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100円のコーヒーカップに150円のカフェラテを注いで逮捕 コンビニ「セルフコーヒー事件」の罪と罰

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 コンビニのコーヒーマシンで100円のコーヒーカップに150円のカフェラテを注いだ男が窃盗容疑で逮捕されたという。ネット上などでは驚きの声も聞かれる。シンプルだが、法律問題を考えるには格好の題材だ。

【いつ思いついたか】

 まず、男の意図によって成立する犯罪が変わってくるというのがポイントだ。

 すなわち、このコンビニでは、コーヒー用カップが白色、カフェラテ用カップが茶色となっており、コーヒーマシンのボタンもコーヒー用が黒色、カフェラテ用が茶色に分けられていた。

 もし男がレジでのオーダー時点で最初から150円のカフェラテを注ぐつもりだったのであれば、その意図を隠して100円のコーヒーをオーダーし、店員をだましたということで、詐欺罪(10年以下の懲役)が成立する。

 しかし、オーダー後に初めて150円のカフェラテを注ごうと思いついたのであれば、詐欺罪ではなく、窃盗罪(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が成立する。

 すでに店員とのやり取りは終わっているし、押されたボタンの種類によって機械的に反応するコーヒーマシンを相手にしただけで、「人を欺いて財物を交付させた」とは言えないからだ。

【間違って押していたら】

 一方で、間違ってカフェラテのボタンを押してしまった後、そのまま黙っておこうと決め、店員に申告せずにその場で飲んだり、店を出るなどすれば、占有離脱物横領罪(1年以下の懲役又は10万円以下の罰金)が成立する。

 店員から受け取った釣り銭が多いと分かったのに黙ってそのままにしていたら詐欺罪が成立するが、コーヒーマシンだと機械が相手なので、ここでも詐欺罪には当たらない。

 以上に対し、間違ってカフェラテのボタンを押してしまった後、きちんと店員に申告していれば、何の犯罪にも当たらない。刑法は過失による窃盗や詐欺を処罰していないからだ。

 今回、男は詐欺罪ではなく窃盗罪で逮捕されている。捜査が始まったばかりの段階では男がいつからカフェラテを注ぐつもりだったのか不明だからだろう。

 捜査の結果、店員にオーダーした時点でカフェラテを注ぐつもりだったと確定できれば、検察の処分段階で罪名が窃盗罪から詐欺罪に切り替えられるのではないか。

 以上の場合分けは、レギュラーサイズの代金を支払ってラージサイズ分のコーヒーを注いだ場合も同様だ。

【被害額はいくらか】

 では、窃盗罪にせよ詐欺罪にせよ、被害額はいくらになるのか。すなわち、カフェラテ代に相当する150円か、それとも男が支払った100円との差額分である50円か。

 店側の実害は50円だが、犯罪の成否を考える上での被害額は別の考え方に基づいて算出される。

 例えば、1万円の腕時計を100万円だと偽って販売した場合、少なくとも犯人は1万円分の物を被害者に渡しているわけだから、被害額を99万円と見ることもできる。

 しかし、そもそもその腕時計が100万円ではなく1万円にすぎないと分かっていたら、被害者としては最初から取引に応じず、100万円を支払うことすらなかったはずだ。そこで、この詐欺の被害額は100万円だということになる。窃盗罪でも同様だ。

 今回の事案も、被害額は50円ではなく、150円ということになる。実害が50円だったという点は、情状面で考慮される。

【処罰に値する違法性】

 とは言え、その額が少ないのは確かだ。こうした事案では、有名な明治42年(1909年)の「一厘(いちりん)事件」で示された理屈が問題となる。

 これは、葉たばこ農家が、栽培した葉たばこの中から約2グラム、金額にして一厘分(1円の千分の1)を当時の大蔵省専売局に納付せず、自ら喫煙し、葉たばこの規制を定めた法律に違反したとして起訴された事件だ。今だと1~数円程度だろう。

 一審は違法だが軽微であるとして無罪、控訴審は有罪で罰金と判断が分かれたが、今の最高裁に当たる大審院は一審の見解に立って無罪とした。たとえ犯罪の形式的な要件を充たし、違法であっても、その程度が零細で、特段の悪性もなければ、あえて処罰するほどのものではない、という理屈だ。「可罰的違法性」と呼ばれる。

