過酷な労働現場を描く2冊の”潜入ルポ”〜昭和・平成から引き継がれた課題〜
『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した~潜入・最低賃金労働の現場~』(光文社)という本があります。イギリス人ジャーナリストのジェームズ・ブラッドワース氏が2016年から2017年にかけ、Amazonの倉庫作業員、訪問介護士、自動車保険のコールセンターのオペレーター、Uberのドライバーという仕事に就き、イギリスの低賃金労働者の実態を探った"潜入ルポ”です。
ゴールデンウィークに気楽な気分で読むには不向きというか、むしろ読み進むごとに鬱々とした気分にさせられる内容ですが、令和の時代の労働のあり方を考えるには、ぜひ読んでおくべき本だと思います。
私はこれを読んで、昭和48年に出版された『自動車絶望工場』を思い出しました。こちらは、ルポライターの鎌田慧氏がトヨタの本社工場に6ヶ月間契約の期間工として潜入し、過酷な労働の体験を書き綴った名作ルポです。
45年以上も前の高度経済成長期まっただなかの話ですから、時代は大きく変わっています。しかし『自動車絶望工場』と『アマゾンの倉庫で~』で描かれる労働者の苦境はよく似ていて、かつ問題は以前よりも複雑化していることがわかります。
■イギリスの低賃金労働を担うのは外国人労働者
『アマゾンの倉庫で〜』には、炭鉱業に代表される産業の衰退、階級問題、移民や出稼ぎにやってくる外国人の人権問題などが絡みあい、低賃金労働者が搾取される状況が、著者の体験とともに描かれています。
例えばAmazonは、炭鉱が閉鎖されて衰退した町に巨大な倉庫を建てています。最初こそ、町にふたたび雇用を生み出し繁栄をもたらしてくれる存在として期待されますが、実際に提供されるのは最低賃金の「ゼロ時間契約」(※)という不安定な仕事。きつい上に、管理者から屈辱的な扱いを受けるためにイギリス人はよりつかなくなり、多くは東欧からの労働者が派遣会社から送り込まれて働いているーーというのが典型的なケースのようです(本書には、Amazonで働き始めて2日目の著者が、「イギリス人なのに、どうしてここで仕事をしているのか?」とルーマニア人の労働者に訝しがられる描写があります)。
(※ゼロ時間契約:週あたりの労働時間の取り決めがない雇用契約で、近年のイギリスで大きな社会問題になっている)
日本でもすでに多くの現場で外国人が働いていますが、今年4月の改正入管法施行によってますます増えていくでしょう。本書を読んで、日本人が拒否するような労働条件を外国人に押し付け、それを見て見ないふりをするような社会になってしまうのではないかと、とても怖く感じました。
■自由で自律しているはずが、アルゴリズムに逆らえないUberのドライバー
この本からは、AmazonやUberがテクノロジーを使って徹底的に労働者の管理をし、極限まで働かせようとしていることもよく分かります。
著者はAmazonで、広大な倉庫の棚から出荷する商品を集めて回る仕事をします。その際、専用の携帯端末で常に動きがモニタリングされ、絶えずスピードアップを促されたといいます。10時間半のシフトの間に平均16キロほど歩き回るという毎日を続けていると、疲れきって食事を作る気力もなくなり、どんどん不健康になっていくと書かれています。
この点、『自動車絶望工場』の工場労働者の描写も非常に似ています。新入りにはとても追いつかない速さで動いていたベルトコンベアが、著者が働いた6ヶ月間の間にも徐々にスピードアップし、人手を増やさずによりたくさんの車を作ることを要求されるのです。残業も含めて9時間あまり、昼の45分の休憩以外は息つく暇もなくコンベアの動くペースで作業を続けていると、身体が痛くて休みの日も何もする気が起きない、とあります。
Uberの場合は、スマートフォンでドライバー用のアプリにログインした瞬間から”待機状態”になり、客からの乗車リクエストを受けたらおよそ15秒以内にリクエストを引き受けるかどうかを判断しなければなりません。リクエストの80%以上を引き受けるべきという基準があり、2〜3回連続で拒否すると自動的にアプリが停止してしばらく仕事が再開できないというペナルティもあるようです。
Uberは「いつどこで働くかは自由」「完全に自分でコントロールできる」とうたってドライバーを募集しています。
しかし著者によれば、本当に自由なのはアプリのログイン・ログオフのタイミングと待機する場所だけ。自分で価格設定をしたり特定の顧客に指名してもらってうまく稼ぐといった工夫はできません。生きていけるだけの収入を得ようとすれば、「好きなときに働く」というよりは、需要のある時間、場所を見計らい、なるべく長く待機状態でいることが求められます。また、ログオフしようとすると「純利益330ポンドまであと10ポンドです。ほんとうにログアウトしますか?」といったメッセージで、より長く働くことを促されます。『自動車絶望工場』の工員がコンベアの奴隷なら、こちらはアルゴリズムの奴隷のような状態です。
