても、矛盾や限界がかえって浮き彫りになった。
- 大統領選挙で有力視されるトランプとハリスそれぞれの方針からは、バイデンが苦闘した“空回り”を乗り越える二つの道をうかがえる。
ジョー・バイデンは超大国・アメリカの残影に取りつかれた大統領だったといえる。
超大国としての“空回り”
全く意外だったわけでもないが、バイデンが大統領選挙から撤退したことは、やはり世界に大きな衝撃を与えた。
現職大統領が再選を目指して立候補しながら、大統領選を途中で離脱というのは極めて異例だ。
支持率低下に歯止めが効かず、共和党トランプに対抗できないという危機感があったとはいえ、支持者の間で大統領に“撤退”要求が公然とあがったことも異例だった。
そのバイデン政権を改めてふり返ると、そこには超大国として振る舞おうとして空回りしてきた姿が浮かぶ。
バイデン政権はアメリカの歴代政権以上に自由と民主主義を世界へ発信し続けながら、それまで以上に自由と民主主義の信頼を損なってきたからだ。
“民主主義vs.権威主義”の虚構
バイデン政権の“空回り”はトランプ政権への反動から生まれた。
2016年に誕生したトランプ政権は孤立主義的な“アメリカ第一”を掲げた。しかし、一方的な関税引き上げは対中関係だけでなく、同盟国との関係さえギクシャクさせた。
その反動でバイデン政権は日欧などの同盟を重視し、その結束に基づいて中国やロシアと対抗しようとしてきた。
“民主主義vs.権威主義”の構図はトランプ政権末期にペンス副大統領(当時)らが口にし始めたが、バイデン政権期に本格化した。バイデンは就任後、世界各国に呼びかけて“民主主義サミット”を開催し、アメリカを中心とする陣営の形成をアピールしたのだ。
ところが、民主主義サミットは当初から実態が疑わしいものだった。
100カ国以上の参加国にはトルコ、インド、コンゴ民主共和国など、選挙を行っているとはいえ、反政府批判を抑圧したり、マイノリティに対するヘイトを黙認したりする途上国・新興国の政府が少なくなかったからだ。
そのうえ参加国の大半はウクライナ侵攻後もロシア制裁に協力せず、中国との取引も従前通り続けた。
ガザ侵攻が浮き彫りにしたもの
こうした矛盾を都合よくスルーする態度は、ガザ侵攻でさらに鮮明になった。
バイデンはロシアによるウクライナ侵攻を戦争犯罪と批判しながら、ガザ侵攻に関しては国連加盟国の大半が即時停戦を求めるなか基本的にイスラエルを擁護し、軍事援助を続けてきた。
アメリカの歴代大統領には多かれ少なかれこうしたダブルスタンダードが目についたが、バイデンは特にそれが目立つ一人だったといえる。
もっとも、それはバイデン個人の資質というより、アメリカの力が衰えた結果とみた方がいいだろう。
世界銀行の統計によると、世界全体のGDPに占めるアメリカの割合は1989年の冷戦終結段階に約28%で、2022年にはこれが25%程度で微減にとどまったが、同じ時期に中国は2%弱から約17%にまで急伸した。
つまり、アメリカが相変わらずNo.1であるとしても、かつてほど圧倒的な優位は失われている。
そのなかでバイデンは冷戦時代さながらに世界のリーダーとして振る舞おうとしたわけだが、もはやアメリカ自身が白を黒と言いくるめるだけの力を失っている以上、自由や民主主義といった言葉だけが余計に空回りしやすくなったといえる。
トランプ政権が復活したら
超大国の大統領であろうとしたバイデンが図らずも超大国アメリカの限界をあらわにしたとすれば、バイデン後のアメリカはどこに向かうのか。
今後の大統領選挙で軸になるとみられるのは、トランプとカマラ・ハリス副大統領だ。この二人からは全く対照的な未来予想図をうかがえる。
仮にトランプが当選すれば、バイデンのようなダブルスタンダードは影を潜めるだろう。良くも悪くも、トランプはそもそも外国に関心が薄く、大統領時代も自由や民主主義を世界に向かって発信したことはほとんどなかったからだ。
現在でもトランプの関心はアメリカの経済的利益と安全にほぼ集中していて、大戦後のアメリカ歴代大統領が自明としてきた“超大国として世界をリードすること”は、アメリカのコスト負担に見合わないと判断しているようだ。
ペイされるか否かで全てを判断するなら、国外で自由や民主主義を説いて泥試合に陥るような“ムダ”は避けるだろう。実際、トランプはウクライナだけでなく、イスラエル、台湾などへの支援に消極的な姿勢をみせている。
つまり、トランプが大統領になればアメリカはそもそも超大国として振る舞わなくなるので“超大国として振る舞おうとしてそれができずに空回りする”というバイデンの苦悩はなくなると予想されるのだ。
ただし、それは2020年までと同じように、アメリカ自身が世界最大の不安定要因になる可能性と紙一重といえる。
ハリスが当選したら
これに対して、バイデンが自身の撤退に合わせて支持を表明したハリスは、ナンシー・ペロシ元下院議長など民主党有力者の多くからも支持されている。
そのハリスが当選した場合、アメリカで初めて有色人種女性の大統領が誕生する。それ自体エポック・メイキングだが、ここではその外交方針に話を絞ろう。
ハリスは法律家としてのキャリアが長く、外交・安全保障分野での実績は少ない。そのため大統領になっても基本的にバイデン路線を引き継ぎ、ウクライナ支援や中国包囲網の形成などは維持されるとみられる。
しかし、それでもバイデンと大きな違いとしてあるのが、バイデン以上に自由や民主主義を重視する姿勢だ。
ハリスはイスラエルによるガザ侵攻を、バイデン政権の主要閣僚のなかでいち早く批判した一人だ。だからハリスが大統領になればイスラエル向け兵器支援が絞られるという見立てもある。
先述のように、ガザ侵攻がバイデンのダブルスタンダードを際立たせた。とすると「たとえ同盟国でも深刻な人道危機を招くことは認めない」というハリスの方針は、このダブルスタンダードを多少なりとも緩和する。
わずかな矛盾も見過ごされにくい
つまりハリス当選の場合、アメリカはこれまで以上に世界のロール・モデルとして振る舞おうとするとみられる。
それはそれで、同盟国の問題を黙認してきた冷戦時代からのアメリカの行動パターンとは異なる。
政治家の方便や建前にうんざりした世論には、こちらの方が一貫性があって、受けはいいかもしれない。
とはいえ、自由、民主主義、人権といった原則をこれまで以上に厳格に適用すれば、わずかな矛盾や逸脱もこれまで以上に見逃されにくくなる。
深刻な人権問題を抱える同盟国はイスラエルだけでない。程度の差はあれ、インド、サウジアラビア、そして白人極右のテロが広がるヨーロッパ各国(この点ではアメリカも同じだが)も同様だ。子どもの貧困などが目立つ日本も例外ではないかもしれない。
しかし、これらに逐一口を出せば外交に支障が出る。かといって、何もしなければ、世論の逆風をこれまで以上に強く受ける。
有色人種の女性で、“差別やヘイトに厳しいはず”と期待を抱かれやすいがゆえに、その期待が少しでも外れた時に幻滅が広がりやすいことは容易に想像される。
その意味で、ハリス政権が誕生しても、アメリカにはイバラの道が待ち受けると予測される。
バイデンが苦闘した“超大国として振る舞おうとして空回り”の逆境を乗り越える二つの道筋は、どちらも険しいと見込まれるのである。