週4日勤務制度導入も給料カットなし〜ニュージーランド企業が世界に問う21世紀の労働問題〜
ニュージーランドのパーペチュアル・ガーディアン(Perpetual Guardian)社が、今年の11月から週4日勤務(週休3日)制度を導入すると発表しました。
同社は今年の3月から4月にかけて全社員約240人を対象に週4日勤務のトライアルを実施しており、その結果を受けての決定です。
(トライアルの内容とその結果の分析については、以下の記事をご覧ください。
週休3日制を2ヶ月実験したニュージーランド企業、成功の要因は組織風土にあり)
同社のCEOはこの取り組みが生産性向上につながると主張すると同時に、現代の労働法制や雇用関係についての議論を提起しています。
待遇はそのままで週4日勤務を選択可能に
11月からパーペチュアル・ガーディアンでは、希望する社員について、毎週の生産性の目標を満たすという条件で、給料やその他の待遇は変わらずに週に1日余分に休む権利を得られるようになります。
(なお、これまで通り週5日勤務を選択する社員についても、早く出勤して早く帰るなど、より柔軟な勤務体系の交渉ができるようにするそうです)
3月から4月にかけて行われたトライアルは、全社員を対象に「給料はそのまま、顧客へのサービスは継続する」という原則の元、それをどうやって実現するかは各チームに任せる、という形で行われました。
その結果、時間の使い方を見直したり、業務を効率化するツールを導入したり、お互いの仕事をカバーできるような体制を整えたり……といった準備が各チームで行われ、週4日勤務でも大きな問題が発生しなかったどころか、社員のストレスレベルが低下し、仕事や生活への満足度、職場へのエンゲージメントなどが高まるという画期的な結果が得られたのです。
もちろん、全てがうまくいったわけではなく、一部では「実際には休めなかった」などネガティブな意見も出ました(詳細は前掲の過去記事にて紹介しています)。それでも正式導入に至ったのは、ポジティブな結果のインパクトが大きかったことに加え、創業経営者であるアンドリュー・バーンズCEOの意思が大きいものと思われます。
日本同様に問題になっているニュージーランドの生産性の低さ
日本では長らく、国際比較における生産性の低さが問題視されていますが、実はニュージーランドも同じ悩みを抱えています。日本生産性本部が発表した「労働生産性の国際比較」の2017年版によれば、ニュージーランドの1人当たり労働生産性は35カ国中23位、時間あたり労働生産性は22位で、日本(それぞれ21位、20位)よりも低い順位にあるのです。また、労働時間が長いという点でも日本と似ていて、OECDの統計によれば2017年の1人当たり年間労働時間数は日本が1,710時間に対し、ニュージーランドが1,753時間でした。
このような状況に対してバーンズ氏は、「ニュージーランドの生産性を引き上げる唯一の方法は、企業が労働時間ではなく生み出された成果で物事を語るようになることだ」と訴えています(The New Zealand Heraldの記事より)。
同社が、週4日勤務の社員に対しても週5日勤務と同じだけの給料を払うとしているのは、ここに理由があります。「働く時間が短くても同じだけの成果が出ているなら、同じ給料を払うのが筋」というわけです。
日本ではユニクロを運営するファーストリテイリングやヤフーなどが一部の社員に週4日勤務を認めているほか、9月にはヤマト運輸が週4のみならず週3勤務も選べる「労働日数・時間選択制度」の導入を発表しました。しかしこれらは、勤務日が少ない分給料が減るか、1日の労働時間を10時間にするなどして週5勤務と同じ労働時間を維持するという内容です。表面上は似ていても、根底にある考え方が異なる施策と考えて良いでしょう。
労働時間で管理する労働法と、新しい働き方のズレ
バーンズ氏は、この制度を正式に導入するに当たって課題となったのは、ニュージーランドの労働法に適合させることだったと語っています。
今回はふたつの法律事務所に意見を求めた上で、週4日勤務は社員による選択制とし、選択した社員の雇用契約はあくまで週5日9時から5時のフルタイム勤務のままで、週に1日追加の休日を与えるという形を取るそうです。
バーンズ氏はこのことについて、次のように語っています。
ニュージーランドに限らず、現代の先進国の労働法は、工場労働者を保護する目的で作られたものがベースになっています。
産業革命時代は、幼い子供も含む労働者が十数時間働かされることが普通で、それが彼らの健康や生活を蝕んでいました。そのことを問題視した一部の資本家らが「8時間労働」を提唱するようになり、その考え方が世界に広がり、法制度に反映していったのです。(参考:1日何時間働くべきか?8時間労働の歴史から考える)