 ただ、その後の裁判や捜査状況などを見ると、少額でも立件され、起訴や有罪となっているケースは数多い。

 例えば、1986年には、電話機に取り付けると特殊な信号によって無料で通話できる「マジックホン」と称する機器を試しに1回だけ使い、10円分の料金を免れたものの、怖くなってすぐに取り外した男が、偽計業務妨害罪などで罰金5万円の有罪判決を受けている。

 賽銭(さいせん)の窃盗もよくある。2005年に神戸の寺で賽銭箱から賽銭2円を盗んだ男が他の余罪と合わせて懲役1年10か月の実刑、2012年に和歌山高野山で地蔵に供えられた賽銭10円を盗んだ男が懲役1年の実刑となっているほか、2016年にも秋田の寺で同じく地蔵に供えられた賽銭30円を盗んだ男が起訴されている。

 刑法で財物とみなされる電気の窃盗も被害額が少ない。2010年に大阪のアパートの共用コンセントから2円50銭相当の電気を盗んでテレビを見た男が、執行猶予の付いた懲役1年の有罪判決を受けている。

 こうした事案は、犯行の経緯や状況、犯行後の対応が悪いとか、常習性が顕著であるとか、同種の前科があるといった事情を抱えている。それでも、さすがに150円という金額ともなると、処罰に値する違法性があると認められるだろう。

【逮捕するほどの話か】

 ただ、この事件の第一報を見聞きした際、警察もよく逮捕したなと驚かされた。被害額が少ないのは確かだし、店側からの通報を受けて警察が介入するとしても、通常であれば会社員の男には在宅のままで捜査が進められ、処分が決められる事案だからだ。

 供述調書や捜査報告書を作成し、現場の写真を撮影し、住民票などを取り寄せ、裁判所に逮捕状の発付を請求するだけでも少なからぬ手間と時間、捜査費用を要するし、留置場も一人分埋まることになる。

 店員らの手間を省くためにカップへの注入を機械や客まかせにしているコンビニ側のやり方も不正を招く温床といえる。

 コーヒーマシンに記載された使い方の説明が非常に分かりにくく、意図せずに間違えてボタンを押してしまった人も多いだろう。逆に大きいサイズを購入したのに間違えて小さいサイズのボタンを押してしまい、そのまま泣き寝入りした経験がある人すらいるのではないか。

 しかし、次の報道を見て、逮捕に至った謎がとけた。

「コンビニでは、数日前も同様の被害に遭っていたため、今回は店のオーナーが私服姿で見張りをしていた。その厳戒態勢の中での犯行を、オーナーは斜め後ろから確認し、男を現行犯逮捕」「当初、男は言い訳を口にしていたという」

出典:FNN PRIME

 すなわち、第一報ではあたかも警察が逮捕したかのように報じられていたが、実際にはコンビニのオーナーが男の犯行を現認し、その場で逮捕したという事案だったわけだ。確かに現行犯であれば、警察官に限らず誰でも逮捕できるし、逮捕状も必要ない。

 警察は、現行犯逮捕した者から被疑者の身柄を受け取ると、逮捕の必要性が乏しければ釈放し、在宅事件としてその後の捜査を行う。もちろん、私人によるものであっても逮捕であることは間違いないから、身柄拘束を続けたまま送検することも可能だ。

 ただ、たとえ男がこの店でこれまで何度か同じようなことを繰り返していたとしても、詐欺や窃盗など同様の前科があって刑務所に服役したことがあるとか、執行猶予中であるといった特殊な事情でもない限り、被害弁償によって不起訴に至る事案だろう。

 マスコミの続報がないということは、警察が既に釈放しているか、検察が勾留請求をせず、在宅事件として捜査を進めているのではなかろうか。

 とはいえ、コンビニではよくある不正であり、常習者も多いという。「塵も積もれば山となる」で、店側にとっても無視し得ない被害だろう。

 今回のように、たとえ被害額が150円でも、「一罰百戒」の観点から店側に現行犯逮捕され、警察発表され、マスコミに実名入りで大きく報じられることもある。

 注文していないドリンクバーやサラダバーを不正に利用するファミレス客なども同様だ。

 「これくらいなら大丈夫だろう」と高をくくっていると痛い目にあうので、注意を要する。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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