イスラーム過激派の食卓(トルキスタン・イスラーム党(シャーム))
トルキスタンとは、中華人民共和国から中央アジアに広がる地域のことであり、イスラーム過激派の用語法では中華人民共和国領の新疆ウイグル自治区は「東トルキスタン」と呼ばれる。これは、侵略者によって不当に奪われたムスリムの土地であることを示唆する用語法である。そのような認識である以上、中華人民共和国に対するイスラーム過激派によるイスラーム共同体の土地の解放闘争はもちろん存在する。それを担うのが、トルキスタン・イスラーム党のはずである。しかしながら、このトルキスタン・イスラーム党、時折アラビア語でも発信する機関誌や扇動動画とは裏腹に、中国に対する武装闘争はほとんど実績を上げていない。中国とその支配体制が、自らに関係する「テロ攻撃」について、少なくとも国内向けの情報を統制して攻撃そのものを「なかったことにする」体制だということを差し引いても、トルキスタン・イスラーム党が本来の闘争の相手と闘わない存在だということは隠しようもない。トルキスタン・イスラーム党は、1990年代~2000年代には主にアフガニスタンでアル=カーイダなどの諸派と提携しつつ訓練に勤しんでいた。そして、2010年代には、「誰がどうやって」そのようになったのかは追及しないとして、いつの間にかシリアに現れ、イドリブ県の一角に家族ぐるみで入植して安住の地を確保した。彼らの「闘争」や存在がシリア人民のためになっていないのは、別稿の通りである。
経緯はともかく、シリア人民の福利や厚生、そして自由や民主主義を蹂躙してシリアに安住の地を得たトルキスタン・イスラーム党、2020年8月半ばに流布した動画を見る限り、なかなか興味深い食生活をしているようだ。トルキスタン・イスラーム党は、イドリブ県北西部のジスル・シュグール市周辺を占拠し、その地域に入植した模様である。そのため、一定の規模の市街地を占拠している可能性も高いのだが、動画中には専門の給食施設を整え、前線に食事を配給している様子はない(同じくイドリブ県に安住の地を見出したアンサール・イスラーム団との差に注意せよ!)。
動画を見る限り、十数名単位で駐屯する前線拠点ごとに食事を用意し、その場で食べるという形をとっているようだ。ここで、「食事担当」が常に集団の中の特定の個人に押し付けられていると、そうしている者の士気の低下や、離反・脱走の要因になりうるが、トルキスタン・イスラーム党は周囲のシリア人民(或いは越境移動の際の通過地であるトルコ)の環境とあまりにも異なる生活様式を持っているので、個人単位の離反や脱走は非常に難しいだろう。また、動画中での食事風景は同じ拠点でのものではなさそうだが、パン、お米、麺類など、多様なメニューが供されているのが興味深い。野菜や肉類がほとんどなく、炭水化物中心の食生活なのも気になる所だし、アラブ人民の食生活では不可欠ともいえる甘い炭酸飲料を見かけない点も興味深い。
トルキスタン・イスラーム党は、最近アメリカ政府からの「テロ組織」指定をめでたく解除された。同派自身は、この決定についてそもそも「テロ組織」指定自体が中国の虚言に基づくものであり、トルキスタン人民は指定の解除を喜んでいる、と論評した。もっとも、トルキスタン・イスラーム党は過去10年近くシリアの「反体制派」として活動しているので、彼らがアメリカにとって「テロ組織」ではないというのはわからないこともない。また、中華人民共和国とその権益に対する攻撃の実績もほぼ見当たらないので、本当は中国にとっても「問題外」の弱小勢力かもしれない。いずれにせよ、トルキスタン・イスラーム党は、仮に「ムスリムに対する侵害を全ムスリムの問題と認識して、全ムスリムがその打倒のために闘うべき」というイスラーム過激派の論理に沿っているとしても、本来闘うべき中華人民共和国とは闘わず、シリアの一角を占拠して今日ものんびり食事をしている。このような実態について、シリアの「反体制派」や「革命家」、そして彼らを支援する人々は、一言たりとも説明していない。