2019年に反響が大きかった10の事件、その後どうなった?
2019年に配信した拙稿のうち、反響が大きかった10の事件を挙げ、この1年の動きやその後の状況について振り返ってみました。
【第1位】
「池袋暴走事故、39万筆の署名が逆効果になるおそれも 送検された元院長の今後は」
「池袋暴走事故で書類送検、勲章はどうなる? 剥奪される可能性も」
「池袋暴走事故で警察が『厳重処分』の意見を付けて書類送検 その意義とは」
拙稿でダントツに読まれたのは、2019年の「新語・流行語大賞」にもノミネートされた「上級国民」に関する記事でした。
問答無用で違反キップを切られる多くのドライバーからすると、警察がある種の立場の人に対して忖度や特別扱いをしているのではないかと疑念を抱いたのも当然でしょう。
「逮捕とは何か」といった根本的な問題に対する法教育が求められますが、ここまで不信感を与えてしまった以上、その払拭のためには、警察も逮捕に及ばなかった経緯などを丁寧に説明すべきでした。
男が88歳と高齢なのが気になる点ではありますが、ブレーキとアクセルの踏み間違いという過失の内容に間違いがなければ、検察は結果の重大性や処罰感情の厳しさなどを踏まえ、地裁に正式起訴し、公開の法廷で裁判を受けさせることでしょう。
むしろ、そうしなければならないと思います。法は誰に対しても公平に適用されてこそ信頼を得るものだからです。
【第2位】
「尿の簡易鑑定で陰性だった沢尻エリカ氏 MDMA事件、今後の捜査はどうなる?」
「沢尻エリカ氏の自首は成立するか 尿の本鑑定『シロ』だったMDMA事件の焦点は」
2019年は芸能人の薬物汚染も目立った1年でした。
こうした事件が発覚すると、すぐに病気なんだから非難すべきでないと言い出す人が出てきます。しかし、規制薬物の所持や使用は立派な犯罪。初犯こそ執行猶予が付くものの、再犯だと刑務所行きです。
薬物依存者も初めて手を出したときは「依存者」ではありません。新たな薬物依存者を出さないためには、何よりも「最初の1回」に手を出させないことが重要です。社会が厳しく非難することもその一つでしょう。
そのうえで、依存症から脱却するための治療プログラムを実施していくべきではないでしょうか。現実には本人の意思だけで解決できる問題ではないからです。
法務省が覚せい剤事件で執行猶予が付いた人について調査したところ、約3割が4年以内に何らかの再犯に及んでおり、そのうち8割が覚せい剤事件でした。逆に言うと、実際に覚せい剤をやめることができている人も数多くいるわけです。
調査結果では、その要因として良好な居住環境に加え、特に就労状況が安定していることが挙げられています。また、再犯に及ばないように身近に監督をしてくれる人がいるという点も重要だとされています。
薬物依存症を克服するための治療プログラムを継続して受診するほか、尿検査を定期的に受け、周囲に支えられつつ、規制薬物に手を出さない日を1日1日と積み重ねていくほかありません。
沢尻エリカ氏の初公判は2020年1月31日とのこと。過去の入手先のほか、薬物使用仲間である芸能人や業界関係者らのことなどについて警察にどこまで供述し、情報を提供していたのか、法廷で読み上げられる供述調書の内容が注目されます。
【第3位】
「チュート徳井氏の申告漏れはなぜ悪質 『想像を絶するルーズさ』発言の意図は」
個人的な旅行代などを会社経費に付け替えたという点も看過できませんが、特に重要なのは、節税のためのペーパーカンパニーを設立しつつも、長年に渡って何度も何度も全く収入を申告しないということを繰り返していた点。直近3年分だけでも約1億円に上ります。
その理由や経緯、手口などを見ると、国税当局が脱税事件として検察に刑事告発しても不思議ではない事件でした。重加算税まで課せられており、悪質な仮装隠蔽の事案であることは間違いありません。
闇営業問題が取り沙汰されたときも、報酬をきちんと税務申告していなかった芸人が数多くいました。こうした納税逃れは芸能界でも「ありがちな話」では。
消費税の増税を受け、「税負担公平」の観点から、これからも国税当局は脱税事件の摘発に力を入れていくはずです。今は特に相続税逃れが問題視されています。話題性の高い芸能人やその家族がターゲットになる可能性も高いでしょう。
【第4位】
「100円のコーヒーカップに150円のカフェラテを注いで逮捕 コンビニ『セルフコーヒー事件』の罪と罰」
