Yahoo!ニュース

イスラエルが「シリア革命」の牙城と目されるイドリブ県を初めて爆撃:連携する米国とアル=カーイダ

青山弘之東京外国語大学 教授
YouTube(Masrawy)、2024年11月9日

シリアでは11月9日、ハマースの「アクサー大洪水」作戦に伴うイスラエル軍のパレスチナおよび周辺諸国に対する攻撃と、シリア内戦を連動させる攻撃が行われた。攻撃を行ったのは、言うまでもなくイスラエルだった。

イドリブ県への初の爆撃

イスラエルは同日深夜、シリア北部のアレッポ県とイドリブ県に対して戦闘機からのミサイル攻撃を実施したのだ。

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍戦闘機複数機は、アレッポ市南東のサフィーラ市近郊の防衛工場機構一帯とサラーキブ市一帯の複数ヵ所を多数のミサイルで攻撃した。

同監視団によると、この攻撃により、防衛工場機構一帯では「イランの民兵」のシリア人4人が死亡、6人が負傷、また、サラーキブ市一帯では身元不明者1人が死亡、シリア軍兵士6人が負傷した。

また、イドリブ県内で活動するとされる反体制・メディア活動家なる「第80監視団アブー・アミーン」も、サラーキブ市一帯に対するイスラエル軍の爆撃で、アライン連隊、アーシューラー連隊、アサーイブ・アフル・ハックの戦闘員7人が死亡、15人以上が負傷したと主張した。このうちアライン部隊はシリアの民兵組織、アーシューラー連隊、アサーイブ・アフル・ハックは、イラクの人民動員隊に所属する民兵組織である。

米軍が駐留する55キロ地帯を経由して行われた攻撃

この爆撃に関して、シリアの国防省は、午前0時45分頃、イスラエル軍がアレッポ市南東方面からアレッポ県とイドリブ県の農村地帯の複数ヵ所を狙って航空攻撃を行い、軍関係者多数が負傷し、また一部では物的損害が生じたと発表した。

シリア人権監視団によると、イスラエル軍は、米国(有志連合)が違法に部隊を駐留させているヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)を経由して、ダルアー県とスワイダー県の上空に侵入、シリア軍のレーダーがこれを捕捉していたが、迎撃しなかったという。

一方、ロシアのスプートニク・アラビア語版は、航空機複数機がシリア・ヨルダン国境地帯の空域を経由して、イスラエル占領下のゴラン高原方面に飛行していったとしたうえで、これらの航空機が、55キロ地帯上空を経由して、アレッポ県とイドリブ県で爆撃を行った航空機である可能性が高いと報じた。

55キロ地帯に駐留する米軍は、シリア領内で活動する「イランの民兵」、とりわけイラクの人民動員隊のヒズブッラー大隊はヌジャバー運動などからなるとされる「イラク・イスラーム抵抗」によるイスラエル領内、同国の占領下にあるゴラン高原、そしてヨルダン川西岸地区に連日発射する無人航空機やミサイルを迎撃し、イスラエルの防衛を直接支援している。だが、今回は、イスラエル軍戦闘機に航路を提供することで側方支援を行ったかたちとなった。

米国は、シリア内戦に乗じて台頭したイスラーム国を殲滅させるとして、2014年9月から有志連合を主導してシリアに対する爆撃を開始、2015年以降は地上部隊を派遣、55キロ地帯のほか、トルコが「分離主義テロリスト」と位置づけるクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)の実効支配地各所に基地を設置し、駐留を続けている。この軍事介入、そして駐留は、国連安保理決議に基づくものでもなければ、シリア国内法に基づくものでもなく、またシリア政府を含むシリアのいかなる当事者の同意を得ていないもので、国際法違反にあたると解釈し得る。

イドリブ県での戦闘再開をめぐる情報

イスラエル軍は、これまでにもアレッポ県の「イランの民兵」を標的とするとして度々爆撃を行ってきたが、イドリブ県を標的とするのは、昨年10月にイスラエルがハマース、レバノンのヒズブッラーとの交戦を始めて以降では初めて。

イドリブ県というと、2015年に「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(当時の組織名はシャームの民のヌスラ戦線)をはじめとするアル=カーイダ系、非アル=カーイダ系のイスラーム過激派によって全域を占拠され、自由と尊厳の成就を目指す「シリア革命」の牙城として一部活動家が「楽園視」している。

2016年に、ロシア、トルコ、イランによって、周辺地域とともに「緊張緩和地帯」に設置された同地はその後2020年3月までにシリア政府は、アレッポ市と首都ダマスカスを結ぶM5高速道路沿線地域を奪還していた。これによって、大規模な戦闘は一応の収束を見たが、シリア軍とロシア軍、シャーム解放機構とトルコが後援する国民解放戦線(シリア国民軍所属)が主導する反体制派の武装連合体の「決戦」作戦作戦司令室、そして中国の新疆ウイグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系のトルキスタン・イスラーム党、さらにはフッラース・ディーン機構などの新興のアル=カーイダ系組織との戦闘は散発的に続いていた。

筆者作成
筆者作成

9月23日にイスラエルがレバノンに対する攻撃を激化させると、イドリブ県では、シャーム解放機構が、シリア政府支配地に隣接する地域に部隊を増強、大規模攻撃を準備しているといった情報、あるいはシリア軍とロシア軍がイドリブ県への進攻を再開するといった情報が流れるようになり、シャーム解放機構の支配下にある多くの住民がトルコ国境に近い地域に避難する動きが見られていた。

