北朝鮮やISの影にある「世界で最も無視される危機」:中央アフリカ内戦はなぜ「放置」されてきたか
ICBM打ち上げに成功した北朝鮮や、「イスラーム国」(IS)に対する攻撃が大詰めを迎えているシリア、イラクには、世界の耳目が集まります。その一方で、世界には多くの人から忘れられた紛争や危機も数多くあります。
6月にノルウェー難民評議会が出した報告書『世界で最も無視される避難民危機』で、中央アフリカは「世界で最も無視される危機」のワースト1位になりました(危機の収束に向けた政治的意思の欠如、メディアの関心の欠如、支援の欠如から測定)。
同国では、2013年に内戦が始まって以来、2017年5月末までに約48万人が国外に逃れ、それに国内避難民などを含めて、合計約98万人が避難生活を余儀なくされています。5月、国連は中央アフリカにおける殺害やレイプの横行が「人道に対する罪に当たる可能性がある」と報告しています。
しかし、アフリカと縁遠い日本ではいうまでもなく、関係の深い欧米諸国、とりわけヨーロッパ諸国でも、この危機は大きな関心を集めていません。なぜ、中央アフリカ内戦は国際的に「無視されて」きたのでしょうか。
中央アフリカの内戦
まず、中央アフリカ情勢について、簡単に確認します。
その名の通り、アフリカ大陸の中央部に位置する中央アフリカ共和国では、2013年に内戦が発生。人口で少数派のムスリムによって結成された民兵組織「セレカ(同盟)」が、ボジゼ大統領(当時)の辞任を求めて蜂起したのに対して、キリスト教徒を中心とする民兵組織「アンチ・バラカ(反山刀)」がセレカへの攻撃を開始。内戦は一気に激化したのです。
この事態を受けて、2013年末には国連の承認を受けた平和維持活動(PKO)がスタート。その後、2016年3月には選挙が実施され、国内融和を目指すトゥアデラ政権が発足。さらに2017年6月には武装勢力との間で停戦合意が成立したことで、平和への期待が高まりました。
しかし、停戦合意が交わされた直後の6月21日、中部ブリアの戦闘で100人が死亡。停戦合意が交わされた直後に戦闘が再開したことは、各武装組織の上層部の意向が、必ずしも末端にまで浸透していないことを示します。これは、南スーダンなどと同様、非国家主体が当事者となった紛争の解決の難しさを物語ります。
世界から「無視される」危機
表1は、各国における「土地を追われた人々」を取り巻く状況を表しています。数字だけを比較するなら、中央アフリカで土地を追われた人々は、シリアやアフガニスタンだけでなく、やはりアフリカの南スーダンやコンゴ民主共和国にも及びません(UNHCR統計)。
とはいえ、人口全体に占める「土地を追われた人々」の割合は、これらに劣るものではありません。それにもかかわらず、一人ひとりに対する支援という点で、中央アフリカへの関心は、確かに高くないといえます。
それは、国連PKOからもみてとれます。表2は、アフリカの主な国連PKOの状況を表しています。ここから、中央アフリカに派遣されている国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)の構成が、アフリカ諸国に大きく偏っていることが分かります。
1990年代末以来、国連やアフリカは「アフリカの問題はアフリカ自身で解決する」という方針を共有しており、MINUSCAはこの方針に沿ったものともいえますが、周辺国でのミッションと比べても、アフリカ以外の国の割合が低いのが特徴です。MINUSCAからは旧宗主国フランスが既に撤退しており(後述)、さらにアフリカ進出にともない国連PKOへの参加を増やしている中国も参加していないことは、中央アフリカに対する大国の関心の低さを物語ります。
大国の被害が少ないこと
それでは、なぜ中央アフリカの危機は「無視されてきた」のでしょうか。
第一に、最もシンプルな理由として、中央アフリカ内戦が大国に及ぼす悪影響が小さいことがあげられます。
中央アフリカでの内戦は、基本的に宗派・民族間のローカルな衝突です。シリアやアフガニスタン、さらにアフリカ大陸のナイジェリアやソマリアなどと異なり、「グローバル・ジハード」を掲げる「イスラーム国」(IS)やアルカイダと結びついたイスラーム過激派が暴れ回っているわけではありません。セレカなどによる外国人への被害も限定的です。
