ロシアのアフリカ進出から浮かぶ“火事場戦略”――内戦が続くスーダンでの海軍基地建設計画とは
- ロシアは内戦が続く北東アフリカのスーダンで、海軍基地を建設する交渉を行なっている。
- これが実現すれば、スーダンのみならず北東アフリカ一帯をカバーする軍事拠点であるだけでなく、鉱物資源の違法取引の拠点にもなると予測される。
- それに加えて、ロシアが紅海に面した軍事拠点を持つことは、この海域を通過する各国の船舶にも、ロシアとの良好な関係を意識させる効果があるとみられる。
北東アフリカのスーダンでロシア海軍の基地建設に関する交渉が大詰めを迎えていることからは、火の手があがる土地にほど進出機会を見出すロシアの戦略が浮かびあがる。
ロシアの海軍基地建設計画
スーダン軍事政権のマリック・エイガー副議長は6月初旬、ロシアでプーチン政権関係者との間で、スーダンにロシア海軍の基地を建設する計画について協議した。
この合意が成立すれば、軍事政権にとってロシアからの援助が期待できる。
スーダンでは2023年4月から、軍事政権と武装組織“迅速支援部隊(RSF)”の間で内戦が続いている。ウクライナやガザの影で国際的にはほとんど報道されないものの、犠牲者は1万5000人とも15万人ともいわれ、1580万人 が人道支援を必要としている。
欧米や日本は双方に停戦を求めていて、停戦交渉が行われているが、目立った成果はあがっていない。その間、先進国から武器はほとんどスーダンに渡っていない。
これに対して、スーダン軍は海軍基地を受け入れることでロシアから武器弾薬などを調達しようとしているとみられる。
報道によると、ロシア海軍基地はポート・スーダンの北に計画されていて、300人以上の兵員が駐留できる規模といわれる。ポート・スーダンは紅海に面したスーダン最大の港町である。
一方、建設計画が正式に合意され、紅海沿岸に海軍基地ができれば、ロシアは何を得るのか。そこには大きく3つの利点が考えられる。
軍事拠点 + 違法取引の拠点?
第一に、すでに加速しているロシアのアフリカ進出の拠点の確保だ。
ロシアは政情不安のアフリカ各国に軍事協力を行うことでこの地域に勢力を広げてきた。その中核を占めるのは、民間軍事企業ワグネルを再編した“アフリカ軍団”とみられている。
スーダンはこれまでもロシアのアフリカ進出において重要度の高い国の一つで、2017年に当時のワグネルが兵士訓練、鉱山警備、反体制派の取り締まりなどをスタートさせた。これはかなり早いタイミングのものだった。
軍事協力と引き替えに、ロシアはアフリカの鉱物資源を違法に調達していると指摘されている。米NGO、Blood Goldは昨年末のレポートで、スーダン、マリ、中央アフリカなどにおけるロシアの金取引の収益が1カ月で1億1400万ドルにのぼると報告した。
こうした利益はウクライナ戦争などに流用されているとみてよい。さらに、スーダンをはじめとするアフリカ各国とのこうした深い関係は、ロシアにとって「孤立していない」と主張する材料になる。
だからこそ、ウクライナ戦争が膠着状態にあっても、ロシアはアフリカを引き払うどころか、むしろ関与を深めているといえる。
スーダンにおける海軍基地建設は、これを加速させるものとみられる。
航海のボディガード?
第二に、アフリカに限らず多くの国に、ロシアとの関係を無視しにくくすることだ。
というのは、この海域には各国に「ロシア海軍にエスコートしてもらえれば安全」と思わせる状況があるからだ。
ロシアの海軍基地が計画されているポート・スーダンが面した紅海では昨年からイエメンのイスラーム勢力フーシが各国の船舶を攻撃していて、すでにタンカーなど60隻以上が被害を受けている。
ところが、中国とロシアの船は攻撃されていない。
その理由は、フーシが昨年10月からのイスラエル=ハマス戦争をきっかけに各国船舶を攻撃し始めたことにある。
ハマスと同様にイスラエルを敵視するフーシは「イスラエルを支援している」とみなす国の船舶を集中的に攻撃していて、米英軍との軍事的緊張も高まっている。
これに対して、中国やロシアは多くの途上国・新興国と同様、イスラエル軍によるガザ侵攻を批判しているが、それだけでなくフーシの後ろ盾とみられるイランとの関係も深い。
その結果、リスクが高まったこの海域を警戒する国が増え、この海域を通過するタンカーが今年3月末までにほぼ半減していても、中国やロシアの船舶は問題なく航行している。
この海域を通過できない船舶の多くはアフリカ大陸を周回することでヨーロッパとアジアを繋いでいるが、このルート選定は紅海通過と比べて時間とコストが大幅に増える。それは各国にとって輸送コスト引き上げを意味する。
つまり、第三国にとって中国やロシアとの関係強化が輸送コスト引き下げにつながりやすい。
中国船の場合、中国の“警備会社”がエスコートしているが、今後ロシア海軍がこの海域に駐留し、他国の船舶をエスコートする業務を行うようになれば、この一帯以外の国にとってもロシアの存在感が増すことになり得る。
「敵の味方は味方」?
そして最後に、「スーダン和平の実現」を演出できることだ。
なぜなら海軍基地建設を通じてロシアはスーダン軍事政権への発言力を強めることが想定されるが、もともとロシアは軍事政権と敵対する武装組織RSFを支援してきたとみられるからだ。
例えば、内戦勃発直後の昨年4月にはロシア製ミサイルがRSF基地に搬入されていた。
ロシア製兵器を順調に調達したこともあり、RSFはその後の戦闘を有利に展開し、首都ハルツームを制圧した。
これに対して、軍事政権はポート・スーダンに拠点を移したが、劣勢の挽回には至っておらず、米シンクタンク、アフリカ防衛フォーラムは今年3月、“軍事政権が敗北する可能性”を示唆した。
敗色濃厚の軍事政権は、欧米からも支援を得られないなか、「敵の味方」ロシアの支援で難局を乗り切ろうとしているわけだが、それは結果的にロシアのペースに呑まれやすくもなるだろう。
実際、スーダン軍事政権がロシア海軍基地の建設協議が順調に進んでいると強調するのに対して、ロシア政府は「協議は継続中」とやや冷めた対応が目につく。
この状況でロシアは、軍事政権の方がむしろ前向きな海軍基地建設の協議にあえて乗る(ロシアにとっては軍事政権が打倒されてRSF主体の政権ができればそちらと協議しても変わらない状況にある)ことで、軍事政権への発言力を強め、RSFとの停戦協議に向かわせやすくなる。
その場合、RSFに有利な停戦交渉がロシアのバックアップで進むことも想定される。ロシアにとっては、長年支援してきたRSFが実質的に権力を握ることはスーダンを取り込むことに等しいからだ。
とすると、いわばロシアはナワバリを広げながら、「スーダン内戦を終結させた大国」という認知も同時に獲得するチャンスを握ったことになる(例え停戦合意が成立してもスーダンが安定するかは疑問だが)。
スーダンにおける海軍基地建設の協議からは、火の手のあがるところほど進出の糸口をつかむロシアの戦略をうかがえるのである。