中国封じ込めというパラダイムをアル=カーイダとの「テロとの戦い」が続くシリアに持ち込む米国
ドナルド・トランプ政権の最後の一撃なのか、ジョー・バイデン次期政権の最初の一撃は定かではない。だが、シリアで活動を続けるアル=カーイダ系組織への米国の対応が、シリア情勢、具体的にはイドリブ県中北部を中心とするいわゆる「解放区」の情勢をさらに複雑にするかもしれない。
ETIMのFTO指定解除
マイク・ポンペオ米国務長官は先月11月6日に報道声明を出し、中国の新疆ウイグル自治区の分離独立を主張する過激派組織の東トルキスタン・イスラーム運動(ETIM)を外国テロ組織(FTO)の指定から除外したことを明らかにした。
ETIMは、2004年にジョージ・W・ブッシュ政権によってFTOに指定されていたが、除外の理由に関して、ポンペオ国務長官は「10年以上にわたり、ETIMが存在を続けているという確たる証拠がない」と述べた。
だが、ETIMのメンバーが家族を引き連れて、内戦下のシリアに「移住」し、トルキスタン・イスラーム党を名乗り、「シリア革命」最後の牙城とされるイドリブ県中北部、ラタキア県北東部、ハマー県北西部、アレッポ県西部の「解放区」で今も活動を続けていることは、知る人ぞ知る事実だ(髙岡豊氏「イスラーム過激派の食卓(トルキスタン・イスラーム党(シャーム))」、拙稿「シリアでの相次ぐ爆発でトルコ軍兵士と中国ウィグル系のトルキスタン・イスラーム党戦闘員が死亡」、「シリアで中国ウィグル系のトルキスタン・イスラーム党が火力発電所を破壊、M4高速道路以南放棄の前兆か?」を参照)。
トルキスタン・イスラーム党とは?
トルキスタン・イスラーム党は中国の新疆ウィグル自治区出身者を中心に構成される武装集団。正式名を「シャームの民救済(ヌスラ)トルキスタン・イスラーム党」と言い、「シャームのくにのイスラーム党」を名乗ることもある。
国連安保理においてシリアのアル=カーイダに指定されているシャームの民のヌスラ戦線(2017年1月にシャーム解放機構に改称)のアブー・リヤーフを名乗るメンバーの支援を受けて、ウィグル系戦闘員が2013年末頃にトルコ領内に拠点を設置し、戦闘員の募集や教練を開始した。
2014年半ば頃からイドリブ市一帯地域を中心に活動を本格化させ、同年末にアブドゥルハック・トゥルキスターニーを指導者(アミール)として正式に結成を宣言した。2016年時点で戦闘員7,000人を擁していたとされる。アル=カーイダとつながりがある組織である。
アル=カーイダをめぐるロシアとトルコの「連携」
米国によるETIM、トルキスタン・イスラーム党のFTO指定解除は、「解放区」をめぐるロシアとトルコの「連携」にも波紋を投げかけかねない。
ロシアとトルコは、今年2月から3月にかけての「解放区」での戦闘以降、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構の無力化、ないしは懐柔に向けて連携を続けてきた。
シリア・ロシア両軍と「決戦」作戦司令室・トルコ軍が戦果を交えたこの戦闘では、前者がアレッポ市とハマー市を結ぶM5高速道路、アレッポ市郊外一帯を制圧した。これを受けて3月5日にロシアとトルコが交わした停戦合意では、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の安全を確保することが約束され、両国軍が同道路沿線で合同パトロールを実施するなどの措置が講じられてきた。
「決戦」作戦司令室は当初、停戦合意に反対した。シャーム解放機構、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)、バラク・オマバ前政権の支援を受けていたイッザ軍などからなる同組織のなかで、もっとも強く反発したのが他ならぬシャーム解放機構だった。
彼らは支持者を動員し、M4高速道路で座り込みデモを行うなどして抗議した。だが、「解放区」各所に部隊を駐留させているトルコ軍がこれを強制解除し、シャーム解放機構を力で従わせた。
アル=カーイダがアル=カーイダを弾圧