法学部では、条文の丸暗記よりも、「リーガルマインド」と呼ばれる論理的思考力やバランス感覚を身につけることのほうが重要だと言われています。法曹以外の分野に進んでも役立つし、まったく新たな問題に直面したとき、妥当な解決策を導くことができるようにもなるからです。こうしたシンプルで身近な事案こそ、それを試す格好の題材と言えるでしょう。
男は現行犯逮捕後、10日間の勾留を経て処分保留で釈放され、最終的には不起訴になっています。被害額が小さかったことから起訴猶予ということですが、起訴しないことなど当初から目に見えていた事案です。検察が勾留請求をし、裁判官が唯々諾々とこれを認めるという「人質司法」の現状が如実にあらわれた事件とも評価できます。
罪名ですが、男が店員にオーダーした時点で最初からカフェラテを注ぐつもりだったと確定できれば詐欺罪の成立も考えられたのですが、検察は窃盗罪に当たると認定しました。その点の自白や常習性に関する客観的な裏付けがとれなかったということでしょう。
また、検察は同じ窃盗でも既遂ではなく未遂だと認定しています。男がコーヒーマシンでカフェラテのボタンを押したあと、コーヒー用のカップにカフェラテが注がれた段階でコンビニ店のオーナーが男を取り押さえたので、カフェラテの占有がいまだ店側から男に移転していなかったと評価されたからでしょう。
コンビニでは頻繁に起きている不正で常習者も多いようですから、一罰百戒や抑止の観点からは、今回の立件によって少額でも刑事事件だと周知され、社会的制裁を受けた意義は大きいものと思われます。
【第5位】
「事故で『交通弱者』の歩行者が書類送検 異例の判断が下された理由」
道路交通法は、自動車やバイクのドライバーだけに守るべきルールを課しているわけではありません。
事故防止のため、歩行者にも信号機の信号表示に従う義務を負わせています。しかも、信号無視をした歩行者には、最高で罰金2万円が科されることになっています。
交通事故を防ぎ、被害者のみならず加害者となることを避けるために、信号を守るとか、横断禁止場所では横断しないなど、歩行者も基本的な交通ルールを遵守する必要があります。
2019年はさまざまな形で「あおり運転」も問題となりました。証拠の決め手になったのがドライブレコーダーでした。
この事件は目撃者がいたことでドライバーにとって有利となる真の事故状況が明らかになりましたが、歩行者を死亡、負傷させる事故を起こせば、刑事・民事ともにドライバーに不利に進むのが一般です。
自らに落ち度がなかったことやその程度が低かったことを明らかにするためにも、ドライブレコーダーの搭載が必須の時代に入ったと言えるでしょう。
【第6位】
「スリムクラブら闇営業で処分の訳 骨までしゃぶり尽くす反社会的勢力の恐ろしさ」
「反社会的勢力」の関係者らが参加した宴会か否かを問わず、ほかにも受け取ったギャラを所得としてきちんと申告していない闇営業がたくさんあるのではないかといった疑念が残った事案です。脱税はそれ自体が反社会的な重罪だからです。
ほかの芸能事務所にとっても「対岸の火事」で終わるような話ではなく、「反社会的勢力」の存在を認めないという姿勢やコンプライアンスの観点から、この機会に芸能界全体で浄化に向けて真剣に取り組むべき問題ではないかと思われます。
とはいえ、2019年も終わりを迎えるタイミングで、こうした「反社会的勢力」排除の流れに逆らう政府の対応があったのも記憶に新しいところです。「桜を見る会」の招待客の素性が問題となった際、「反社会的勢力」とは何を意味するのか定義できないと言い放ったからです。
政府は、いかなる文言であれ、法令化の際、知恵を絞って定義し、ほかの法令などと齟齬がないか徹底検証する「内閣法制局」という専門家集団を抱えています。彼らに聞いてみれば、必ず何らかの定義を示してくれるはずです。
2007年に政府の犯罪対策閣僚会議が「反社会的勢力」排除に向けて示した指針や全国の自治体が制定している暴排条例は一体何だったのか。完全に梯子を外される結果となったわけで、自己保身に汲々とする政府の対応には呆れるほかありません。
【第7位】
「新幹線殺傷事件で無期懲役『出所後また殺す』と宣言の男は何年で仮釈放になる?」
パーソナリティー障害があるとしても、一生刑務所に入りたいという身勝手な動機から公共交通機関内で計画的かつ無差別に人を死傷させる重大な結果を引き起こしたわけだし、被害者やその家族らからすると相手が誰であろうと関係ありません。
しかも、男は「3人殺すと死刑になるので、2人までにしようと思った。1人しか殺せなかったら、あと何人かに重傷を負わせれば無期懲役になると思った」とまで述べており、実に計算高く犯行に及んだことが分かります。