さらに、中央アフリカからの難民は主に周辺のチャドやカメルーンなどに流入しており、欧米諸国、なかでもヨーロッパに数多くの難民が押し寄せる状況でもありません。
つまり、中央アフリカ内戦は、大国からみて「放置することで自分に不利益がある」とみなされにくいのです。
介入で得られる利益が薄いこと
第二に、中央アフリカ内戦は、大国からみて「関与することで自分の利益になる」ともみなされにくいものです。
中央アフリカは大陸屈指のダイアモンド産出国。内戦発生以前の2011年段階で、その採掘量は36万5917カラットで世界11位でした。
一般に、大資源国で戦闘が発生すると、資源開発の利益を求めて、大国が介入することが少なくありません。大陸屈指の産油国である南スーダンの内戦に、米中をはじめとする大国が熱心に関与してきたことは、その典型です。
それにもかかわらず、中央アフリカへの高い関心がみられない一因として、資源価格の下落があげられます。
2014年半ばに急落して以来、石油や天然ガスをはじめ、天然資源の国際価格は伸び悩んでいます。その目安となるWTI原油先物価格は、最盛期には1バレル100ドルを超えましたが、2017年7月現在、40ドル台半ばで推移しています。この状況は、大国からみて資源輸出国の問題に関与するインセンティブを低下させるものといえます。
「これ以上は損をしない」構図
ただし、中央アフリカには、やはり大資源国である近隣の南スーダンやコンゴ民主共和国と比較しても、さらに大国が関心を失いやすい条件があります。それは、これら両国と異なり、2013年以降、中央アフリカが資源をほとんど輸出できていないことです。
2013年に中央アフリカ内戦が始まると、同国のダイアモンド輸出は「[ キンバリー・プロセス]」による規制の対象になりました。2000年に設立されたキンバリー・プロセスは、紛争地帯でダイアモンド密輸が武装組織の資金源となることを防ぐための仕組みです。内戦下の中央アフリカでも、セレカとアンチ・バラカの双方によるダイアモンドの違法な採掘・輸出が確認されています。
しかし、中央アフリカに対するダイアモンドの輸出規制は、2016年3月に中央アフリカ大統領選挙で民主的な政権が発足し、停戦合意に向けたプロセスが動き始めたことを契機に解除されました。アラブ首長国連邦の企業が真っ先にダイアモンド鉱山開発の取り決めに合意しています。
ただし、キンバリー・プロセスに基づく規制が解除された後も、ほとんどの西側先進国は、紛争地帯からの資源輸入を規制する個別の国内法に沿って、中央アフリカ産ダイアモンド輸入を再開していません。少なくとも先進国に限っていえば、国内法でキンバリー・プロセスより厳しく「紛争ダイアモンド」取引が規制されている国は珍しくありません。
2017年2月、世界最大のダイアモンド輸入国である米国で、「トランプ政権が『紛争鉱物』輸入を規制する国内法を修正して、中央アフリカを含む紛争地帯からの資源輸入を再開しようとしている」と報じられるや、各方面から懸念が噴出。それ以来、この話題は出ていません。
つまり、少なくとも西側先進国にとって、既に中央アフリカからのダイアモンド輸入を制限している状況において、同国の情勢が悪化しても、これまでより利益が損なわれることはないのです。それは、大国にとって、中央アフリカに介入するインセンティブが生まれにくいことを意味します。
安全保障コストの「効率的」配分
第三に、大国における安全保障コストの配分が変化していることです。
中央アフリカに関して、大国の間には「既にゼロに近い利益しかない国を見放すことは自分の損失にならない」という判断が働きやすい一方、「資源調達とセットにした紛争解決に乗り出す」という、いわば「火中に栗を拾う」余裕はほとんどありません。
図1で示すように、多くの先進国は、リーマンショックが発生した2008年以降、経済の低迷にともない、軍事予算を縮小してきました。そのなかで各国は、オバマ政権の「アジア・シフト」をはじめ、対テロ戦争やロシア対策など、優先度の高い問題に集中的に軍事予算をあてる傾向を強めたのです。
さらに、「自国第一主義」の米国トランプ政権は、同盟国に「公正な負担」を要求。その結果、2017年6月に北大西洋条約機構(NATO)加盟のヨーロッパ諸国やカナダは、軍事予算の増加に応じざるを得なくなりました。これにより、軍事予算の「効率的運用」を求める圧力は、さらに高まったといえます。