シャーム解放機構はこれを機に、トルコ(そしてロシア)に従順になった。だが、シャーム解放機構以外のアル=カーイダ系組織は違った。新興のアル=カーイダ系組織として知られるフッラース・ディーン機構、アンサール・イスラーム集団、そしてトルキスタン・イスラーム党などである。
このうちフッラース・ディーン機構は6月、アンサール・イスラーム集団などとともに「堅固を持せよ」作戦司令室を結成、シャーム解放機構の迎合に異議を唱えるとともに、シリア・ロシア両軍への徹底抗戦を主唱した(「シャーム解放機構は「堅固に持せよ」作戦司令室を武力で圧倒、「シリア革命」の覇者としての存在を誇示」を参照)。
主戦派を抑え込んだのは、シリア・ロシア両軍でもトルコ軍でもなく、シャーム解放機構だった。彼らは6月末までに「堅固に持せよ」作戦司令室を軍事力で圧倒し、「解放区」各所で戦闘員らの摘発を行った。
中国封じ込めと「テロとの戦い」の矛盾
それだけではなかった。米国も「解放区」に対して幾度となく爆撃を加え、フッラース・ディーン機構のメンバーを暗殺していった(「米主導の有志連合にシリアを爆撃させ、無用となったアル=カーイダ系戦闘員を殺害させるトルコ」を参照)。
米国はまた、国務省の正義への報酬プログラム(RFJ)が11月31日、フッラース・ディーン機構の司令官であるファールーク・スーリー、アブー・アブドゥルカリーム・ミスリー、サーミー・ウライディーに関する情報の提供者に500米ドルを支払うと発表した。
ここまで見てみると、米国は「解放区」の処遇をめぐって、ロシア、トルコ、そしてシリア政府に同調しているように見える。だが、シャーム解放機構に対する攻勢も緩めてはいない。
国務省の正義への報酬プログラム(RFJ)は11月24日、シャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者に関する情報の提供者に1,000米ドル(フッラース・ディーン機構司令官の報奨金の倍の額)を支払うと発表した。
また、12月7日には、ポンペオ国務長官が報道声明を出し、シャーム解放機構を、アル・シャバブ、アル=カーイダ、ボコ・ハラム、フーシー派、イスラーム国、大サハラのイスラーム国(ISGS)、西アフリカのイスラーム国、ジャマーア・ヌスラ・アル・イスラーム・ワル・ムスリミーン、ターリバーン(JNIM)とともに、フランク・R・ウルフ国際信仰の自由法(2016年)に基づく「懸念組織」(entities of particular concern:EPC)に追記したと発表した。
こうした厳しい動きのなかで、トルキスタン・イスラーム党に対する寛容な姿勢は異彩を放っている。
その背景には、中国を牽制する狙いがあることは明らかである。そのことは12月7日の報道声明で、中国を、ミャンマー、エリトリア、イラン、ナイジェリア、北朝鮮、パキスタン、サウジアラビア、タジキスタン、トルクメニスタンとともに「信仰の自由を体系的、継続的、深刻なかたちで侵害」している国と断じて、国際信教の自由法(1998年)に基づく「懸念国」(countries of particular concern:CPS)に指定したと発表したことからうかがい知ることができる。
だが、中国の封じ込めというパラダイムをアル=カーイダ系組織に対する「テロとの戦い」が続くシリアに持ち込むことは、「テロとの戦い」を行うと主張する一方で、アル=カーイダ系組織との共闘を躊躇しない「穏健な反体制派」への支援を行っていたオバマ前政権のマッチポンプを思い出させる。
トルキスタン・イスラーム党は12月2日に声明を出し、FTO指定解除について、「トルキスタン住民はみな米国の決定に喜んでいる、この決定がなされるために支援をしてくれたすべての国と組織に感謝する」と表明した。
そのうえで、次のように述べて、中国封じ込めのパラダイムを利する姿勢を明示した。
中国封じ込めとアル=カーイダに対する「テロとの戦い」をめぐる米国の二重基準が、トルキスタン・イスラーム党、そしてそれと共闘を続けてきたそれ以外のアル=カーイダ系組織を再活性化させることがあれば、混迷が続くシリア情勢において新たな火種を生み出しかねない。