Uberは、ドライバーを自社の従業員として雇うのではなく「自営業者(個人事業主)」として契約します。しかし、価格の交渉権がない、顧客を選べない(たちの悪い客であっても乗車拒否できない)など、非常に自由度が少ないドライバーは果たして個人事業主といえるのでしょうか? 「仕事をしない(=アプリにログインしない)タイミングを選べる」というわずかな自由のために、労災や失業、顧客とのトラブルのリスクなどをすべて個人で背負わされるのはバランスを欠いていると感じます。これは各国で問題となっており、Uberに対する訴訟も起こされています(参考:運転手は従業員か ウーバー、事業モデル崩れるリスク:日本経済新聞)。
日本では規制があって個人タクシー事業者以外は個人で簡単にUberのドライバーになることはできませんが、個人向けの仕事マッチングのしくみは様々なものが生まれています。それで能力や資産を活かすチャンスを得ている人もたくさんいますが、自由や手軽さと引き換えに、対価が安すぎる、リスクが大きすぎる、人間性が無視されている、といった問題がないか注意していく必要があります。
参考記事:週4日勤務制度導入も給料カットなし~ニュージーランド企業が世界に問う21世紀の労働問題~
■『自動車絶望工場』の時代から変わったこと、変わらないこと
『自動車絶望工場』は最初に出版されてから10年後の1983年に文庫版が、2011年に「新装増補版」が講談社から出ています。
文庫版の「あとがき」は、以下の一文で始まります。
『自動車絶望工場』出版後も工場労働者や組合運動をする人たちとの交流を続けてきた鎌田氏の回答は、「10年経っても状況はたいして変わっていない」というものです。
以前と比べるとロボットが増えたけれど、それはコストダウンのためで、労働者を楽にするためではない。人間を使うほうが安く済む仕事は人間がすることになり、疲れを知らないロボットと一緒に働く労働者たちは決して楽そうではない、と書かれています。
「新装増補版」では、40年前には存在しなかった派遣労働者についての章が追加されています。
鎌田氏が働いた頃、工場で働いているのは正社員の本工と有期雇用の期間工でした。同じ仕事をしていても待遇差があり、期間工は本工をうらやんでいたといいます。しかし今は、期間工よりもさらに不安定な立場の派遣社員が、必要なときに必要なだけ調達できる人材として使われているのです。
今後、多くの仕事がAIやロボットに代替されていくと見込まれています。自動車の組み立ても、タクシーのドライバーも、いずれは人間を必要としなくなる日がくるかもしれません。そうなれば、過酷な労働で搾取される人たちはいなくなるのでしょうか? それほど楽観視はできず、いつの時代にも人間がせざるを得ない(理論的には機械でできても、コストが見合わない)仕事は残るでしょう。
それを立場の弱い人たちに低賃金でやらせるということを続けるのかーーこれは、技術の問題というよりは、企業やその企業からサービスを受ける消費者も含む私たちの意識の問題です。働く人の権利や尊厳をどう考えるか。ここが変わらなければ、ワーキングプアや過労死といった問題はなくなりません。
■多様性の時代だからこそ、団結して行動する必要がある
最近は政府が、「同一労働同一賃金」を掲げて正社員と非正社員の格差を是正しようとしたり、就職氷河期世代の就労支援に乗り出そうとしていますが、それが本当に機能するのかというと、心もとない状況です。
状況を良くするには、まずは何が問題なのかが世間に理解されることが必要で、そのためには、当事者の声に耳を傾けることが不可欠です。
労働者の声を集約して会社と交渉したり社会に訴えていく存在としては、労働組合があります。しかし、日本の特徴である「企業内労働組合」は会社の下部組織のようなもので、労働者を守る役割を果たせていなかった。そういう状況が『自動車絶望工場』にも描かれています。
『アマゾンの倉庫で〜』を読むと、かつてのイギリスでは全国鉱山労働者組合など、職業別の組合が機能していたようです。しかし現在は、短期間の滞在で帰国してしまう外国人が増えていることなどで組合の組織が難しくなっているとあります。
しかし、日本にしろイギリスにしろ、働く人が多様になり、同じ職場内でも抱えている問題が異なっているからこそ、企業の枠を超え、同じ困難を抱えている人たちが団結して戦う必要があるのです。
実際、日本では勤務先に関わりなく個人で加盟できる労働組合(ユニオン)が存在感を高めていますし(参考:労働組合はどうやって問題を解決しているのか? 「ストライキ」は一手段(今野晴貴))。
令和への改元と新天皇陛下即位のニュースに注目が集まった5月1日は、「メーデー(労働者の日)」でもあります。その起源は、1886年5月1日にアメリカのシカゴを中心に8時間労働制を要求する大規模なストライキが行われたこと。その後、長く時間はかかりましたが、8時間労働は世界のスタンダードになりました(参考:1日何時間働くべきか?8時間労働の歴史から考える)。
今、多くの企業が「働き方改革」に取り組んでいますが、その範囲は一部の正社員だけにとどまるケースも多いでしょう。令和の時代には、誰も取り残されることなくすべての人が、働きがいと経済的な安心を得られる世の中になることを願います。
(※2019年5月3日20:20 日本におけるUberの状況についての記述内容を修正しました)
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