無期懲役ではなく死刑にすべきで、検察は求刑で死刑を選択すべきだったと思うのも当然であり、素朴な正義感のあらわれとして理解できます。無期懲役の求刑に死刑の判決など考えられないからです。
ただ、国民の処罰感情を裁判に反映させようという裁判員制度の導入で厳罰化に拍車がかかる一方で、最高裁や高裁が死刑を避けようとする傾向にあるのも確かであり、検察もこれを意識した模様です。
【第8位】
「2秒以上のながら運転はアウト…実は根拠が弱かった 一部の報道に誤りも」
法改正が行われると、ネット上では勝手な解釈が流布されます。誤っているものがほとんどです。きちんと条文を見ていなかったり、曲解しているからでしょう。
これは、取締りに当たる現場の警察官にも同じことが言えます。どこまでが刑罰で規制される行為なのか、条文に基づいて明確に説明できる警察官が少ないからです。違反ではないのに間違って違反キップを切られることがないように、総元締めの警察庁が明確なガイドラインを策定し、公表すべきでしょう。
ところで、今回は自動車やバイクに関する話でしたが、自転車の「ながら運転」が規制されていないかというと、そうではありません。例えば東京都道路交通規則では、「自転車を運転するときは、携帯電話用装置を手で保持して通話し、又は画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと」と規定しています。
違反に対する最高刑は罰金5万円と軽いものですが、自転車の「ながら運転」についても、その危険性を広く周知するとともに、取締りを強化していく必要があるでしょう。
【第9位】
「性的被害を受けたというウソの証言で約6年も身柄拘束 人が人を裁く刑事裁判の怖さ」
この事件を踏まえて思い起こすのは、閻魔大王と煮えたぎる銅汁にまつわる寓話です。「終活なんておやめなさい」などの著書で知られる宗教評論家ひろさちや氏は、次のように述べています。
「閻魔大王といえば、死者の生前の罪を裁き判決を下す裁判官です。見るからに恐ろしい顔をしています」
「この閻魔大王の正体は地蔵菩薩(ぼさつ)です。いつもにこにこと柔和な顔をしておられるお地蔵さんと、怖い閻魔さんが同一人物だというのだから、ちょっと驚きです」
「もしもお地蔵さんが柔和な姿のままで死者の裁きをされるなら、死者はお地蔵さんに甘えて、いっこうに生前の罪を反省しないからです。そこでお地蔵さんは怖い閻魔大王の姿を見せて、死者を脅かしておられるのです。もちろん、脅しは表面的なもので、本質においてはお地蔵さんは死者の罪をすべてゆるしておられるのです」
「閻魔大王は毎日、亡者の罪を裁く前に、煮えたぎる銅汁(どうじゅう)を飲み干すといわれています。これは、煮えたぎる銅汁が閻魔大王の嗜好品というわけではありません。煮えたぎる銅汁を飲めば、彼の喉は焼けただれ、七転八倒の苦しみを味わわねばなりません。その苦しみを味わうために彼は銅汁を飲むのです」
「なぜ閻魔大王は、そんなサディスティックなことをするのでしょうか?それは、彼が裁かねばならない罪人たちと同じ苦しみを味わうためです」
たとえ相手が罪人であっても、他者に地獄行きの苦しみを与えることは閻魔大王の罪にほかならないし、その判断に間違いなど許されません。そのため、日に三度、獄卒らに捕らえられ、口をこじあけられ、熱く焼けた鉄板の上に寝かされ、ドロドロに溶けた銅を注ぎ込まれるという、どの罪人よりも厳しい刑罰を受けているわけです。
はたして、警察や検察、裁判所は、ここまでの覚悟をもって日々の職務にあたっているでしょうか。あまたある事件の一つだということで、単なるルーティーンワークとして右から左に処理しているだけではないでしょうか。
わが身をかえりみても、そこまでの覚悟に至っていなかったことは確かです。
【第10位】
「どんなチケット転売がアウトか 『今回はたまたま』も要注意、1円でも定価超えはNG」
長らくこうした法律が存在せず、ネット上の不正転売も事実上野放しとなっていたわけですから、一歩前進とは言えます。あとは警察のやる気次第ですが、ポツポツと立件例も出てきています。
これからは、東京五輪チケットの不正転売が集中的にマークされるでしょう。検挙すれば大きく報じられ、不正転売禁止の趣旨が周知されるからです。
ただ、不正転売をなくすためには、刑罰だけでなく、不正転売チケットの無効化や厳格な本人確認措置の導入のほか、何よりも手数料の安い公式リセールサイトの開設が不可欠です。
興行主側の本気度の高さや消費者のモラルも試される法律だと言えるでしょう。(了)