一方、シリアのアサド大統領は、ハマースとイスラエルの戦闘が始まった当初、イスラエルがシリアに対して攻撃を行った場合、その報復をシリア北西部に対して行うことを示唆する発言を行っていた。

こうした発言の背景には、シャーム解放機構、そしてその支配地を独裁に対する闘争の「解放区」とみなす活動家らが、口では反イスラエルを唱えつつも、それ以上にシリア政府やロシア、さらにはヒズブッラーへの敵視をむき出しにしていること、さらにはシャーム解放機構をはじめとする反体制派が、2010年代にイスラエルからの直接間接の支援を受けていた事実がある。シャーム解放機構の支配地で活動を続けてきたホワイト・ヘルメットがシリア南部での戦闘の収束に先立って、同地の住民を置き去りにして、イスラエルを経由してイドリブ県に退避したことは有名な話だ。

激化するシリア軍と反体制派の戦闘

そして、今回のイスラエル軍の爆撃も、意図されたものか否かはともかく、シリア軍とシャーム解放機構が主導する反体制派の衝突と連動していった。

シリア人権監視団によると、11月8日、シリア軍はシャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県中部のザーウィヤ山地方各所、アレッポ県西部のカフル・アンマ村一帯に対して砲撃や自爆型無人航空機による攻撃を行い、対する決戦」作戦司令室も、シリア政府の支配下にあるアレッポ県西部のカフル・ハラブ村を砲撃した。また、シリアでの停戦や和解を関東するロシア当事者和解調整センターは、シャーム解放機構の支配地から発射された無人航空機による「テロリスト」が、イドリブ県ハーン・スブル村近くのシリア軍の陣地複数ヵ所を攻撃し、シリア軍兵士4人が負傷したと発表していた。

そして、イスラエル軍の爆撃と前後して、双方の戦闘は激しさを増した。シリア軍は、サルミーン市などイドリブ県内各所、アレッポ県のアターリブ市を砲撃するとともに、カフル・アンマ村の農園一帯を自爆型のFPV無人航空機1機で攻撃した。シリア人権監視団ホワイト・ヘルメットなどによると、これにより、アターリブ市の住宅地や公害には20発以上の砲弾が着弾し、住居1棟で火災が発生、サルミーン市では、米国のNGOシリア米医療協会(SAMS)の施設が狙われ、施設の庭が被弾、一時的に利用できなくなった。

シリア人権監視団によると、これに対して、シャーム解放機構は両県で応戦、ラタキア県では、「決戦」作戦司令室諸派がシリア政府の支配下にある県北部のナフシャッバー村一帯を砲撃した。

戦闘激化に呼応するイスラエル軍

イスラエル軍も、戦闘激化に呼応するかのように、爆撃を続けた。

シリア人権監視団によると、シリア人権監視団によると、イスラエル軍戦闘機複数機がシリア南部のスワイダー県シャフバー町近郊のマスィーフ丘にあるシリア軍のレーダー大隊基地の上空に飛来し、同基地を2回にわたって爆撃した。

イスラエル軍は前日にもスワイダー県とダルアー県の上空に飛来していた。

シリア人権監視団によると、イスラエル軍戦闘機複数機はまた、ヒムス県のフーシュ・サイイド・アリー村に近い「非公式」のジャルマーシュ国境通行所と、通行所に近い橋に対して2回の爆撃を実施した。この通行所は、ヒズブッラーがレバノンへの武器・弾薬の搬入のために利用しているとイスラエル側が主張している通行所である。

イスラエル軍が1日にシリア領内の4ヵ所を攻撃したのは今回が初めてだった。

昨年10月にガザ地区で始まった戦闘は、ハマースとイスラエルによる暴力の応酬、あるいはパレスチナ人に対するイスラエルのジェノサイドとして捉えられることが多い。だが、周知の通り、戦闘や暴力は、ヨルダン川西岸、レバノン、シリア、イエメン、そしてイランにも波及しており、ガザ地区、あるいはパレスチナだけの局地的な問題として捉えることはできない拡がりを持っている。そこでは、ハマース、イスラエル軍以外にも多くの紛争当事者が戦火を交えている。

そして、シリアへの戦闘の「飛び火」に目を向けるたびに明らかになるのは、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、レバノン、シリア、イラク、イエメン、イランとの7正面作戦を展開するイスラエルが、シリアにおいては、アル=カーイダ、米国とともに3正面作戦を展開しているという事実である。

なお、シリア人権監視団によると、イスラエル軍の攻撃は、今年に入って145回(うち119回が航空攻撃、26回が地上攻撃)となり、これにより258あまりの標的が破壊され、軍関係者279人が死亡、216人が負傷した。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。

  • イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):25人
  • ヒズブッラーのメンバー:54人
  • イラク人:28人
  • 「イランの民兵」のシリア人メンバー(カーティルジー・グループ社も含む):82人
  • 「イランの民兵」の外国人メンバー:25人
  • シリア軍将兵:62人
  • 身元不明者:1人

また、民間人も51人が死亡、58人あまりが負傷している。

攻撃の県別内訳は以下の通りである。

  • ダマスカス県、ダマスカス郊外県:51回
  • ダルアー県:17回
  • ヒムス県:46回
  • クナイトラ県:16回
  • タルトゥース県:3回
  • ダイル・ザウル県:5回
  • アレッポ県:3回
  • ハマー県:4回
  • スワイダー県:3回
  • ラタキア県:2回
  • イドリブ県:1回
東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事