イスラエルの攻撃が続くレバノンから避難した31万超のシリア人のうち4人が逮捕されたとの情報が持つ意味
増加を続けるレバノンからの避難民
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)シリア事務所は10月30日、フェイスブックやXで以下の通り発表した。
UNHCRシリア事務所は、10月25日付の速報#18で、イスラエルによるレバノンへの攻撃激化によってレバノンからシリアに流入しているシリア人やレバノン人(さらにはパレスチナ人)が44万人(うちシリア人が71%(312,400人)、レバノン人が29%(92,400人))に達しているとしていた。
それから、5日でさらに2万人、1日平均で4,000人がシリアに避難したことになる。
シリアで停戦監視にあたっているロシア当事者和解調整センター(ロシア国防省所轄)も、10月25日に3,521人、27日に5,008人、29日に3,838人、そして30日に3,801人の避難民を確認していると発表している(26日、28日の発表については報じられず)。
続く避難民支援
一方、シリアの保健省は10月30日、フェイスブックでイスラエルのレバノン攻撃激化を受けてシリアに避難・帰還したシリア人やレバノン人37,000人以上に対してこの35日間に85,000件以上の無料医療サービスを提供したと発表した。
ちなみに、日本政府も10月29日、レバノンから多くの難民・避難民が流入する隣国シリアに対して、人道支援として1,000万米ドルの緊急無償資金協力を行うと発表した。UNHCR、WFPなどを通じ、一時避難施設や食料の支援に充てられるという。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告
レバノンからのシリアへの避難の流れはとどまる気配がないが、こうしたなか、米国のヒューマン・ライツ・ウォッチは10月30日、「レバノンを逃れたシリア人は帰国後も弾圧のリスクに:拘束、拷問、拘留中の死亡は続く」(Syrians Fleeing Lebanon Risk Repression Upon Return:Arrests, Torture, Deaths in Custody Persist)と題したレポートを発表した。
その内容は、イスラエルによるレバノンへの攻撃が激化した2024年9月下旬以降、レバノンから帰国(避難)したシリア人少なくとも4人が当局に逮捕されているというものだ。
レポートは、レバノンに住むシリア人3人、帰国後に当局によって逮捕されたという5人の親戚を含むシリア人8人、シリア人「人権研究者」2人に対して行ったインタビューをもとに、逮捕が確認された(とヒューマン・ライツ・ウォッチが判断した)4人について詳述している。
それによると、このうちの1人は、元シリア軍兵士で、13年間にわたってレバノンで暮らしていたが、イスラエルの攻撃が激化するなかで避難勧告を受け、10日間にわたってレバノン国内で路上生活をしたのち、10月7日に妻と4人の子供を連れて、ヒムス県のダブースィーヤ国境通行所(レバノン側はアッブーディーヤ国境通行所)を経由してシリアに避難した。
妻によると、この男性は予備役に服していなかったが、シリア政府の恩赦の対象となり免罪されると考えていたところ、国境通行所で軍事情報局に逮捕されたという。彼女は情報を求めて5時間待ったものの、手がかりは得られず、子供たちを養うのに苦労しながら狭い住居での生活を余儀なくされているという。
バッシャール・アサド大統領は、2024年9月22日に2024年法令第27号を施行し、軍事刑罰法が定める国内外逃亡犯罪、賄賂、偽造に関する軽犯罪、倫理道徳に反する行為、窃盗などに対する恩赦を定めた。恩赦は、施行日以前の犯罪に対して適用され、国内逃亡犯罪については、3ヵ月以内、国外逃亡犯罪については4ヵ月以内に当局の出頭が必要となる。
同様の恩赦は、2013年4月16日(2013年政令第23号)、2015年7月25日(2015年政令第32号)、2016年2月17日(2016年政令第8号)、2018年10月9日(2018年政令第18号)、2021年3月12日(2021年政令第1号)、5月2日(2021年政令第13号)、2023年11月16日(2023年法令第36号)にも施行されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのレポートによると、別の1人(34歳の男性)は、リビア行きのビザ取得に失敗した後、ダブースィーヤ国境通行所を経由して10月7日にシリアに帰国したが、その場で軍事情報局に逮捕された。男性の妻によると、軍事情報局の要員は、一緒にシリアに入国した男性に、彼の電話を渡して家族に知らせるよう指示したが、現在も消息は分からないという。妻によると、男性は逮捕されることを恐れていたというが、その理由、根拠は明らかにされていない。なお、この男性の16歳年上の兄は2013年に当局に逮捕され、今も消息がないという。
レポートによると、残りの2人(いずれも27歳の男性)は、兵役忌避で逮捕されることを恐れ、密輸業者に金銭を支払い、シリアに密入国したが、アレッポ県とイドリブ県の県境の検問所で、同行していた2人とともに軍事情報局に逮捕された。
2人の逮捕を家族に知らせたのは密輸業者で、彼らは当局と釈放交渉を行っているとしたうえで、釈放するには、1人につき1,000米ドルを支払うことを求められていると家族に伝えたという。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのレポートは「シリアへの安全で尊厳のある自主的な難民帰還の条件はまだ整っていない」として、シリア難民の帰還に反対してきた欧米諸国の政治姿勢をサポートし、これらの国がシリア国内の人道危機を放置することの根拠として利用されることはあるかもしれない。また、シリア政府の支配地に支援をすれば、体制に「ネコババ」され、支援を必要とする人々が救われることはないとの主張を繰り返してきた内外の活動家を後押しすることもあるだろう。
だが、第三者が真偽を確認し得ないこのレポートが、レバノンからシリアへの避難の流れを変えることや、避難した人々を支援しようとするシリア国内の関係機関や国際機関による人道的活動に影響を及ぼすこともないことだけは確実である。