工場の場合、基本的には労働者が働く時間と生産量が比例するものですから、労働者が健康で秩序ある生活を送ることのできる範囲でできるだけ多く働かせ、その労働時間に対して適切な報酬を与えることが、持続的な経営をしていく上で理にかなっていました。
しかし現代においては、必ずしも働いた時間と成果が比例しない仕事の方が多くなっているにもかかわらず、労働法のベースとなる考え方は変わっていません。
バーンズ氏は、週4日勤務を導入する目的はコストダウンではなく、社員のワークライフバランスの実現とそれに伴う生産性向上であることを強調し、他社に対してもコストダウンを目的に労働日を減らすということはして欲しくない、と語っています。
ただ、今の法制度や雇用の常識の下では、どうしても労働時間と報酬が紐付いてしまうため、より柔軟な働き方が取り入れやすいように法制度が改正されることを望んでいます。
柔軟な働き方と引き換えに労働者の権利を放棄させるギグ・エコノミーの問題点
バーンズ氏は、ギグ・エコノミーが世界中で広まっていることが労働者に及ぼす悪影響について懸念を示しています。
ギグ・エコノミーとはUberに代表されるような、インターネットで仲介される単発の仕事のことです。日本ではクラウド・ソーシング、シェア・エコノミーなどと呼ばれることが多く、誰もが比較的簡単に、時間や場所にとらわれず柔軟な働き方を実現する方法として参入する人が増えています。ただ、この柔軟な働き方と引き換えに、労働者が当然持っているべき権利を放棄しているという点を、バーンズ氏は問題視しているのです。
労働法は、社員、アルバイト、パートと呼ばれているような「雇用主に雇われている労働者」を保護するもので、自営業者、フリーランサーは保護の対象外です。例えば、Uberの運転手たちはUberに雇われている従業員ではないという理由で、休日手当や疾病手当、退職金といった保護がありません。
バーンズ氏は、ギグ・エコノミーを低コストで労働者を使う方法として活用する企業が増えていくと、それが労働者の健康や生活を蝕み、そのツケを社会が払うことになるだろう、と忠告しています。
つまり、労働者を適切に保護することは、持続可能な社会を営んでいくために必要だというのです。
先に触れたとおり、産業革命の時代には、工場労働者に健康な状態で働いてもらうことに経済的合理性があったが故に労働時間の規制が受け入れられてきました。第4次産業革命の時代と言われる今、この時代の産業に合った新たな労働者保護のあり方が求められているのは間違いないでしょう。
各国で始まっている働き方、雇用関係についての議論
なお、バーンズ氏の問題提起を待つまでもなく、新しい働き方に対応するための法制度改正等の議論が各国で始まっています(参考までに、厚生労働省がまとめた資料を示します)。
日本では、「雇用と自営の中間的な働き方」を「雇用類似の働き方」と呼び、2017年3月にまとめられた「働き方改革実行計画」において、その実態把握と課題の検討の必要性が提起されました。そこで厚生労働省が有識者を集めて「雇用類似の働き方に関する検討会」で課題を整理し、それを受けて労働政策審議会での審議が行われました。今年7月にまとめられた労働政策審議会の報告書の中では、「雇用類似の働き方に関する保護等の在り方については、このような様々な課題について、法律、経済学等の専門家による検討に速やかに着手することが必要である」とされています。
パーペチュアル・ガーディアンの発表によると、同社が3月4月に行ったトライアルの結果を公表して以来、世界20カ国以上のメディアに取り上げられ、ソーシャルメディア上でも多くの関心が集まりました。
これがなければニュージーランドの一企業が世界中に名を知られることにはならなかったわけで、この取り組みは大きなPRにつながったでしょう。ただ、これは同社の利益になるだけでなく、社会運動や社会貢献活動でもあると思います。
トライアルはたった2ヶ月間で全員参加が原則でした。11月から選択性で週4日勤務を長く続けると何が起こるかはまだわかりません。出てくる課題やそれへの対処の内容は、後に続く企業や制度改正を検討する機関にとっては貴重なヒントになるでしょう。ぜひ今後も、オープンに発信していかれることを期待しています。
【参考】
- パーペチュアル・ガーディアンの週4日勤務トライアルについての特設サイト4 Day Week
- 労働政策審議会労働政策基本部会 報告書 ~進化する時代の中で、進化する働き方のために~
- 「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書を公表します |報道発表資料|厚生労働省