これらに鑑みれば、2017年6月に、主に米国からの要求を受け、国連が平和維持活動(PKO)関連予算を6億ドル削減する方針であることが明らかになったのは、不思議ではありません。さらに米国は、中央アフリカのMINUSCAだけでなく、アフリカ各地のPKOから撤退する方針です。
こうしてみたとき、より「効率的に」軍事予算を配分する必要に迫られるなか、各国は自分たちにとっての脅威とならず、経済的利益も薄い中央アフリカでの危機に手を出すことを控えてきたといえるでしょう。
フランスの関与が乏しいこと
第四に、そして最後に、フランスの関心の低さです。
かつてアフリカに広大な植民地を保有していたフランスは、各国の独立後も大きな影響力を持ってきました。フランスにとって、旧フランス領の各国は「大国」としての発言力を担保するための足場。さらに、資源開発などの経済活動で、他の大国より有利なポジションを確保するうえでも、アフリカ各国との関係は重要です。
そのため、良くも悪くも、フランスは必要に応じて、単独ででもアフリカで軍事力を展開してきました。例えば、2012年、やはり旧フランス領のマリで、アルカイダと結びつきのあるアンサル・ディーンが関与する内戦が発生。この際、フランスは国連安保理での決議を受けて介入。チャドなど周辺国の部隊とともに、マリ政府を支援しました。このような場合、米国をはじめ各国は、「あまり関わりたくない」旧フランス領で発生した問題をフランスに任せる傾向があります。
しかし、2013年末に中央アフリカに派遣されたフランス軍は、民生復帰を契機に2016年10月に国連PKOからの撤退を開始。その一方で、マクロン大統領は2017年7月1日、周辺5カ国(チャド、マリ、モーリタニア、ニジェール、ブルキナファソ)と、安全保障に関する協力の協定を締結する方針を発表。これは、ボコ・ハラムなど、西アフリカにおけるイスラーム過激派の拡散を念頭においたものです。
2015年にパリで2度発生した大規模テロ事件は、フランスをそれまで以上に対テロ戦争に駆り立てる転機になったといえます。
しかし、フランスの関心が国内の治安、シリア情勢、国際過激派組織の動向に集中するほど、アフリカのローカルな宗派対立への関心は、低下せざるを得なくなります。フランスが率先して行動しない以上、他の大国がフランスの「縄張り」のためにコストを負担することは、ほとんどありません。
「世界で最も無視される危機」が示すもの
こうして、中央アフリカにおける危機は「無視されて」きました。情報発信力の弱いアフリカ諸国の割合がMINUSCAにおいて大きいことは、大国の関心の低さ(そこには当然日本も含まれる)の結果であると同時に、国際メディアで中央アフリカが取り上げられる頻度を引き下げる効果があるともいえるでしょう。いずれにせよ、「世界的に無視された」結果、この国における人道危機がさらに深刻化してきたことは確かです。
そして、この問題は、人道主義と各国の利益のいずれを優先させるかのジレンマを示しています。
人道的な危機がある時、それに巻き込まれる人々に同情することは、自然な感情といえます。しかし、各自が「自分の安全」や「自分の懐」を意識することも、避けられないことです。その意味で、切迫する環境のもと、各国が自らの安全や経済を優先させたとしても、不思議ではありません。
とはいえ、世界は一つの人体のようなもので、一ヵ所の不具合を放置すれば、それが長期的に他の部分に悪影響をもたらしがちです。アフガニスタンやソマリアでは、大国にとって直接的な脅威でないために、内戦が長期にわたって放置され、その結果としてこれらはイスラーム過激派や海賊の巣窟となり、テロ、難民、麻薬の輸出国になりました。
また、アフリカに紛争が絶えず、政情が不安定な国が多いことは、北朝鮮がこの地に武器を輸出して外貨を稼ぐ一方、大量破壊兵器の部品を調達するルートとして利用する背景となっています。2016年6月にAFPは、中央アフリカに展開するコンゴ民主共和国のPKO部隊に北朝鮮製の武器が支給されていると報じました(同国政府はこれを否定している)。
こうしてみたとき、人体と同じく、世界でも一ヵ所の問題はあちこちに結びつきやすく、それらがひと固まりとなって全体を侵食することになりがちです。したがって、優先順位をつけることは避けられないとしても、破局的な脅威となる前に、「直接的な影響が薄い不具合」に目を配ることが必要なことも、やはり確かといえるでしょう。